第44話

 アーミャは無人の乗り合い馬車乗り、ルカとテトを抱えながら呑気に揺られて移動していた。無人というのは、その名の通り運転席に運転手がいない。乗客もいないし、なんなら馬もいない。なのに馬車は移動を続ける。


「ルカ、テト、そろそろ家に帰りたくなってきたかみゃ?」


『…でも…おこってた』


『…トール、すごくおこった』


 二匹は家族が恋しくなってきたようで、帰りたくないとは言わない。心の中では、もう帰りたいのだろう。そろそろこの旅も終わりのようだ。


「きっとトールが心配してるみゃ、帰ろうみゃ?」


 ボクがそう言うと、二匹は見つめあい悩んだ後に頷いた。


『…みゃーみゃ? …こない?』


 ルカにそう聞かれた。一瞬理解できなかったけど、たぶんボクのことだろう。


「ええっと、ボクのことかみゃ?」


『…うん』


 最初に会った時は「みゃみゃ」と呼ばれたのに、少しだけ進歩している。それでも「アーミャ」とは覚えられていないけど。覚えてくれたら嬉しかったけど、もう呼ばれる機会はないだろう。


 いつかの洞窟ダンジョンのチュートリアルで村人のNPCが通せんぼしていた場所を通り過ぎた。


〘こんな…じゃない! …バカだ!〙


 トールの声が聞こえてきた。


 泣いちゃダメ。


 トールにはボクが…そう見えていたんだね。


「そうみゃあ…ルカとテトの世界かみゃ。行ってみたいみゃ~」


 バカなボクでもこれだけはわかる。ゲームのプレイヤーとゲームのキャラクターが出会うことはない。それでも二匹を喜ばせるために頷いた。


『…あんない…する』


『トール、しょうかいする』


「その時はよろしくみゃ!」


 まだ、泣いちゃダメだ。


 馬車がトサイ町に着く頃には夕方になっていた。馬がいないのに馬車と言っていいのかわからないけど、一応三人分の料金を馬車に置くと宿屋に向かった。


「それじゃあ、これが最後の晩餐みゃ!」


『…あじ…うすい』


『みゃ~る、たべたい』


 旅の中でご飯を濃い味付けにしたら不評で、薄味に変えても不評だった。濃いよりも薄味のほうが残さず食べてくれるから最近は薄味にしている。味を誤魔化すために最初はみゃ~るを上にかけていたけどみゃ~るは有限。


 気づかれないように必死に気持ちを抑えて、いつもの調子で夕飯を食べ始めた。


「ごめんみゃあ、みゃ~るはもう無くなったのみゃ」


 みゃ~る、一口食べてみたかったな…


「ルカとテトは先に部屋で寝ててみゃ」


 明日の準備があるから二匹を先に部屋で寝せた。もちろん忘れずに宿泊代はカウンターに置いた。もうNPCがいないからお金は置くだけ無駄ではあるけど、気持ちの問題だ。


 その後、厨房で簡単な料理を作った。作り終わる頃には1時間以上経っていた。


 ボクの目の前には十二人前の料理達。


「これ、ボクひとりで食べきれるかみゃあ…」


 そして、ボクの戦いが始まった。


「ぜ、ぜんぜん減らみゃい…」


「ま、まだ残ってるみゃ…」


「けぷっ…のこり五皿…」


「さいご…みゃあっ!」


 ボクは全ての料理を食べきった。作った料理は味付けがいまいちだったり奇抜な味がしたけど、なんとか食べきった。既に時刻は深夜三時を過ぎていた。


 よろよろと立ち上がるとルカとテトの元に行った。二匹はぐっすり寝ていて、起きる気配はない。微笑みながら頭を軽く撫でるとルカが無意識にお腹を出した。


『うみゃあ…』


「次に会うときは、ルカとテトが帰るときみゃ…」


 ボクは二匹を所持品に入れた。生き物が所持品に入るのはフェンリルで確認済み。フェンリルは狼だけど、狼も猫も一緒のはずだ。


 防具屋にきた。ここはトールに操作されて脱がされそうになった場所。あの頃が懐かしい、つい昨日のように感じる。悪い記憶だけどボクの思い出のひとつだ。


 誰もいない店内でカウンターにお金を置くと、一番安い防具を手に取りその場で着替えた。最初に着ていた緑のローブに革の靴。下着姿も気にせずに着替える。


 この世界には、もう誰もいない。


 それにボクはゲームのキャラクター。


 キャラクターが恥ずかしがることは、ない。


 武器屋にも寄ることにした。窓越しに店内を見ても武器屋の奥さんはもういない。般若のような顔、一度は見ておけばよかったかもしれない。店内に入ろうとしたらトールの声が聞こえてきた。


〘猫獣人なら、黙って拳を使うべきだ!〙


「みゃはは…」


 ボクはずっと弓しか使っていなかった。エルフの時の癖でずっと使っていたけど、トールからしてみれば、ボクはレザーグローブを装備するべきだったのだろう。きっと、トールがサーメットボウを買ったのはボクが弓を使い続けていたから。


 バカなボクに拳を使わせることをトールは諦めたのだ。


 全然、ボクの思いなんて届いていなかった。


「レザーグローブがトールからの最初のプレゼントだったんだ」


 ルカとテトのご飯を所持品に入れるために王都の防具屋に置いてきちゃったよ。こんなことなら残しておけばよかった。涙が出そうになるのをぐっと我慢する。


 カウンターにサーメットボウを置いた。


 この子を使うことは、もうないから。


 店内にあったレザーグローブを手にはめると武器屋から出た。カウンターにはレザーグローブ代と、バグでアイテムを大量に買ってしまったお詫びに不要なお金を置いた。


 お金を使うことも、もうないから。


 残りの所持金は12G。


 そしてボクは最後の仕事をはじめた。


「ポータン! かかってこいみゃ!」


 2ターンに一回ポータンがぶつかりHPが減る。アーミャは攻撃をしないで、ただただダメージ受ける。




 ポータンの こうげき!


 アーミャに 10ダメージ!




 痛い、痛いけど…でもボクは…


 ゲームキャラクターだから…


 この世界では、死なない。


 何度も何度もポータンの攻撃を受けてアーミャのHPが0になった。


「ふみゃっ!?」


 アーミャが起きると、そこは宿屋の部屋だった。よろよろと立ち上がると、ボクは再びポータンの元へ歩きだした。


「これをあと…11回かみゃあ…」


 料理を十二個購入する。


 所持金を12Gにする。


 12回、全滅する。


 それは、三澄透がLLVIのRTAで走っていたチャートの再現だった。




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【ゲームキャラクター】


 テレビゲームの登場人物。


 ゲームオーバーになってもセーブをした場所から同じ世界を繰り返すため死という概念がない。

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