第12話 三澄透の指示

 三澄透は休日の早朝からアーミャの冒険を確認した。


「あれ? もう馬車に乗ってるのか? たしかこいつって…」


 メニュー画面を開いてステータス一覧を選択する。アーミャのレベルを確認するとレベル5だった。


 普通にプレイするのなら、ゲームの開始地点であるトサイ町からダラの町にに行くためには最低でもレベル10は必要だ。それも、4人パーティーでの最低条件で、ソロならもっとレベルを上げておく必要がある。


 なぜ必要かと言うと、道中にダンジョンチュートリアルの洞窟ダンジョンがあるから。普通に遊べばレベルなんてあっという間に上がる。こんなレベルで来ることは通常プレイでは絶対にない。ソロ縛りで遊ぶのならレベル15は必要だ。


 そんな、パーティーでの攻略の推奨レベルにも、ソロ縛りの最低条件にも到達していないアーミャには無謀な挑戦。


「うわっ。洞窟ダンジョン入っていった」


 ゲーム内で自由気ままに動いているドット絵の茶髪の猫獣人キャラ、アーミャがついに洞窟ダンジョンに入っていった。


「入ってすぐに松明使うのかよ。こいつほんとガバガバAIだな」


 松明は暗いところを明るく照らすアイテム。そして、ダンジョン内のモンスター避けの効果、エンカウント率低下の効果もある。洞窟ダンジョンクリア後に向かうダラの町に着けばいつでも町で買えるようになる。


 ただし、このダンジョンで使える松明は洞窟に入る前に貰える一本だけ。


 レベルが低いのならダンジョンの入口ですぐに使うなんてもったいない。なぜなら洞窟内のマップを二枚移動するまではモンスターがエンカウントしないから。ゲームのAIなら知っていてもおかしくないはずだ。


 ガバAIとしか言わざるを得ない。


 というか、バカAIか?


 アーミャはダンジョン内を六歩も歩かない内にそそくさとダンジョンを出てしまった。何がしたかったのか首を傾げていると、あることを思い出した。


「そういえばここって…」


 洞窟から出てきてなぜか動かなくなったアーミャを操作することにした。本当は自由気ままに動いているアーミャを見ていると面白いから、あまり操作をしたくない。だが、流石にレベル5でここのボスに勝つことはできない。


「なんか操作が重いな…」


 それに、ここはボスを倒さなくてもいい。


「確か…あったあった!」


 アーミャに柵のオブジェクトの横をしばらく歩かせた。そして引っかかる場所を見つけたら十字キーを押したままメニュー画面を開く。


 そしてメニュー画面をすぐに閉じると…


「よし、できた! これ、ひさしぶりに使うなあ」


 アーミャが柵にめり込んだ。


 ゲームの判定は、本来重なるべきではないオブジェクト同士が重なっているとおかしくなる。この場所には柵のオブジェクトの上に、本来配置されるはずのない石ころのオブジェクトが乗っている所がある。


 オブジェクト配置がおかしい所では、キャラを動かしたままメニュー画面を開くとだいたいバグる。


 キャラが通れる石ころと、通り越せない柵。本来は柵の通れない判定が優先される。今回はこの二つのオブジェクトの判定が干渉して、メニュー画面を消した瞬間に石ころの判定が優先されてキャラが一瞬めり込む。


 めり込んでしまえば後は簡単だ。


 壁を抜けて、村人が邪魔をして通れなかったはずの柵を越えた。ここから歩けば次の町、ダラの町に行くことができる。


 これはバグありRTAでも普通のRTAでも、さらに言えば通常プレイでも絶対に通らない壁抜けバグの道。なぜかと言えば、ダンジョンのボスを倒したほうがタイムの短縮になるから。


 徒歩だと三つほどマップ移動が必要。だが、ボスを倒すと再び馬車に乗れる。馬車は徒歩移動するマップを三枚全てスキップ可能、ロードが終わるといきなりダラの町だ。ダンジョン攻略込みで約三秒の短縮になる。


 たかが三秒、されど三秒。


 通常プレイなら三秒なんてそこまで気にしなくてもいいが、RTAを走る上ではかなり大切だ。ここは運要素がないため、相当なガバでもなければ安定して短縮できる。だから、ここは素早くボスを倒す手段を事前に準備する必要がある。


 そして、もしも通常プレイでこの壁抜けバグを使おうものなら、道中のストーリーを見ないでスキップするようなものだ。ストーリーをスキップするなんて本末転倒だろう。だからこれはソロパーティー縛り、それか最小戦闘回数縛りでもしない限り使わないバグ。


 進める道がダラの町への道しかなければそのまま進むだろう。そう思い、アーミャを見守ることにした。すると、なぜか村人に話しかけて、更には村人の塞いでいる道から馬車に戻ろうとしている。


「こいつ、こんなにガバいAIだったのか…」


 俺は再びコントローラーを握ると、アーミャをダラの町に歩かせた。今回は操作が重いこともなく、すんなりとアーミャが動いてくれた。一マップ進ませた所で廊下からドタドタと走る音が聞こえてきた。


「ウニャー!」


「ミャー!」


 俺がゲーム…というかアーミャの操作に熱中していると愛猫達、ルカとテトが俺の部屋に入ってきてじゃれてきた。その衝撃でコントローラーが俺の手から離れた。


「そういえば、今度の休みにいっぱい遊んでやるって言ってたっけ」


 ここまで歩けば馬車よりも次の街のほうが近い。引き返すことはないだろう。そう考えてルカとテトと遊ぶことにした。二匹と遊びながら画面を見守っているとアーミャが道を引き返した。


「ま、また戻るのか?」


 それも、俺の使った壁抜けバグを使い、再び洞窟ダンジョンに向かった。


「ボスに勝てるわけないのに…」


 こんなのAIじゃない!


 ただのバカだ!




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【ガバ】


 この物語では操作の失敗や緩い判定のこと。


 とあるRTA動画投稿者達の間で使われていた用語で、元々の意味はエ○エ○な言葉だった。今ではガバる、ガバった、ガバ距離、ガバエイム、ガバ設定などなど、広く使われている言葉。元々の意味は、しr…知らない場合は調べるべからず。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る