第15話 三澄透の驚愕
三澄透はルカとテトを撫でていた。遊び疲れてゴロンとお腹を出してきたのだ。撫でないと猫に失礼というもの。両手に花…ではなく、両手を猫の腹に置いてひたすら撫でる。
「うりうり~。ここがいいのか?」
「ウニャ~」
「フミャァ~」
テレビ画面を見ると、アーミャがダンジョン前でなにやらもたもたしていた。そして、洞窟に入ってもいないのに戦闘が始まった。敵は雑魚の鳥のモンスター。「バカなんて知るか!」と嘲笑うかのように見守っているとアーミャがとんでもない行動にでた。
なんと、敵に手榴弾を使ったのだ。
「こいつ、アイテムなんて使えたのか…」
俺の使った壁抜けバグを使ってダンジョンに戻っていた。もしかしてこのAIはバグを使えるのかもしれない。ルカとテトのお腹を撫でる手を止めて手に汗握り、この戦闘の行方を見守る。
アーミャの こうげき! 1ダメージ!
「…使えるわけないか」
「ニャー!」
「ミャー!!」
画面に表示された文字を見てため息を吐く。ルカとテトに催促されるがまま、再び二匹のお腹を撫でる仕事に戻った。
この手榴弾のバグはLLVIでRTAをしている人間なら必ず知っているかなり有名なもの。
簡単に手榴弾を説明すると、はじまりの町でも買える射撃属性の範囲攻撃アイテム。ダメージ計算はアイテムを使用したキャラクターのものではなく、前回に射撃攻撃をしたキャラクターの射撃力の値で計算される。つまり、手榴弾を使うキャラクターの射撃力がどんなに弱くても、前回に射撃攻撃したキャラクターの射撃力でダメージが出るのだ。
そして、このダメージ計算を応用したのが電源手榴弾というバグ技。
ゲーム機には射撃攻撃などの値を一時的に保存するためのメモリが内蔵されている。本体ごとに初期値が決まっていて、その数値はゲーム機ごとにばらつきがある。電源を入れた直後のメモリはこの初期値になる。
もしもメモリの初期値が高いものを使い、電源を入れてから射撃攻撃を一度も使わずに手榴弾を使うとどうなるのか?
その答えは…
メモリの初期値を参照してダメージが出る。
メモリの初期値が高ければ高いほどダメージが出て、最大の数値だとLLVIの戦闘では絶対に出ないようなえげつないダメージが叩き出せる。ただし敵の攻撃でも上書きされる。1ターンで敵を倒せなかった場合、敵の射撃力で上書きされてしまう。
一回セーブしてから電源プラグを抜いて電源を入れ直せば元に戻るが、バグありRTAの場合、その頃には戦闘で勝つ必要がなくなるため、このバグ技は不要になる。
つまり、LLVIのバグありRTAを走るには、メモリの初期値が良い数値のゲーム機を手に入れる本体ガチャ。つまりは厳選から始まるのだ。
ちなみに、俺が弟だと思って大事にしていたゲーム機はかなりいい初期値だったため、今までは本体ガチャで爆死することはなかった。だが、壊れた後に使っている予備のゲーム機はそこまでいい数値とは言えない。次にRTAを走る前には良乱数のゲーム機が手に入るまで買い漁らないといけない。
この手榴弾のバグ技は開発の遊び心や設定ミスなど、様々な噂があるが公式からの情報発信はなく、真相は闇の中だったりする。
そんなことを考えていると、いつのまにか戦闘が終わっていた。アーミャは無傷。ここのモンスターはレベル5で無傷でなんて到底倒せない。きっと逃げたのだろう。
様子を見守っていると、突然アーミャが洞窟前で手榴弾を捨て始めた。それはもう、いつかの宿屋での所持金並べのように1個づつ丁寧に捨てている。
このバカ、ついに壊れたか?
所持品には山のように手榴弾が何個もスタックされている。
「これ、俺のポンコツパソコンのRTA動画の変換よりも時間かかるんじゃないか?」
呆れてものも言えず苦笑いを浮かべ、テレビの電源を消して飯を食べにキッチンへ向かった。
●
飯を食べた後、買い出しや愛猫達におやつをあげたりした。夕飯を食べて風呂にも入り、ゆっくりと部屋に戻った。テレビの電源をつけると、やっとアーミャが手榴弾の最後のひとつを捨てるところだった。
頭をタオルで拭きながら見ていると…
「…まじかよ」
洞窟ダンジョンが、消えた。
そこに洞窟ダンジョンなど最初からなかったかのように入口とダンジョンのオブジェクトが消えたのだ。新しく荒野のようなドット絵がマップ上に描かれている。
洞窟ダンジョンの前で手榴弾を捨てたらダンジョンが消えるなんて…
俺は微塵も想像していなかった。
思わずタオルを落とした。たまたま通りかかったテトがそれを見つけて、すかさずふみふみを始めた。寝床を作り終えたのか、くるくるとその場で回って丸くなった。
まだ拭いてる途中なんだが…
というかテト、濡れててもいいのか。
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気ままミャtips
【良乱数のゲーム機】
ゲーム機に内蔵されているメモリの初期値が、RTAを走る上で良い数値のゲーム機のこと。
メモリを使うバグ技のために寒冷地に移住したり、ゲーム機を冷蔵庫で冷ます人もいる…らしい。
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