第11話

 洞窟の中は暗くてひんやりとしていた。


 奥へ進めば進む程、暗くなっていく。ポタ、ポタ、という水滴の落ちる音が不安を煽る。アーミャは、まだ明るいうちから支給された松明を使い、ビクビクしながら暗い洞窟を進んでいく。


 痛いのは嫌いだ。


 それと同じくらい、怖いのも嫌い。


「みゃっ!?」


 天井から落ちてきた水滴が猫耳の先っぽに当たり、驚きのあまり跳び跳ねた。栗色の猫耳に焦げ茶色の丸い濡れあとができる。


「も、もう帰りたいみゃぁ…」


 ここは、冒険者が初めて入るダンジョン。


 今のボクと同じように、駆け出し冒険者は村人から強制的にクエストを受ける。そして、ここでダンジョンのチュートリアルをすることになるのだ。


 松明で前後左右を確認しながら、ビクビクと奥へ進んでいく。


「ゆ、幽霊とかっ…で、でみゃいよね?」


 ガタッ!


「ひみゃあっ!?」


 カタカタ…


 その物音は足元の小さな石を蹴った音だった。でも、恐怖の限界を迎えていたボクは全力で逃げた。


「うみゃあああああああ!」


 洞窟から出て息を整えていると足が勝手に動いた。


「みゃあ…みゃあ…みゃみゃっ!?」


 洞窟でおどかしてきた幽霊に体を乗っ取られた。そう思ったボクは、ただただ怖くて猫耳を両手で押さえて目をギュッと閉じた。


 足を動かそうと必死に抵抗しても歩かされる。どこかの壁に当り、幽霊は歩きながら所持品をゴソゴソとあさり始めた。物取りの幽霊に体を操作されているようだ。


 ううん。幽霊の正体なんてどうでもいい。


 アイテムなんて全部あげるから…早くボクから出ていってよぉ…


 ボクのそんな願い虚しく、幽霊は何かを盗むこともしないで所持品を閉じた。物取りの幽霊ではなかったらしい。次の瞬間、スッと何かに入り、そのまま飲み込まれた。歩いていないのに前に動く。


 …えっ。ボク、何かに食べられたの?


 もしかしてもう胃の中!?


 慌てて目を開ける。キョロキョロと辺りをみると別にモンスターの胃の中ではなかった。なぜか幽霊の少し歩いて確認すると、ボクは村人が塞いでいた道の先に出ていた。どうやら越えられない柵を通り抜けたようだ。


「…みゃ、みゃんで?」


 意味もわからず歩き回り、通り抜けた柵まで戻ってきた。ふとその柵を見ると、あるものがあった。土の上にどこにでも落ちている石ころのオブジェクト。それが柵のオブジェクトにめり込んでいた。


「これを通り抜けたのかみゃ?」


 あれ?


 オブジェクトって、なに?


 柵を越えてしまえば次の町に行くことができる。でも、洞窟に行ってみると言った手前、倒せなかったことは村人に伝えておこう。ついでに他の冒険者に討伐を頼むことを勧めよう。そう思いボクは、道を塞いでいる村人に後ろから話しかけた。


「ごめんみゃ。ボクじゃ倒せなかったみゃ」


「冒険者さん助けてください!」


「ごめ…」


「冒険者さん助けてください!」


「この村人、やっぱり同じ事しか言わみゃいっ!」


 小さな肩を落とす。幽霊に体を乗っ取られたり村人は話を聞いてくれなかったり。気分は最悪だけど、困っているなら助けたい。馬車にはボク以の外冒険者が乗っている。倒せなかったと伝えれば誰かが行ってくれるはずだ。


 村人の横を通り馬車に戻ろうとすると村人が道を塞いだ。


「冒険者さん助けてください!」


 右に動いても左に動いても頑なに馬車への道を村人が塞いでくる。そこを通らないと、馬車に乗っている冒険者に助けを求めることも、村人がモンスター討伐を依頼している洞窟にも行けないのに。


「まったくこの村人はなんなんみゃ…って、うみゃあ!?」


 ボクの体がまた操作された。勝手に足が動いて村人から離れていく。


 幽霊はすごく怖い。


 すごく怖いけど、さっきは大丈夫だった。


 何かがまた起きるかもしれないという直感から、今回は抵抗しないで身を任せることにした。体を乗っ取った幽霊に操作されて村人から離れて次の町へ歩いていく。ボクが離れると村人は何事もなかったかのように馬車のほうを向いた。


 馬車に行くときは道を塞いだのに、次の町への道は塞がないなんてよくわからない村人だ。そんなガバガバ判定じゃなくて、次はもっと優秀な判定で生まれてくることをおすすめするよ。


 あれ?


 ガバってなに? カバの親戚?


 なんで体が勝手に動くのかはよくわからないけど、ボクをいい方向に導くことだけはわかった。はじまりの町で操作したのもきっと同じ幽霊だ。武器屋で大量に買った矢もボクにとってはお得だった。幽霊は怖いけど、この幽霊はいい幽霊なのかもしれない。


 …でも、最初に服を脱がそうとしたことは一生許さない。


 もしも幽霊の正体が人間だったら頭に噛みついてやる。絶対ったら絶対だ。


 体の自由が戻ったタイミングで、ふと後ろを向いた。既に遠くまで離れていて村人の背中は豆粒くらいになっていた。助けて欲しいのなら人の話くらい聞いたほうがいい。そこでずっと助けを求めていればいい。ざまあみろと、むらびとへ向けてあっかんべーをする。


 でも、なんというか…


 その背中が、とても悲しそうにみえた。


 足を止めて立ち止まる。話を聞かない村人だったけど、あの人にも生活があって必死だったのかもしれない。それに、ボクは武器屋で一度逃げている。矢の償いじゃないけど、ここで村人を助けてもバチはあたらないだろう。


「しかたないみゃあ…」


 ボクは深いため息を吐くと、歩いてきた道を引き返した。




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【オブジェクト】


 ゲームのオブジェクトとは、キャラクターや柵、小石などの、表示されているマップ上に置いてある物のこと。


 配置を間違えて重なることもある。LLVIはレトロゲーム設定のため、オブジェクトはすべてドット絵。

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