第7話 ピンチョンに救助される

 しばらく仕事をしていなかった時期が一年半ぐらいあって、金もないのにその時は友人と遊びまくっていた。親には本当に申し訳ないと思っているが、深夜中オールで高尾山、陣馬山を登り、足腰が強くなり、カラオケに行きまくり、山、カラオケ、山、カラオケという日々に次第に飽き始め、生きることに擦り切れる感じがあった。でもなんか楽しかったのは、そんな毎日でも私はトマス・ピンチョンの『V.』という小説を修行でもするように読み続けていたからだろう。ピンチョンという作家は、アメリカ文学の伝説的なお笑い芸人みたいなタイプの天才で、シャイなんだかなんだかわからないがメディアに一切顔を出さない「覆面作家」です。『V.』という小説はずっと前から持っていたけど、死ぬほど読みにくいので部屋の一隅においてあって埃をかぶっていたのである。だけど、ある日そんな山カラオケ山カラオケ生活に嫌気が差していた時にふと読んでみたら麻薬級に面白いではないか、ということに気づき(チャクラが開いたんだな、グルーヴィ!!)山へ向かう電車の中で友人の会話ソッチノケで読み、カラオケでは人が歌う横で自分は一曲も歌わず無心になって読み、主人公である木偶のヨーヨー(浮浪者というか定職につかずあてもなく生きてるぐらいの意味)ベニー・プロフェインと自分は一心同体と化していた。今の自分も駄目だが、この小説の中ではさらに駄目で楽しい時間が流れているではないか。空虚なのに楽シー!これは悪いことじゃない!ベニー・プロフェインみたいに回りに三人もの魅力的な美女がいたわけではないけれど、『V.』を読んでいたおかげで頭の中は少しマジカルな感じになり、日々のダメさにも肯定感を見つけられたと思う。ある日高尾山の麓の喫煙所のベンチで、薄い街灯の光の下でその本を読み終えて、私はどんな顔をしていたのだろうか。友人が私の方を見たので、反射的に言ったその答え


「ホワッ?」



 あらすじ


 闇の現代史の随所に痕跡を残す謎の女V。「V.とはだれか、という問題ではない。V.とは何なのか。その問いに答えるのは恐ろしすぎる......」父の遺した日誌を目にし、その謎に憑かれた〈新世紀の子〉ハーバード・ステンシルはわずかな手がかりをもとに探求の旅を続けている。

一方、海軍暮らしに別れを告げて、街路で漂泊するヨーヨー男、〈木偶の坊〉のベニー・プロフェインはなぜか女たちに慕われてふらふらうろうろ。あげくNY地下下水道でのワニ狩りに駆り出され――。

1955年、クリスマス・イヴ。軍港町ノーフォークに響く歌声で物語は幕を開ける。

この上ないバカバカしさと胸に迫る切なさに彩られた、壮大なる物語が。

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