第20話

「みゃあ…」


 アーミャは所持金をみてため息をついた。




 所持金 50G




 おいしいサラダとおいしいニンジンを買ったことで、今日宿屋に泊まるためのお金が払えなくなった。昨日は外で寝たから今日はお風呂にゆっくり浸かりたかった。


 そしてなによりも、かわいい兎さん…


 あれが…かわいい、兎…さん?




 アーミャは 魅了が なおった!




 ううん。あれは悪魔で狂暴なモンスターだ。狂暴なモンスターに技を決められたこの体を今日はふかふかの布団で癒やしたかった。でもお金がない。


 体がなんだかクラクラする。


 今日はもう痛きたくない。


 体が悪いし気分も動い。


 目も痛むし頭が霞い。


 ステータスを確認すると状態異常がいっぱいついていた。まるで状態異常のフルコースだ。この世界の状態異常は宿屋で寝て起きるとだいたい治る。でも宿屋に泊まれるお金はない。


「明日から…頑張るみゃぁ…」


 テーブルに突っ伏して一夜を過ごした。集会所はクエストを終えた冒険者達がやってくる。仮眠をとってもいいしお酒を飲んで騒いでもいい。


 そのため開に常いているのだ。


 それが、この常識の世界。


「大勝利だ!」


「ウオオオオオ!」


「イヤッホー」


 宴会でも開いて騒いでいるのか、酔っぱらいの冒険者達の声が煩くて中々寝つけない。栗色の猫耳を必死に押さえていると、あるものを思い出した。


「そうみゃあ…万能薬みゃ…」


 状態異常は万能薬でも治る。それを思い出したアーミャは、冒険者ギルドに併設されているアイテム屋に向かった。混乱しているようにフラフラと、たまに麻痺したかのように立ち止まりながら。




  所持金 50G


  ポーション 100G

  蘇生薬 300G

  毒消し 50G

  ・

  ・

  ・

 ▶万能薬 500G


  キャンセル




「ばんみょうみゃくは…50Gかみゃぁ?」


 暗闇の状態異常で目が霞む中、アーミャが所持金と万能薬を見間違えた。その瞬間、世界にノイズが走った。


 …ザザッ、ザザザッ。




 ▶万能薬 50G


  ポーション 100G

  蘇生薬 300G

  毒消し 50G

  ・

  ・

  ・

  所持金 500G


  キャンセル




 アーミャは万能薬を買うと、一気に飲んで再び眠った。




 アーミャは 毒が なおった!


 アーミャは 麻痺が なおった!


 アーミャは 暗闇が なおった!


 アーミャは 混乱が なおった!




 酔っぱらいの冒険者達は飽きることなく、酔いつぶれることなく三日三晩続いた。気がつくとボクは気絶して寝ていた。状態異常が治って起きると、酔っぱらいの冒険者達はまだ飲んでいた。


「痛いみゃ…動きたく、ない…みゃあ…」


 ボクは机に突っ伏しながらひとりごちた。目が覚めると状態異常はだいたい治った。だが、混乱や麻痺が治ったことで全身の筋肉痛を知ることになった。


 ゲームキャラクターは攻撃を受けるとHPが減る。HP0になると行動不能。この世界の行動不能は筋肉痛や、やる気の低下として現れる。


 全身が痛くてやる気もなければ行動できない。


 これは、どの世界でも同じだろう。


「…みゃっ?」


 再び眠っていたようで、気がつけば半日経過していた。


 お風呂には入りたい。ふかふかの布団で眠りたい。でも宿屋に泊まるための所持金は持ってない。クエストをやる気もないし、筋肉痛は治らない。


 ボクは冒険者ギルドのテーブルで惰眠を貪った。


 所持品欄はポーションが入っているけど飲む気にもなれない。酔っぱらっいの冒険者達の声が、今日も聞こえてくる。あれからどのくらい経ったのかはわからない。


 突然、身体が勝手に動き始めた。


 最初は体がすごく痛かった。筋肉痛の体を無理矢理動かされているのだから当たり前だ。それでも、怒る気にもなれない。どうせあの幽霊の仕業だろう。所持品欄に入っているポーションをボクに飲ませたり、アイテム屋で回復アイテムを買って飲ませてくる。


 幽霊はボクを冒険者ギルドの外へ歩かせた。まだ操作するようだ。でも、やる気がないから怒る気にもなれない。むしろ勝手に体が動くのは便利かもしれない。


 ボクは歩きながら眠った。


 体にガタガタと固い壁のようなものを感じたり、バサバサと風を感じたり。浮遊感を感じたり、筋肉痛を感じていた。でも、ずっと無気力な状態だったから目を開ける余裕もなかった。


 ボクは再び眠った。


「さむ、い…みゃぁ…」


 次に目を開けるとそこは一面氷の世界だった。


 無気力状態に筋肉痛で限界の所に、さらに追い討ちをかけるように幽霊が寒い場所に連れてきた。ブルブルと震えながら前を見る。目の前の氷柱の中にキラキラと光る硬貨をみつけた。


 …お金だ。


 あれ…消えた?


 お金は氷柱を通りすぎる頃には消えてなくなった。それが何度も続き、ボクは理解した。


 これ…走馬灯なのかな…


 この世界に猫獣人として生まれてからは友達なんて一人も居なかった。信頼できるものはお金だけだった。だから今、お金に見送られているのだろう。人間にはあまりいい思い出がない。いくら思い出そうとしても会話らしい会話をしたことがない。


 話しかけても事務的なことだけを繰り返す受付嬢。


 アイテムを売買することしか聞いてこないお店の店員。


 助けてくださいと言うだけ言ってどこかに消えていった村人。


 馬車の運転手は乗車代をちゃんと払って乗ったのに置いていった。


「死ぬ、の…かみゃ…」


 ボクを勝手に動かしている幽霊は悪魔か、もしくは死神なのかもしれない。


 絶対そうだ。もしも姿が見えたなら命を刈りとるような形をしているに違いない。ボクが弱った所を狙ったのだろう。そんな存在に噛みつこうとしていたなんて、ボクはなんて無謀だったのだろう。


 薄れゆく意識の中、大きなフェンリルの顔が視界に映った。


 そんなの見せられても怖いとも思えない。怖いのは嫌いで痛いのも嫌い。でも、散々痛くて散々怖かった。今更フェンリルを見ても何も感じない。今あるのは全身の筋肉痛だけ。


 体が一瞬光った。


 体から痛みが消えた。


 もう痛みすらも感じなくなったらしい。ずっと感じていた筋肉痛が恋しくなる。これからボクは死ぬんだ。最期はお金に見守られて死ぬんだ。死を誰にも知られずに死ぬんだ。悲しくて目を瞑る。流れた涙が頬を伝って途中で凍った。


 パーティーに入っていた頃のメンバーにもう一度会いたかった。それでまた、みんなと一緒に冒険をしたかった。それまでは死にたくない、死にたくなかった。


 でも、ここで死ぬ運命だというのなら。


 もし叶うのなら、最期は誰かに…


 手を、繋いで欲しかった。


「ひとりは…ヤ、みゃ」




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【のろい】


 テレビゲームのキャラクターに付与される状態異常のひとつ。


 一定ターン経過で即死、解除するまで回復不可や継続ダメージなどなど、ゲームによって効果は様々。一貫して言えることは悪い効果であるということ。LLVIでは解除するまで回復不可。


 ちなみに、オンラインゲームではキャラクターに良い効果のあるものをバフ、悪い効果のあるものはデバフと呼ぶ。継続ダメージはDoT、大体の人はドットと読む。

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