第37話

 アーミャは防具屋から出ると捜索を開始した。


 歩きながらそれっぽい人を探す。なんとかするとは言ったけど顔も知らない相手を見つけることは困難だ。きっと黒い穴から出てきた二つの影がルカとテトなのだろう。


「小さかったから子供かみゃあ?」


 それもすごく小さかった。五、六歳くらいかもしれない。それならまだ遠くへは行っていないはずだ。ボクは迷子の子供を探しはじめた。


「いないみゃ…」


 近くの道を数時間歩いても子供が一人もいなかった。それどころかなぜか大人の姿も見当たらない。ふと路地裏を見ると毛玉のような何かがベチャッと潰れていた。近寄ってみると茶色の猫だった。耳が垂れていてお腹は少しぽっちゃりとしている。


 スコティッシュフォールドかな?


 両手で持ち上げると、危機感がないのか逃げることもしないでビローンと伸びた。ここが町の中だからいいものの、もしも町の外に出たら魔物の餌にしかならない。この猫がこの先生き残れるのか少し心配になる。


「こんなところにどうして落ちてるのみゃ?」


『…おなか…すいた』


「それは…一大事みゃ!」


 お腹が空いたら誰だって辛い。


「魚、食べるかみゃ?」


『…たべる』


 猫を地面に座らせて、所持品から海のバザールで買った魚を取り出した。いくら時間が経っても食べ物は腐らない。それがこのゲームの仕様。猫の前に魚を置くと、魚を一回噛んだ後、食べるのを諦めてまたベチャッと地面に潰れてしまった。


『…かたい…おいしくない』


 あれ?


 猫は魚を食べるものじゃないの?


「それなら何なら食べれるのかみゃ?」


『…みゃ〜る…たべたい』


「それは持ってないみゃ」


『…それなら…カリカリ』


「ごめんみゃ、それもないみゃ」


 この猫の言うみゃ~るもカリカリも知らない。カリカリというくらいだからカリカリしているのかもしれない。どんな食べ物なのか両手を組んで唸っていると猫が横になってお腹を出した。首輪に銀色の光るものを見つけた。


「みゃっ!」


『…もう、うごけ…ない』


「ちょっといいかみゃ?」


 ボクは再び猫を持ち上げてその文字を見た。そこには小さくルカと書いてあった。


「君がルカかみゃ?」


『…るか? …おやつ! おやつ!』


「あれ? 君の名前じゃないのかみゃ?」


 猫はルカというのはおやつの名前だと思っていたらしい。君の名前だと教えるとルカ、ルカと頭を抱えて悩み始めた。自分の名前を理解できていないのが、この世界に来たときのボクみたいで少し親近感がわいた。


 とりあえず男の人が探している人…じゃなくて猫は一匹確保した。安心させるために黒い穴の開いている防具屋に向かった。ルカは一歩も歩けなくてボクが抱っこをして連れて行った。


「んみゃ?」


 歩いていると後ろから気配を感じた。振り向くと物陰から一匹の猫がジッと見つめている。シルバータビーの猫で、ルカとは違い耳がピンと立っている。


 アメリカンショートヘアかな?


「もしかしてあの猫がテトかみゃ?」


『…ねこ? …てと?』


 ボクの頭の上にベチャッと乗っているルカに聞く。両手で抱えても液体みたいにふにゃふにゃと滑り落ちるから、途中から帽子みたいに頭の上に乗せることにした。不安定に見えてこれが結構安定する。ルカが少しぽっちゃりしているから頭にフィットするのだ。


『…かぞく!』


「ええっと、家族のテトってことかみゃ?」


 ルカの口から名前が出てこないのは不思議だけど、恐らくあれがテトなのだろう。


「テトー! ルカと一緒に来ないかみゃー?」


『……』


 大きな声で呼びかける。テトはジッと睨んだ後すぐに隠れてしまった。ルカを頭に乗せて歩いていると離れた場所からテトが様子を窺ってくる。でも振り向くと隠れてしまう。


「ついてくるなら一緒に歩けばいいのにみゃあ…」


 このまま泣いていた男の人が居る防具屋に行くことにした。


「あれ? 黒い穴がなくなってるみゃ」


『…くろ? …あな?』


「そうみゃ。ここでルカの家族が探してたのみゃ」


 黒い穴のあった場所まで行くと、その周りが散らかっていた。茶色い粒の入った透明な袋、何かがパンパンに入った棒状の袋、白くて細い乾物が入った袋など、様々なものが落ちている。試しに細長いものを拾い上げるとルカの目が一瞬で変わった。


『みゃ~る! たべる!』


「うみゃあっ!?」


 ボクの頭から勢いよく飛び降り、ひったくるようにして奪う。みゃ〜ると言った物が床に落ちると、ルカがガシガシと噛み始めた。


「それ、みゃ~るって言うのかみゃ?」


『みゃ~る! みゃ~る!』


 ルカはボクの質問に答えずに、みゃ〜るを足で押さえて噛み続ける。格闘すること数分、次第に噛む回数が少なくなっていき、ルカが戦いに破れてその場で力なくベチャっと床に落ちた。疲れた時のルカの癖なのだろう。


『…でてこない』


「これ、開ければいいのかみゃ?」


 ルカが散々噛んで唾液でベチャベチャになっているみゃ~るをしゃがんで拾い上げる。表面にはみゃ〜ると書かれていて、裏面は小さい文字でギッシリと埋め尽くされていた。見ているだけで頭が混乱してくる。


 あ、ここから開けられそう!


 端に小さな切れ目を見つけた。そこから裂くようにして引っ張る。ルカが長々と格闘していたことから、力を入れないと切れないと思って力強く開けた。


「うみゃあっ!?」


 力が強すぎて中に入っていた液体がベチャっと飛び散る。中に入っていたのはドロッとした液体みたいで、ボクの手や顔についた。液体からは濃い匂いがする。鼻に近づけてクンクンと嗅ぐと魚系の匂い。ボクも好きなマグロの匂いも混じっている。


『みゃ~るっ!!』


「く、くすぐったいみゃあ〜! みゃははっ!」


 我慢出来なかったルカが、ボクの手についたみゃ~るを舐めはじめた。猫舌のザラザラとした感触がくすぐったくて笑ってしまう。


『みゃ~る! みゃ~る!』


「や、やめてっ、ほしいみゃはは!」


 その後、みゃ〜るがついたボクの顔まで舐められ、開けたみゃ〜るの袋にルカが気がづくまで猫舌くすぐり攻撃は続いた。




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【みゃ〜る】


 この物語で登場する猫のおやつ。


 ねこまっしぐら。おやつをあげすぎるとぽっちゃりにゃんこになるのでご注意を。舐めている姿がどんなにかわいくても一日一本くらいにしておこう。人間が食べると味が薄い。

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