第18話 三澄透の援護

「危っ…ぶねえっ!」


 三澄透はコントローラーを握っていた手を緩めると安堵した。


 昨日は寝落ちしていてテレビの電源をつけっぱなしにしていた。目が覚めると同時に、運悪くアレが「へんしん」を使っている所だった。なにを言っているのかわからないかもしれないが、とにかく非常事態だった。


「なんでアレが出てくるんだよ」


 アレとは、今なおテレビ画面に映っているモンスター。普通にこのゲームを遊んでいると絶対にお目にかかれない謎の文字化けモンスター「MたRb。」である。このモンスターは専用のグラフィックがあるのにも関わらず、LLVIのマップ上のどこにも出現しない。


 そんなモンスターをなぜ俺が知っているのかというと、TAS動画を作っている人が変なモンスターを見つけたという情報をネットで知り、何度かその動画を見たことがあるからだ。


 それも、このモンスターはLLVIの発売後二十年以上経って初めて発見された。


 TASというのは簡単に言えば自動操作ツール。そのツールを上手く使えば人間ではありえないスーパープレイが出来たりする。一応人間にも再現は可能らしいが、まあほぼ不可能だ。


 動画では「MたRb。」の行動は、最初は「なにもしない」。技名とかではなく、本当になにもしてこない。プレイヤーの攻撃が終わっても敵のターンにはならずにプレイヤーのターンになる。


 ターンがある程度経過すると「へんしん」を使う。そして、「へんしん」が終わると「MたRb。」は豹変する。


 途端に狂暴になり、プレイヤーを…


 画面に映るキャラクター達を…


 一方的に蹂躙してくる。


 使ってくるのだ、プロレス技を。多種多様な技を連続で。状態異常という名の大量の爪痕まで残す。その姿はまるで血に飢えた獣だった。


 最初に発見したのがTASだったこともあり、その後様々な検証がされた。その結果、通常プレイでは絶対に出てくることがないこと。このモンスターの攻略法は詠唱キャンセル技で「へんしん」を使わせない。もしくは「へんしん」を使う前に倒すことだけ。


 諸説あるが、Mはマッド、メイデンなどの意味ではないかと推察されている。LLVIがドット絵の2Dゲームだからいいものの、もしもこれが3Dゲームだったなら、まさにアイアンメイデンに入れられて身動きひとつ出来ないような、狂おしいほどの絶望を味わったことだろう。


 そして今、アーミャのレベルが低かったこともあり、三十以上分格闘した末、ついに「MたRb。」に勝った。


「アーミャが猫だまし覚えていてよかった」


 猫だましは猫獣人がレベル6で覚えるスキル。攻撃力は弱いが敵の詠唱をキャンセルできる。きっと運よく道中でレベルが1上がっていたのだろう。


「なぜか魅了もかけられてたし、そんな技使ってきてたか?」


 魅了は確率で敵に攻撃できなくなる状態異常。今回は運良く魅了の効果が発動しなかった。アーミャは運がいいんだか悪いんだかよくわからない。だが、俺には一つだけわかっていることがある。


「ち、遅刻確定だ…」


 朝からゲームを長時間していれば、仕事に遅刻するのは当たり前だった。


 ●


「さて、と」


 仕事から帰ってきた俺は、遅刻して落ち込んだ気分をゲームで晴らすことにした。


 ゲームで失敗したことはゲームで晴らす!


 今日は面白い検証もある。「MたRb。」の出現条件の検証だ。少なくともアーミャはTASのようなフラグ管理も、フレーム単位での乱数調整もしていない。なぜならたまに俺も介入しているから。あと、そんなに賢いAIではない。むしろバカだ。


 それなら、今までアーミャがしてきたなにかしらの行動で「MたRb。」が出現したことになる。つまり条件さえわかれば俺の操作でも再現可能かもしれないということ。


 謎のモンスター「MたRb。」の通常プレイでの出現条件の最初の発見者になれるかもしれないと思ったら試さずにはいられない。


「始めますか!」


 アーミャの動き回っているゲーム機の横に別のゲーム機を置くと、新しく購入した中古のLLVIのソフトで検証をはじめた。




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【TAS】


 ツールアシストスーパープレイの略。


 自動操作ツールを使い、ゲームをフレーム単位で正確に操作、乱数調整をして人間ではほぼ不可能な高速クリアやスーパープレイ、バグを呼び出すことができる。


 フレーム単位の正確な操作が常にできれば、人間の手動操作でも再現可能らしい。

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