第43話
アーミャはルカとテトと旅を続けた。
海のバザールでは新鮮な魚を食べた。生魚をそのまま食べようとしたら食べられなくて、頑張って捌いたのに二匹には不評だった。何回か噛んだあと、地面にペッと吐き出されてしまった。二匹は焼き魚をほぐしたものが食べやすいようだ。
砂漠のオアシスに行った時は飛空艇から降りた瞬間、暑さで二匹がダウンしたから降りずにトンボ帰りした。ボクも暑いのは苦手だけど、二匹はモフモフの毛が全身についているから、その分暑いのかもしれない。
火竜火山はモンスターが怖いから遠くから見た。なぜか火山が凍っていて雪山に変化していた。氷の中に火山があり、幻想的な光景だった。好奇心旺盛なテトが入り口まで行ってみたいと言い、近づいてみたらモンスターに見つかって逃げ帰った。
旅を続けても人はどこにも居なかった。
でも不思議とすんなり理解できた。
もう、NPCがいないのだと。
元々バグで始まった世界は、徐々に壊れ始めていた。
あれからカーソル君…もといトールが戻ってくる気配もない。黒い穴があった防具屋にも何度か戻ってみたけど、あれから全く変化がないのだ。ルカとテトをすごく心配していたから、トールはすぐに戻ってくると思っていたのに。
『…かぜ…きもち〜』
『ここ、すずしい』
「いつ来ても涼しいみゃ」
そして、残りわずかになったボクが案内できる旅のスポット。
「ここは水の都みゃ~」
海に浮かんでいるため一年中涼しい。街の中には水路が多く、流れる水の音が心地いい。目を閉じるとお昼寝をしたい気分になる。この旅で色々大変なことはあったけど、二匹とはそれなりに仲良くなった。
「案内したい所があるから、まずはそこに行ってみようみゃ」
そう提案すると二匹は頷いてくれた。神殿に入り隠し階段のある部屋を目指した。トールの指示がないから何度も迷った。二匹は歩き疲れて、ボクの頭の上と腕の中で寝ている。
数十分かけてやっと目的地にたどり着いた。隠し階段を降りると左右には水路が引いてあり、水の流れる音が心地いい。水路には大小様々な花が植えられいて、階段と同様に蒼白く光っている。アーミャが歩くと水面が揺れ、壁に波紋が映し出される。
蛍のような光の粒が空中に浮いていて、まるでお伽噺に出てくるような幻想的な景色が広がっている。
『…きらきら』
『とんでる! おもちゃ!』
「みゃはは、逃げないかゆっくりみようみゃ~」
空気が変わったのに気がついたようで、二匹は目を覚ましてそれぞれ違う反応をした。ルカは頭だけを動かして、テトはボクの手から飛び降りると光の粒を追い始めた。
テトはよくわからない光の粒に勇敢にも猫パンチを何度も繰り出す。対称的にルカは目の前に浮かぶものを退かすように恐る恐る触る。でも、光の粒は実体がないため猫足は通り抜ける。面白くなってきたみたいで、テトはピョンピョンと飛び跳ねて遊び始めた。
『にゃー!』
今まで旅という名の散歩はしてきたけど、二匹と遊ぶことはしてこなかった。この世界にはおもちゃもないし遊べる遊具もない。今まで遊べなくてストレスが貯まっていたのだろう。
その鬱憤を晴らすためにテトが渾身の力を込めて猫パンチをした。それを見てルカもウズウズして遊びに加わった。
『うみゃー!』
「ルカもテトも元気だみゃあ…」
そんな二匹の横で、ボクは真っ直ぐ前を見た。
一歩、また一歩と噛みしめるようにゆっくりと歩く。
ここに来たのはルカとテトにこの景色を見せるためでもあるけど、本当は別の目的がある。この旅も二匹の気持ちの整理なんてのは建前だったりする。半分はボクのためだ。いや、もしかしたらほとんどボクのためだったのかもしれない。
ルカとテトと一緒に旅をしたかった。
そしてなによりも…
〘……〙
あっ、聞こえた!
雲海で一瞬聞こえたトールの声。それをもう一度聞きたかったのだ。たぶんこれはこの世界でボクと冒険していた頃のトールの心の残滓。最後の最後で聞こえてよかった。時間が経ちすぎていたみたいで、ノイズが走ったかのように途切れ途切れに声が聞こえてくる。
〘ルーナに…プレゼント…作り…〙
ルーナ?
プレゼント?
ルーナはきっと誰かの名前だ。トールの心の声だからこそ、ボクを指していないのがヒシヒシと伝わってくる。プレゼントということは、もしかしてルーナさんって人にプレゼントを作るためにここへ来たのだろう。
胸の奥が耐えられないくらい締め付けられる。その場でうずくまって体を押さえる。涙で視界がぼやけてくる。
ボクはルーナなんて人、知らない。
会ったこともないし、会いたくもない。
知らない人のためにボクがトールから貰ったプレゼント…三日月のアミュレットを使ったなんて。そもそもボクへのプレゼントじゃなくてトールはルーナさんのためにボクを操作していただけなのかもしれない。
トールはゲームのプレイヤー。
ボクはゲームのキャラクター。
絶対に出会うことのない、歪な関係。
一方通行な関係でボクが何を思ってもトールには関係ない。関係ないけど…トールの目的がボクとの旅じゃなかった。それが悲しくて鼻がツーンとしてくる。
楽しい旅だと思っていたのは…
ボクだけだったみたいだ。
ふと自分のしてしまったことを思い出した。ここに来ることがプレゼントのはずがない。そして、ここにあるのは…いや、あったのは…この先にあった丸いもの。
それは、既にボクが壊してしまった。
「あああ! ボクはみゃんてことをっ!?」
ルーナさんへのプレゼント、壊しちゃった…
目頭が熱くなる。喧嘩別れした上に、誰かへのプレゼントも壊してしまった。謝って許してくれるか不安になってくる。気分が落ち込み猫耳と猫尻尾が力なく垂れ下がる。ボクのことなんて、操作できるキャラクターくらいにしか思っていなかったはずだ。
「きっと…そうだみゃ…」
後ろで楽しそうに遊ぶ二匹の鳴き声を聞きながら、目から溢れ落ちそうな涙を必死に堪えた。
今泣いたら…ボクはもう…
…がんばれない。
―――――――――――――――
気ままミャtips
【ルーナ】
この物語に登場するレトロゲーム「LLVI」のキャラクター。
自分のことをボクと言うエルフの少女。怖いのが嫌い。身長が低いことがコンプレックス。
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