第33話 三澄家の年末

 十二月三十一日の夜。


 三澄透は家族と一緒に年末のおせち料理を食べていた。


 愛猫のルカとテトも今日は豪華なご飯を食べている。フードストッカーで温めた、ウェットフードのプレミア厶かにゃん。猫は猫舌だが、冷たすぎると匂いがしないため食べない。人肌くらいに温めるとよく食べてくれる。


 今では猫の健康上食べさせないが、味噌汁をかけたご飯をねこまんまとして猫に食べさせていたのは理にかなっていたのだろう。


 目を閉じてムシャムシャと食べている姿が幸せそうで、つい頭を撫でたくなり手を伸ばす。が、ひょいっと避けられた。ご飯を邪魔されたルカが目をジトッと見て怒る。


「ウニャー」


「ああ、悪い悪い」


 さっきコタツでミカンを食べたからか…


 猫は匂いに敏感。柑橘類の匂いは特に嫌いで、ルカとテトは手にミカンの匂いがついているとすぐに距離を取る。この匂いは洗っても中々落ちないため今日は一日中撫でさせてくれないだろう。


「ごちそうさん!」


 夕飯を食べ終わり自分の食器を片付ける。部屋に戻ろうとすると親父に声をかけられた。


「透、ミケタマ見ないのか?」


「あー、今年はいいや」


「…そうか」


 ミケタマとは年末の夜から年が開けるまで放送している毎年恒例の年越しテレビ番組。ミケ組とタマ組に男女で別れて対決するバラエティだ。番組内で色々なことをするため老若男女が楽しめる。


 今年あった時事ネタも出てくるから今年一年の出来事を振り返ることもできる。それぞれの組のマークはミケとタマだけあってもちろん猫のデザイン。いい感じのゆるい猫のデザインで、毎年干支にちなんだ絵になっている。


 その番組を我が家では毎年家族団らんで見る。もちろんルカやテトも一緒。まあ、ルカとテトはだいたいコタツで丸くなっているからテレビは見てないが。テレビから流れる音は聞いているはずだから、見ているということにしておこう。


 家族で毎年見ているが、今年は他にやりたいことがある。


 番組なんて録画しておけば後でも見れる。まあ、後で見れるとしても結局見ないのだが。こういうのはリアルタイムで見るというのが重要。年末に色々振り返りながらお祭り感覚で見るのが楽しい。一分一秒でも過ぎたら意味がない。


「うう寒かった」


 廊下から部屋に入ると暖房の電源を入れて両手を擦る。悴んだ手を温めてテレビの電源を入れた。


 今年はルーナ、もといアーミャと年末が過ごせるのだ。


 せっかくなら年末を一緒に過ごしたい。


 好きなキャラクターの誕生日をケーキで祝うみたいな推し活はあまりしないが、自由気ままにゲームの中を動き回るアーミャを見ていると、本当に生きているようで一緒に過ごしたくなった。三が日は仕事が休み。


 アーミャとダラダラ年末を過ごす俺のお気楽ゲームライフが今、始まる。


「そういや弱い装備のままだったか」


 年末に相応しいダンジョンにでも行こうかと思いアーミャの装備を見ると、まだ武器がウッドボウだった。防具は緑のローブと恋のミサンガ、それと頭に雪のヘアピン。足にはボアブーツを履いていた。


 よくわからないチグハグな装備だ。恋のミサンガはステータスのない外れアイテム。雪のヘアピンは月のヘアピンと花のヘアピンを集めると強い剣と交換できるが、ヘアピン自体に高いステータスはない。ボアブーツは防御力がそこそこあるが今行こうとしているダンジョンには適さない。


「せっかくだしアーミャにお年玉でもプレゼントしますか!」


 俺はアーミャを操作して王都イルディアの武器屋に行った。ウッドボウよりも格段に性能のいいサーメットボウを購入するとアーミャがすぐに装備した。


「喜んでる喜んでる!」


 トサイ町ではアーミャが猫獣人だったからついレザーグローブを買わせた。


 だが、アーミャがルーナであるのなら話は別。


 ルーナの装備は弓一択。ジョブ変更は可能だが、俺の中ではやっぱりルーナは弓術士。好きなキャラであるが故に、こだわりもそれなりにある透だった。武器を購入したら次は防具。防具屋にアーミャを向かわせて防具を買おうとすると警告文が出てきた。




 これ以上持てません




「所持品一杯なのか」


 カーボンボウを購入して所持品枠が全部埋まってしまったらしい。確認すると20枠全部に何かしらのアイテムが入っていた。どれもゴミアイテムにしか見えない。もう要らないだろうから手始めにウッドボウを売却する。


「あれ? 売れない?」


 いつかのレザーグローブを買おうとした時のように売却してもキャンセルされる。アーミャが嫌がっているのかもしれない。だが、サーメットボウを買ったのだからウッドボウは要らない。


 所持品の圧迫にしかならないゴミアイテム。アーミャと謎の格闘をして、ついに俺は勝った。




 ウッドボウを 売却した!




「せっかくだし防具も全部売っておくか」


 どうせ高性の防具を買って装備するのだ。売るのが早いか買うのが早いかの違い。キャラが何も装備していない裸状態なら、購入と同時に装備できる。俺はアーミャの防具も売り始めた。




 雪のヘアピンを 売却した!


 恋のミサンガを 売却した!


 ボアブーツを 売却した!




「ん? これも売れない?」


 頭、手、足装備を売り終わり、胴防具を売ろうとしたら再びアーミャが嫌がった。「はい」を選択しようとすると勝手にカーソルが「いいえ」に移動する。




 緑のローブを売りますか?

  はい

 ▶いいえ




 緑のローブなんてもうすぐゴミアイテムになる。貴重な所持品枠を空けるために今売らなないでいつ売るというのだ。続けていればまたアーミャが諦めるだろうと思い、何度もボタンを押していると急にコントローラーが熱くなった。


 ブチッ!


「熱っ!」


 パリンという何かが割れるような高音が鳴り、操作が出来なくなった。よく見るとコントローラーとゲーム機本体を繋ぐコードが千切れていた。ブチッという音は線が切れた音だったのだろう。


「まあ、壊れている上に古いからなあ…」


 レトロゲーム機は新品ではないし、仮に未使用の新品を手に入れたとしても既にメーカーの保証期間は過ぎている。コードなんて子供がゲーム機を片付ける時にグルグル巻きにすることが多いため、一番壊れやすい部分だ。立ち上がると別のコントローラーを棚から取り出しゲーム機の前に置いた。


 テレビ画面を見るとアーミャがプリズム装備を購入していた。自分で防具を買ったようだ。ちょうどいいから飲み物を持ってこよう。部屋から出るとルカとテトが廊下を歩いていた。


「コタツで寝てなくていいのか?」


 この時期の廊下は寒い。年末年始なんて一日中コタツでぬくぬくと丸くなっているはずなのに今日は珍しい。不思議に思いながらもキッチンへ向かった。


 こんな日は熱燗に限る。日本酒を入れた徳利を電子レンジに入れる。家で作るならレンジが手っ取り早い。加熱すること二十秒。ムラが出るため一旦取り出して揺さぶる。そして更に加熱する。


 人肌燗である35℃が一番甘いとされているが、俺は辛口の方が好きなため50℃を目安に温める。完成するとおちょこと一緒にお盆に乗せて部屋に戻った。


 ガリガリ。


「ニャー」


「…ん?」


 部屋の中からガリガリと爪とぎのような音が聞こえた。


 嫌な予感がして部屋に入るとルカがゲーム機に爪を立てていた。テトに至ってはゲームソフトをガジガシと噛んでいる。普通のゲーム機なら笑って許せたのだが、アーミャが動き回っているゲーム機にしていた。俺は慌てて二匹を大声で叱った。


「ちょっ! ルカテト! やめろっ!!」


「ウミャア!?」


 俺の怒鳴り声を聞いたルカが驚いた拍子に飛び上がる。


 そして…


 リセットボタンを押した。




 ブツン!




 突然アーミャの動き回っていた世界が暗転した。テレビ画面には、もう何も映っていない。


「嘘…だろ…?」




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【熱燗】


 日本酒を入れた徳利を温めたもの。「あつかん」と読む。


 温度によって名称が変わり、35℃を人肌燗、40℃をぬる燗、45℃を上燗、そして50℃を熱燗と言う。


 日本酒は温度によって味が変わる。人肌燗が一番甘みが引き立ち、そこから温度が上がると徐々に辛口になる。ただし、温度を上げすぎると味のバランスが崩れてしまうため注意が必要。

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