第30話 三澄透の衝撃

「メリークリスマス~」


 仕事終わりの帰り道。三澄透が歩いていると元気な女の子の声が聞こえてきた。女の子はサンタ衣装を着ていて店頭には赤と緑の装飾が施された箱が並んでいる。看板を見ると、たまにパンを買うことがある店だった。


 クリスマス…もうそんな時期なのか。


「おいしいですよ~」


 最近、クリスマスケーキなんて俺の家では出てこない。毎年買っていた妹が数年前に結婚して家を出ていった。だから今はレアモンスターみたいな扱いだ。


 もう小さい子供なんて家にはいない。だから買う必要がない。ここは通り過ぎよう。そう思った時、クリスマスとは思えない商品名が聞こえてきた。


「白玉あんみつ~♪」


 ん? しらたま、あんみつ?


「ホイップスペシャル~♪」


 いやいやいや! ちょっと待て!


 サンタの格好をして売るのはおかしいだろ!


 振り向きもせず通り過ぎようとしていが、予想外のものを販売していて俺はずっこけてしまった。つい女の子の方を向くと、確かに白玉あんみつのチラシを持っていた。背は俺よりも低いが女の子の背としては大きい。その女の子と目が合い、声をかけられた。


「あっ! そこのおじさんもどうですか?」


「…えっ?」


「今ならなんとクリスマスセール! 半額なんです!」


 俺がどう答えるか悩んでいるとチラシを渡された。


「絶対おいしいので是非! 私が保証します!」


「こらこら! すみません、こいつさっき試食で食べたばかりで興奮していて…」


 知らない子に保証されても絶対おいしいとは限らないが。女の子は話途中でやってきたトナカイ衣装の男の子に注意されて引きずられるように去っていった。


 たぶん学生、それもカップルか?


 俺から離れると二人で喧嘩を始めた。去年の今頃、俺が見たら「リア充爆発しろ!」と思ったかもしれない。でも、最近の俺は気分がいい。まだ喧嘩を続けているが、それが彼らの日常で仲がいい間柄なのがわかる。


 いいカップルじゃないか、幸せになれよ!


 何の気なしに渡されたチラシを見て衝撃を受けた。


「うわっ、高っ!」


 そこには…




 新発売 期間限定!


 白玉あんみつホイップスペシャル!


 税込1200円!




「今どきのスイーツって一個こんなにするのかよ」


 さっき半額と言っていたから定価2400円なのだろう。食べ物、それもスイーツにそんな金額を払うのなら俺はゲームを買う。


「ん? 二枚渡してきたのか?」


 チラシはなぜか二枚渡されていた。間違って渡したのだろう。まだカップルは仲良く喧嘩をしていて、邪魔するのも悪いと思い、そのまま家に帰った。


「そのチラシどうしたの?」


 帰宅してリビングの前を通ると母さんがチラシのことを聞いてきた。


「歩いてたら途中でもらっ…」


「なになに? クリスマスに彼女と食べるの?」


 話の途中で母さんが嬉しそうに手をポンと叩いて聞いてきた。そういえば今、俺には彼女がいることになっている。後でネタばらししておかないとと思いつつ、面倒なため今回はやり過ごすことにした。


「ああ、そうだよ」


「まあまあ! クリスマスにうちに連れてきてもいいのよ?」


「ああ、聞くだけ聞いてみる」


 我が家の愛猫のルカにな…


「透にもやっと春が来たのね〜」


 今は冬だけどな。喜ぶ母さんを背に俺は自分の部屋へと歩き出した。部屋に着くとチラシと鞄を机に置き、俺はさっそくテレビの電源を入れた。


「さて、ルーナにクリスマスプレゼントでも作りますか!」


 水の都に移動させていたアーミャを神殿に連れて行った。そして神殿内を歩かせた。今までの準備は、このバグだらけの世界のどこかにいるルーナのためのもの。まだ世界崩壊が起きていないため、今ならルーナに特大のクリスマスプレゼントが贈れる。


 ルーナとは、自分のことをボクという弓術士のエルフの少女。


 背が低いことを気にしているが、そこがまたかわいい。とあるイベントをクリアすると覚醒して、ゲーム内で一、二を争うくらいの強キャラになるのも燃える要素だ。


 覚醒するとついでに身長まで伸びてしまうが、まあ誤差だよ誤差。


 怖いものが苦手で、ストーリーの中でもそんな姿が描かれている。ちなみに、俺の一番好きなキャラだったりする。


「お、やっとついた」


 ついに、アーミャがルーナ覚醒イベントのマップの入り口に着いた。


 ここは一見何もないように見えて隠し階段がある。三日月のアミュレットを所持していればスイッチを押すことができるのだが、アーミャは気がついていないようだ。


 俺はメニュー画面を開いて三日月のアミュレットを使った。


 すると、ゴゴゴゴという音と共に海底庭園までの階段が出現した。


「透〜。ご飯食べないの~?」


「あ、忘れてた! 今食べる!」


 帰宅後すぐにゲームを始めて、ずっと熱中していて夕飯を食べるのを忘れていた。風呂に入るのも忘れていた。今回のやりたいことは終わった。前回同様アーミャも勝手に帰るだろう。


 なぜなら、この階段はルーナにしか進むことはできないのだから。


 ストーリー中盤でここに訪れるルーナへのクリスマスプレゼントを用意した俺は、夕飯を食べるために席を外した。


「は…?」


 夕飯を食べ、のんびりと風呂上がりのビールを飲んで部屋に戻ると衝撃を受けた。驚きのあまり缶ビールを落としてしまった。足元でドボドボとビールが零れているがそれどころではない。


 テレビをつけっぱなしにしていたのは別にいい。


 問題はそこに映っているアーミャの行動だ。


 ルーナにしか入れないはずの海底庭園にアーミャがいたのだ。そして、ちょうどアーミャがルーナ覚醒イベントを終えた所だった。


 え、っと…?


「アーミャは、ルーナ…なのか?」


 ●


 外からゴーンゴーンという除夜の鐘が聞こえる中、俺はアーミャを操作していた。これからもLLVIの世界をアーミャと一緒に冒険するために。


「よし、これでもう安全だ」


 火竜火山にいる双頭のドラゴン・オルトロス。


 こいつは世界崩壊前に帝国に捕獲されて改造される悲しい運命の竜。改造したこいつを帝国が操り、その他の兄弟ドラゴン、ケルベロスやヒュドラなどが次々に捕獲、改造されてしまう。


 ドラゴン達が改造された後でドラゴン達の親である神・テュポーンが知る。テュポーンが怒り、そして悲しみ、世界が崩壊することになる。


 オルトロスを含めた兄弟達は全員犬だろって?


 LLVIではドラゴンなんだから仕方がない。文句は開発スタッフに言ってくれ。


 このオルトロスに至っては最初に捕獲されたこともあり、帝国により改造に改造を重ねられ最後はわけのわからない生き物になる。あまりのインパクトから公式がネタキャラとして扱うようになり、今では隠しボス的な扱いになっている。


 あるナンバリングではスケベな梟のような見た目に、またあるナンバリングではちょっととぼけた顔の馬のような見た目に、そしてあるナンバリングではかっこいい九尾の狐だったりと様々な姿を持つ。


 話を戻すと、帝国が捕獲する前にオルトロスを倒せば力を持つことはなく、世界が崩壊することもない。世界崩壊前にオルトロスを倒すと見ることができるエンディングもあるため、ゲームのストーリー改変ではない。


 ただ、今のアーミャでは確実に倒せないから少しだけズルをした。


 それが、アーミャが使用したフェンリルの氷像。こいつもまた、帝国の被害者…いや被害獣だ。遥か昔の話、フェンリルを信仰していた人々に対して帝国が嘘の情報を広めた。そしてフェンリルという存在を恐れさせた。フェンリルを捕獲し、帝国の戦力にするために。


 だが、フェンリルが予想よりも強大な力を持っていたため、帝国には扱いきれなかった。そのためフェンリルは拘束され封印された。フェンリルの氷像があった空中氷河は、そんなフェンリルの悲しみからできたとされている。


 そんな所になぜ大量のお金やエリクサーがあったのかは疑問だが、きっと「ゲームだから」で説明がつくだろう。


 ラスボスを倒すために力を貸してくれる存在なのだが、力を認められないと召喚獣として呼び出すことができない。いくら覚醒イベントを終えたアーミャでも、レベル差がありすぎて絶対に認めてはくれない。


 そのため、アーミャが勝手にアイテムを使ったり捨てるバグに賭けてみた。


 オルトロスのいる場所に行くために、この前使ったスピードリングの壁抜けを使った。このバグは歩数がカウントされないため敵のエンカウントを無視することができる。


 そして、フェンリルの氷像が火山に置かれた。


 フェンリルの氷像は、火山に置くと溶岩の熱で氷が徐々に溶けて召喚獣にするための戦いをすることができる。だが、今回の目的はこれではない。


 帝国には扱いきれなかったフェンリルと帝国が扱える力を持つオルトロス。今ならこの二匹を戦わせることができる。


 どちらが勝つか最後まで見ていたかったが、アーミャが転移の石を使ってしまったため見ることはできなかった。


 まあ、アーミャはルーナだもんな。


 ルーナは怖いものが苦手。


 壁抜けで溶岩に入る時も、歩く時も遅かった。今日は相当無理をさせて限界だったのだろう。それなら仕方がない。




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【みゃみゃみにゃにゃにゃみ】


 ゲームや小説、マンガに登場する猫獣人のキャラクターが話すときによく使われる語尾。


 みゃみゃみゃみゃ書きすぎて頭の中がぐみゃみゃるみゃ崩壊しています。ゲームなどのシナリオライターさんはすごい。クリスマスにチラシを配っていた女の子は小さいものが好きそうだ。

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