第24話 三澄家の事情

 三澄透は夕飯を食べながら次の計画を立てていた。


 アーミャのレベルでは高レベルモンスターのいる場所には行けない。でも、せっかくバグが発生しやすい環境なのだ。バグで行ってみたい場所は数多くある。


 あれもしてみたい、これもいいなと考えていると、母さんに声をかけられた。


「あんたもそろそろいい年でしょ? 結婚とかどう?」


「いや、俺はまだ結婚とか興味ないから」


「そんなこと言ってどうせ彼女もいないんでしょ。一回お見合いしてみない?」


 ぐうの音も出ない。母さんはこうやってお見合いを勧めてくる。しかも親戚の紹介という、お見合いを受けたら断りにくい条件で。俺も今年でアラフォーだ。いい年なのは事実で彼女がいないのも事実。


「一ノ瀬さんのとこの女の子いたでしょ。あの子、高校で気になる男の子見つけたらしいわよ。あんたは高校で浮ついた話なんて聞かなかったわよねえ」


 確か最後に会ったのは小学生頃だったか。あの頃は背が俺の半分くらいだったのにもう高校生になったのか。時が経つのは早いもんだなあ。


 まあ、そんなことを言われても結婚に興味がないのだから仕方がない。お見合いで気難しい人と結婚なんてしようものなら俺のお気楽ゲームライフが崩壊してしまう。


 結婚するとしたらゲームを一緒に遊ぶ…までは行かないでも、俺のゲームという趣味を否定しない人と結婚したい。


 俺が結婚できないのは我が家の事情もあったりする。三澄家はその昔、富豪だった家系の分家として生まれた。


 今は金銭的にはそこまで裕福ではないが、親戚達との繋がりはまだ残っている。定期的に行われる飲み会やらパーティーやらの親戚との付き合いでストレスがかなり溜まる。


 こんな我が家の事情もあり、結婚すると場合によっては相手を不幸にさせてしまう。学生時代に彼女が欲しいと思ったりもしたが、このこともあり躊躇していた。その結果、気がつけばアラフォーだ。


 少し頭の中がモヤモヤしてきた。


 こんな環境で高校時代に彼女なんて作れるかよ!


「ごちそうさま。その話はまた今度で」


「あっ、待ちなさい透!」


 結論:結婚しなくても楽しく生きられる。


 俺は母さんの制止を振り切り自分の部屋に逃げた。


 部屋に入ると愛猫達がベッドで寛いでいた。それはもう幸せそうな顔で毛づくろいや伸びをしている。


 一応、リビングには猫用のモフモフしたハウスやキャットタワーをそれぞれ用意している。最近使っている姿を見ていないため無用の長物になっているが、小猫の頃はよく入っていてかわいかった。


 キャットタワー、結構高かったんだけどなあ。


 キャットタワーはひとつでレトロゲーム機が何台も買える値段だったりする。今では歴代の猫用おもちゃ達がキャットタワーに鎮座している。猫用ハウスなんて今はもうエビの蹴りぐるみ用ハウスだ。


 ルカとテトがのんびりしている姿を見ていると、モヤモヤしていた気分が晴れてくる。


 猫は見ているだけで癒されるから不思議な生き物だ。


「テト…は、男の子だからダメか」


「にゃ?」


「ルカが彼女になってくれるなら気楽でいいんだけどなあ。あはは、はあ…」


「みゃ?」


 俺の気も知らないでルカとテトはワシャワシャと撫でてもベッドから降りなかった。


 猫は撫でると更に癒されるから不思議だ。


 ●


 俺は答えを裏付けるために迷いの森にアーミャを移動させた。


 迷いの森とはピクシーの悪戯でマップの移動先がランダムで変わるダンジョン。町でヒントを集めて、とあるアイテムを使えば攻略することができるのだが、アイテムを使わないと一生迷うことになる。


 ただ、それとは別にここにはちょっとしたバグがある。無駄な移動が多いためRTAでは使えないが、マップ移動を数回、事前に購入しておいたアイテムを無駄に使用する。こうすることでバタフライ効果が発生する。


 簡単に言えばことわざの「風が吹けば桶屋が儲かる」みたいなものだ。


 小さなことが重なれば大きな変化に繋がる。


「やっぱり、か…」


 移動を繰り返しているとアーミャがLLVIのラストダンジョン、月の聖域・兎の里に移動した。


 月の聖域は空の上にある雲海ダンジョン。


 本来はラストダンジョンという肩書きの名に相応しい禍々しい雲海。


 雷エフェクトと点滅する画面効果がある暗いマップだ。ラストダンジョンだからもちろん雑魚敵も相当強い。ストーリーが進み、世界崩壊が起きた後に来ると禍々しいマップになっている。


 ただ、ここは世界崩壊前に来るとただの綺麗な雲海。兎の里という言葉通り、世界崩壊前はレアキャラ「雲ウサギ」が住んでいたという設定がある。残念ながら、この設定はフレーバーテキストのため、このマップで出会うことはない。


 世界崩壊前に月の聖域・兎の里に来ることはないから、この綺麗な雲海は意味のないマップ。当時の開発スタッフが遊び心で実装したのだろう。


 ここに来ることができるのはTASくらい。その頃にTASなんて存在しなかったから、プレイヤーが来ることは想定外だったはず。


 そんな、TASでしか来ることのできないマップに簡単にたどり着けた。


「やっぱりアーミャがバグっているのか…バグのエリクサーまで持ってたし」


 バグのエリクサーとは、俺がいつかのRTAで使った増殖エリクサー。表示は0個で使用しても減ることがない。減ることはないがエリクサーの効果は得られる。


 増殖エリクサーを作るには複数のセーブデータが必要なのだが、アーミャのことだからどこかでバグって知らない間に作られたのだろう。


 それにしても、この光景は新鮮だ。


 動画で見たことはあるが、実機で世界崩壊前の綺麗な状態の雲海ダンジョンを見たことがない。テレビ画面に広がるのは2Dのドット絵だが、だからこそ想像を巡らせることができる。


 思わず操作する手を止めて一面に広がる雲海を想像した。


 感動して言葉も出ない。動画で見るのと実機で見るのでは達成感が違う。それと同時に「こんな風景を壊した帝国は滅びろ!」とも強く感じた。


 アーミャも感動しているようで月の雲海に着いてから一歩も動いていない。しばらく一緒に眺めているとアーミャがふらふらと歩き出した。


「なんか、こういうのいいな…」


 かたやゲームのプレイヤー。


 かたやゲームのキャラクター。


 そんな歪な二人で雲海散歩を楽しんだ。


 ガタッ。


「…テト? そんな所でどうしたんだ~」


 何やら物音が聞こえてきた。部屋の外でテトが俺をじっと見つめている。俺が声をかけるとプイッと顔を反らしてどこかへ行ってしまった。


 いつもならベッドで寝始めるとベッドを占領しているのに。ベッドにはルカだけが呑気に伸びて寝ている。目が半分開いていて面白い顔になっている。俺は笑いながら写真を撮った。


 まあ、猫は気まぐれな生き物。


 こういう日もあるさ。


 俺はアーミャとの雲海散歩に満足すると、あるものをアーミャに回収させた。


 世界崩壊前の雲海は敵もいないし宝箱も存在しない。だが、ひとつだけ例外がある。それが「三日月のアミュレット」。ひとつしか手に入れることのできない重要アイテムなため、配置ミスがないように置いてあるのだろう。


 アイテムは自分で見つけると嬉しさが増す。


 アーミャへのヒントとして十字キーを何度も軽く押して誘導してみた。すると無事に回収してくれた。アーミャは嬉しかったのか、ちゃっかりと装備までしている。それを見て満足すると、帰る方法をそれとなく教えた。


 テレビの電源を消し、ベッドの中央を陣取るように熟睡していたルカの横で寝た。


 か、片足がベッドから落ちそうだ…


「ルカ、右に一歩動いてくれないか?」


「うみゃあ~」


 ルカの寝言のような鳴き声は、いくら想像を巡らせても何を言ったのか全くわからなかった。




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【Luna Location VI】


 LLシリーズの六番目の作品。

 作中では二十作品続いているゲームシリーズ。


 略称の「LLVI」はローマ数字の「CVI」を間違えて書いているわけではない。

 ちなみにローマ数字の「L」は50で、「C」は100。

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