三章 気ままな猫には旅をさせよ

第23話

「ここなのかみゃ?」


 見えない誰かが操作するのを止めた。


 アーミャがキョロキョロと周りを見るが周辺には何もなかった。


 木々が鬱蒼と茂った森の中。あるのは風で揺れる草くらい。遠く離れた空には氷河が浮かんでいるというのに、ここには本当に何もない。栗色の尻尾を垂れ下げる。一緒に猫耳もペタンと力なく垂れ下がった。


「なにも、ないみゃ…」


 パーティーに入っていた頃のメンバーの元に連れて行ってくれたり、ボクのためになることや面白いことが起きるかもしれないと期待していたのに。本当にここには何もない。


 その後、また操作されて森の中をグルグルと歩き回った。


 アイテムを拾ったり、意味もなくメニュー画面を開いてアイテムを使ったり。


「そろそろ散歩は飽きたのみゃ…って、みゃみゃっ!?」


 マップ切り替えが数回続き流石に飽きてきた頃、それは突然起こった。何度も通った道を通ると知らないマップに切り替わった。


 見渡す限り雲の広がる白い世界。


 そんな場所にボクはいた。遥か彼方まで広がる空、地平線まで続く雲海。肩まで伸びる栗色の髪を心地いい風が揺らす。


「うみゃあ~きれいみゃ~」


 うっとりしながら下を見て恐怖した。


「ひみゃあっ!?」


 足元には地面がなかった。あるのは白い雲だけ。雲は触れることのできないもの。空に浮かぶ水分が集まって、それが白く見えているだけ。綿菓子みたいでおいしそうだけど、普通は食べることも触れることもできない。


「おおおっ落ちるみゃああああ」


 そんなものを足場として使えるはずがない。怖いのも痛いのも大嫌い。目をギュッと閉じて、猫耳を押さえて体を丸くした。落下の衝撃に備える。地面に落ちたらただではすまない。この下が海でありますようにとひたすら祈る。


 数秒、数十秒。


 数分経っても落下しない。


「…みゃ? 落ちない、みゃ?」


 うっすら目を開けると、ボクはまだ雲の上にいた。恐る恐る足元の雲をつついてみた。


「この雲、触れるみゃ」


 歩ける雲なんて最初は怖かった。でも、この状況に不思議と慣れてきた。だってこんなに景色が綺麗なんだ、楽しまないともったいない。雲の上を駆け回る。その場でクルクルと回りパタンと雲に倒れた。


 この雲は柔らかくて気持ちいい。雪とは違って冷たくなくてフカフカなのもポイントが高い。雪はダメだ。触ると冷たいし溶けるとベチャっとする。


 まるでここは天国だ。こんな場所を知っているということはボクを操作しているのは神様なのかもしれない。


「ふみゃ~」


 しばらく雲海を散歩した。


「うみゃっ?」


 のんびり雲海を散歩していると、ツンツンと何かが背中をつついてきた。慌てて距離を取りウッドボウを構えて警戒する。再び何かにつつかれた。今度はお腹だ。後ろに跳ねてさらに距離を取る。左右を警戒してもなにもいない。


 ま、まさか今度こそゆゆゆ幽霊っ!?


 またお腹をツンツンとつつかれる。ボクは声も出せず、ビクビクとしながらつつかれている場所を確かめた。


「か、カーソルが…動いているみゃ?」


 メニュー画面を開くといつも見ることのできるそれ。キャラクター選択や装備の変更、アイテムを使用する時やアイテム売買などをする時に動かす三角形のカーソル。


 それが、ボクをつついていた。


 あまりにもシュールな光景で、黒目を丸くしてついポカンと見つめてしまう。カーソルはボクをつついてどこかに誘導しているようだ。


「…みゃっ! そっちに何かあるのみゃ?」


 全然理解できていないけど、見慣れたカーソルが誘導しているのだ。カーソルに指示されるがままに雲海を進んだ。進んでいくとそこには雲の切れ間があった。覗くとなんと遥か下には地上が見える。穴に吸い込まれそうで怖くなり、怯んで尻餅をつく。


「そういえばここ、空だったみゃ」


 怖いけど、せっかくだから少し離れた場所で座る。遥か下に広がる地面を眺めているとカーソルがもっと前に進めと言わんばかりにつついてきた。


「も、もっと…近づかないとダメなのかみゃ?」


 これ以上近づいたら穴に吸い込まれて落ちそうで怖い。


 でも、ゲームではカーソルの指示は絶対だ。


 すり足でゆっくりと近づく。ビクビクと進んでいくと雲の切れ間に引っかかるように何かが落ちていた。取ってみるとそれは三日月型のアミュレットだった。




 三日月のアミュレットを てにいれた!




「かわいいみゃ~」


 頑張ったご褒美なのかもしれない。嬉しくて首にかける。


「ええっと、カーソル…君は、ボクにこれをプレゼントしたかったのかみゃ?」


 カーソルからの返事は返ってこない。三角形の体で口はないのだ。返事が返ってこないのは当たり前である。返事は返ってこないけど、なんだか胸の奥に温まるものを感じた。


 きっとこのカーソルが今までボクを操作していた神様なんだ…


 神様、もといカーソル君が勝手にメニュー画面を開いて操作を始める。そして転移の石を選択した。所持品欄を開かなかったから、こんなアイテムを持っているなんて知らなかった。




  転移の石を つかいますか?

  ▶はい

   いいえ




 でも、カーソル君は転移の石を使わない。




  転移の石を つかいますか?

   はい

  ▶いいえ




 行ったり来たり。「はい」と「いいえ」を何度も往復する。


「後は転移の石で戻れってことかみゃ?」


 カーソル君からの返事は返ってこない。でもきっとそういうことなのだろう。ボクが「いいえ」を選択してメニュー画面を消すと、カーソル君は満足したようでどこかに消えていった。


「ありがとみゃ。もう少し見てから帰るみゃ」


 その後、ボクは雲海散歩を満喫してから転移の石を使い、地上に戻った。




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【カーソル】


 パソコンやテレビゲームなどの操作をするための図形や記号のこと。


 パソコンの場合は矢印のような白いマウスカーソル、テレビゲームの場合は白い手袋のカーソルが有名。カーソルはゲームキャラクターの行動、全ての決定権を持っている。




 キャラクターを生かすも殺すも全てはカーソルにかかっている。

 ▶いかす

  ころす



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