第45話 三澄透の選択

 三澄透が愛猫達の捜索を始めてから一ヶ月が経とうとしていた。迷子猫のチラシも近所の人に頼んで様々な場所に貼らせてもらった。公園や駅前、電柱や近所の掲示板にも貼った。


「うちも猫ちゃんを飼っているから気持ちはよくわかるわ。見つけたら知らせるわね」


「ありがとうございます!」


 もしかしたら保護しているかも、と思い知らない人の家を訪ね歩いた。こうして友好的な家もあれば、逆に怒られる場合もあった。酷い場合は老人に「猫なんて逃して! ワシの家に入ったらどうしてくれるんじゃ!」と、手に持ったホースを俺に向けて水をかけられて怒鳴られた。


 猫だって…自由気ままな生き物、だ…


 人間だって…人の気持ちを考えない人がいても、いい…


 いい、だろうけど…俺はその言葉にムッとして言い返してしまった。


 俺はその老人と言い争いをした。そもそも人に水をかけてきた時点で俺は怒っていいと思う。だが、その結果あの老人の家の近くには探しに行けなくなった。願わくばルカとテトがあの辺りに行っていないことを祈るばかりだ。


 なんの成果も得られないまま家に帰り、玄関で靴を脱いでいると母さんが近寄ってきた。


「どうだった?」


「みつからない、情報も…ない」


「そうなの…って、あんた濡れてるじゃない! ちょっと待ってなさい」


 タオルを受け取り頭を拭いている時に母さんの後ろ姿を見たら、年末年始のミケタマを見ていた時よりもすごく老けてみえた。俺も最近、愛猫達のことを思うと全く眠れなくて目にクマができている。まだ捜索は続ける。どんなことがあっても俺達の家族は見つける。


 だが、俺達が倒れては元も子もない。


 足を使った捜索は、そろそろ止めるべきなのかもしれない。


「…あれ? テレビなんていつ付けたっけ?」


 部屋に戻ると、電気が消えている部屋の中でテレビの画面だけが光っていた。


 映っていたのは一ヶ月前まで遊んでいたLLVIのゲーム画面。最近は全く遊んでいない。あれが全部夢だったとしても、夢の中で愛猫達を怒らなければ、すぐに許してみゃ~るをあげて仲直りすれば…正夢にならなかったかもしれない。


 そんな後悔が頭をよぎる。


「…風呂でも入るか」


 テレビの電源を切り、暗い気分を洗い流すために風呂場へ向かった。風呂上がりになんとなくテレビの電源をつけると、まだゲーム画面が表示されていた。


「…アーミャ?」


 そこにはトサイ町の宿屋でテーブルに座っているアーミャがいた。リセットされてしまい、店頭販売用のデモプレイがはじめから開始されたのかもしれない。


 俺はテレビを消すとベッドで横になった。


 いつもより広いベッドなのに、ルカとテトが一緒に寝ていた時よりも小さく感じる。


「…ん?」


 中々寝付けずに目を閉じていると急に部屋が明るくなった。目を開けるとテレビが勝手に付いていた。これは元々リビングで使っていたテレビ。4Kテレビを買った時に不要になり、ちょうどゲーム用に液晶ディスプレイが欲しかった俺が貰ったもの。


 長年使っているからガタがきているのかもしれない。


 テレビの電源を消そうとして、ふと画面が気になった。


 そこにはポータンと戦うアーミャが映っている。なんとなくコントローラーを操作して装備を確認すると、武器はレザーグローブで防具は緑のローブに革の靴。やはり初期化されたらしい。


 レベルだけは前回のアーミャと同じ6レベルだった。


 あの時の、俺とアーミャの冒険は終わったようだ。


「あ、負けた…」


 リセットされてはじめからになったアーミャは、レザーグローブを装備しているのに何も攻撃をしない。6レベルならポータンに攻撃すれば楽勝なのに何も攻撃しない。戦いに負けると宿屋に戻され、そしてまたポータンと戦う。


 はじめからになったアーミャは、AIがバカなのは変わらないようだ。


 なんとなく違和感を感じて、その光景をぼーっと眺める。よく考えるとゲームオーバーになったらタイトル画面に戻るはずだ。ふと所持金を見ると12G になっていた。


 これは俺がRTAを走る時にやっていた状態だ。


 ダラの町で料理を十二個購入して所持金を12Gにする。


 購入したはずの料理はどこかに消えてしまい、その結果、なぜかイベントフラグの計算式がおかしくなる。


 普通なら上書きされる数値が加算されるようになってしまうのだ。


 RTA動画を投稿している先駆者が見つけた情報のため、なぜこうなるのかは分からないが、結果的にバグる。


 そのバグを発生させた状態で全滅すると、ゲームオーバーを呼び出す数値がイベントフラグに加算される。


 全滅すると、普通はゲームオーバー画面が表示されてタイトル画面に戻るが、イベントフラグが加算されることにより別のフラグに書き換えられる。


 事前に特定イベントで数値を調整する必要はあるが、全滅を十二回繰り返すとゲームクリアのエンディングフラグを呼び出すことができてしまう。


 それを知ってか知らずか、アーミャはまたポータンに負けた。




 アーミャは エリクサー を使った!


 HPが 0回復した!




「増殖バグのエリクサーを使うなんて、まるであの時ガバった俺みたいじゃないか」


 なぜか効果のないエリクサーを見て俺は乾いた笑みを浮かべた。


 こいつは俺以上のガバだな…


 何度もアーミャが負けていく。見ていると次第に切なくなった。俺が見る前も戦闘をしていたはずだ。恐らくはもっと負けているのだろう。一緒に旅をしたアーミャが負けていく姿なんて見たくない。


「もう…みてられない…」


 俺は…リセットボタンを押した。


 カチッ。


 電源を切ってもよかった。電源プラグを抜いてもよかった。でも俺は、なんとなく一度ゲーム機をリセットしてアーミャをこの戦闘前のはじめからの状態にしたくなった。


 こんなにボロボロに負けた状態のアーミャで終わるのは…嫌だから。


 …ザザッ、ザザザッ。


 画面が暗転して黒い世界が広がる。いつかのようにノイズのような、カラーコードのような、マップ表示が半分ズレて世界が裂けたような画面が続いた。


 そして…




 キよマニにャーゲーム

 ▶ヒト

  ケット




「またこれか…」


 意味がありそうな、なさそうな文字化けが画面内に表示された。でも所詮ゲームは遊びで文字化けは意味のないものだ。今回は十字キーでカーソルが動かせた。決定ボタンを押せば選択できる気がする。


 なんとなく俺は…「ヒト」を選択した。


 ガタン!


「なんだ…ついに壊れたのか…」


 選択すると大きな音を立ててゲーム画面が表示されなくなった。俺はテレビの電源を消すと、再びベッドに横になった。




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【ケット】


 意味は猫。


 某ファイナルなゲームで登場するケットシーは、アイルランドの伝説に登場する猫の妖精。二足歩行をして人間の言葉が話せるにゃんこ。間違っても下のアイツが本体ではない。

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