第21話 三澄透の変化
三澄透は「mたRb。」の出現条件の検証を数日かけて行った。
アーミャのおかしな行動を真似した。最初は金策をしたセーブデータを作るところから。それが終わったら検証開始。
宿屋で所持金10Gづつ地面に並べてみたり、手榴弾を大量に購入して洞窟ダンジョン前で全て捨ててみたり。たまに宿屋で所持金を一気に床に置いてしまったり、手榴弾を99個一気に捨ててしまうガバをした。
何度もやり直すうちにコツを掴んだが、何度やっても何も起こらなかった。
それでも「mたRb。」の出現条件の最初の発見者になれるかもしれないという夢を見て、五日目の検証を始めた。明日は仕事が休みなため今日は好きなだけ検証ができる。
「これ、ほんとダルいなぁ…」
欠伸をしながらぽちぽちと10Gづつ宿屋の地面に置いていく。本当に怠い地道な作業だ。そんなことをしていたら寝落ちするわけで。俺は気がついたら寝ていた。
「…ん?」
「ミャー」
ガリガリという物音で目が覚めると、隣に愛猫のルカがいた。俺に向かって鳴いている。寝起きで頭がぼーっとする。
人差し指を差し出すとルカが鼻先で触れた。これは猫の挨拶みたいなもの。仲のいい猫同士で鼻先をくっつける、所謂鼻チュー。ルカとテトがしているのを見ると頬が緩む。
「ルカ~どうしたんだ~?」
まだガリガリと物音がする。どうやらルカが発信源ではなかったらしい。音のする方向を見るとそこにはテトがいた。ゲーム機のコントローラーをガリガリと噛んでいる。
「…テト、それは食べ物じゃないからな〜」
「ニャー」
お腹でも空いているのかと思い、ルカとテトにみゃ~るをあげた。時計を見るとおやつの時間には少し早い。でもまあ、かわいいからよし。愛猫達はみゃ~るを食べ終わると満足したのか俺の布団で仲良く丸くなった。
「まったく。お前たちは自由気ままだなぁ…」
あっ。
そういえば検証に集中していてここ最近アーミャがどうなっているか見ていなかった。アーミャが自由気ままに動き回っているゲーム機の映像をテレビ画面に映す。
アーミャは冒険者ギルドにいた。でも、いつもと様子が違う。全く動いていないのだ。いつも忙しなく動いていて、立ち止まると死にそうなアーミャが動いていない。歩行モーションもしないで椅子に座っている。気になってメニュー画面を開くと、その原因がわかった。
名前:アーミャ
HP:0
状態:のろい
「HP0じゃねえか!」
アイテム欄を見るとポーションがあった。蘇生アイテムがないかポチポチとしていると、操作をガバってポーションを使ってしまった。結構動揺しているのかもしれない。手元を見ると指が少し震えていた。
LLVIではパーティーメンバー全員がHP0、つまりは戦闘不能になるとゲームオーバーになりタイトル画面に戻される。今、アーミャのパーティーはアーミャひとりしかいない。普通はゲームオーバーになるはずの状況だ。だが、俺は動揺しすぎてそのことに気づかなかった。
「ええっと、えっと。そうだそうだよ無いならアイテム屋で買えばいいか」
万能薬 50G
ポーション 100G
▶蘇生薬 300G
毒消し 50G
・
・
・
所持金 450G
キャンセル
アイテムの購入画面が普通はありえない状況になっていた。所持金と万能薬の位置が入れ替わっている。だが、俺は動揺しすぎてまたしても気づかなかった。
アイテム屋で蘇生薬を購入してすぐに使う。すると蘇生したことでHP1の状態になった。引き続きポーションを購入してアーミャへ使う。が、回復ができなかった。その原因はすぐに見つかった。またしても俺のガバ、今度は操作ではなく視界ガバだった。
名前:アーミャ
HP:1
状態:のろい
「のろい状態だったのかよ…」
のろい状態とは、解除するまで回復が出来なくなる状態異常。戦闘不能になっても残っていて、蘇生は可能だが万能薬では解除することができない。
のろい解除用のアイテムも存在するが、こんな序盤のマップでのろい状態になることがないためアイテム屋では売っていない。
一応、エリクサーでも解除することができるのだが…
「エリクサーは買えないもんなあ」
エリクサーは簡単に言えば状態異常がすべて治ってHPも全回復する優秀なアイテム。しかし、優秀なアイテムだからこそ店では販売していない。通常プレイではダンジョンの宝箱などで数個しか入手できない貴重なもの。
「…あっ。ちょうどここってあれができたっけ。ダメ元でやってみるか」
祈るような気持ちでアーミャを動かす。ゲームキャラクターはHPが少なくても、どれだけ状態異常がついていても歩かせることができる。
マップのとある場所に配置されている木箱を、十字キーを押しながら壊す。
この木箱を壊すと少し進んだ所にある宝箱が開けられるのだが、実はこれは罠だったりする。物を壊すとストーリーで必ず発生する裁判で有罪判決になってしまう。宝箱をチラ見せしているため、ゲーマーならついつい木箱を壊して開けてしまう。実にいやらしい。
他人の物を壊してはいけないということを、ゲームを遊んでいる子供達に伝えたかったのだろう。
まあ、主人公は他人の家に平気で入って宝箱を開けるという、現実でやると確実に捕まる行為を行うのだが。これについてはマップを作ったからには使いたいという開発の裏事情があったりするのかもしれない。
「よし、挑戦権獲得っ!」
木箱を壊した後、その場でキャラが歩行状態になれば挑戦権を得られる。フレーム単位の操作が必須で、TASでもないと再現が難しいのだが、俺…というかアーミャは難なく成功させた。
このことで俺の中でひとつの仮説がたった。
既にバグっているゲーム機だからバグが成功しやすいのかもしれない。
挑戦権を得ても、この後が大変だったりする。十字キーを押しっぱなしにした状態で秒数をカウントする。TASではフレーム単位でカウントするが、人間にそれをすることはできない。なので、だいたい五十六秒。それをひたすらカウントする。
そして、その秒数になったら…
十字キーから指を離す。
すると…
「できるもんだな」
アーミャが高速でマップ移動を始めた。なぜ高速移動をするのかと言うと、歩行状態の時には隣の座標に移動する処理が行われる。物を壊した後に十字キーを押したままだと、キャラが動かない状態でこれが行われる。
つまり、移動距離が保存される。
十字キーを離すと貯まっていた移動処理が実行されるわけだ。この時、壁などの判定は無視される。ちょうど今回の木箱でだいたい五十六秒くらい待つと目的の場所へたどり着ける。
俺は一発成功を夢見て、画面内で高速移動するアーミャを見ながらひたすら祈った。
「よしっ!」
嬉しさのあまりガッツポーズをした。
俺の祈祷力が足りて、見事に目的のダンジョンに止まった。バグの発生はこのゲーム機のお陰かもしれないが、このダンジョンに止まったのは流石に俺のお陰だろう。
アーミャがたどり着いたのはダンジョンのひとつ、空中氷河。
空中氷河は飛空挺がないとたどり着けないマップなのだが、イベントムービーのために地上と同じマップにある。そのため、高速移動バグでダンジョンの入口前の足場にちょうど止まれたら入ることができる。
「ザックザクだな~」
ダンジョンに突入すると道中のアイテムを回収していく。
空中氷河はゲームクリア直前に来ることができるようになる隠しダンジョン。まあ、マップ探索していれば簡単に見つかるため全然隠されていないが。入れるのがクリア直前ということもあり、お金が大量に配置されていて今回の目的のエリクサーもある。
今のアーミャにとってありがたいことに敵は一匹もいない。一応いるにはいるのだが、プレイヤーのキャラには現段階では攻撃してこない。
「お、エリクサー発見。忘れないうちに使っておくか」
アーミャは のろいが なおった!
アイテムが配置されているだけの一本道マップなため、すぐに終着点にやってきた。目の前には巨大なフェンリルの氷像。せっかくなので記念に回収しておく。
「これ、どうやって運んでるんだろうなあ」
俺は毎回不思議に思っていることを呟く。プレイヤーが画面越しに見ると決定ボタンを押すだけで回収して運ぶことができる。だが、氷像の大きさはキャラクターの五倍以上ある。そんなものを数人の冒険者パーティーで運ぶことは不可能だ。
そもそもアーミャはソロ。
一人で運ぶことは不可能だろう。
ゲームだからとはいえ、俺の中ではアーミャの謎行動以上に謎だったりする。その後、飛空艇消失などで進行不能になった時の救済措置として宝箱に入っていた転移の石を使い、アーミャが最後に泊まった宿屋に移動した。そして、宿屋に泊めて一息ついた。
「そういえばエリクサーって、いつかの俺のガバを思い出すな…」
エリクサーを使えばのろい状態も治りHPも全回復するため宿屋に泊まる必要はない。所持金の無駄使いでしかない。でも、自由気ままにゲーム内を動き回るアーミャに少しだけ愛着が湧いてきた俺は、ついつい泊めてしまった。
まるで本物の猫のような、アーミャというドット絵のキャラクター。
ただのバカなAIだが、どこか放っておけない。
アーミャを宿屋のベッドに移動させると、時計の針が深夜三時を過ぎていた。俺はゲーム内のアーミャと同じように布団に潜るとテレビ画面を消して目を閉じた。
「おやすみ、アーミャ」
そういえば、どうしてアーミャはゲームの開始地点のトサイ町の宿屋に戻ったんだ?
長いことダラの町に居たはずなのに宿屋に泊まっていなかったのか?
寝るまで考えたが、皆目見当がつかなかった。
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気ままミャtips
【エリクサー】
テレビゲームによく登場する万能アイテム。
HPやMPを全回復したり、蘇生することや状態異常を全て解除することもできたり、ひとつだけでPTメンバー全員が回復したりと、効果範囲はゲームによって様々。
万能アイテムなため、ラストエリクサー症候群を発症する人が後を絶たない。横文字で少しかっこいいが、俗に言うもったいない病である。我々のエリクサーを先に使われる…いやらしい。
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