第10話
「返したいけど、怖いみゃあ…」
武器屋から少し離れた場所で、樽の中からぴょこんと出ている栗色の猫耳が震えていた。
昨日、武器屋で購入したアイテム。一夜明けてから確認したら、購入アイテムがおかしくなっていた。
別にバグアイテムになったわけではない。単純に購入数がおかしかった。1ダース買うはずだった矢が96個入っていたのだ。おまけにレザーグローブまで所持品に入っていた。
アイテムの購入画面では99個しか買えない。1ダースは12個のため、8ダース購入したことになる。
それなのに、代金は360Gだった。
最初に矢を1ダース、レザーグローブをひとつ購入しようとした金額と同じだったのである。
高価な物を買ったわけではない。相手が間違えて渡したのなら、知らんぷりをしてネコババしてもいいかもしれない。
でも、武器屋の人にも生活がある。たかが1G、されど1G。別にお金に困っていないから返したい。
返したい、返したいけど…
樽から出ていた猫耳が徐々に上がり、ふたつの蒼い瞳が怖怖と武器屋を見つめる。
「…でも、こわいみゃあ」
ゲームキャラクターには、羞恥心も罪悪感もない。
ゲームプレイヤーにいくら装備をすべて脱がされようとも、増殖バグで店員からアイテムをむしり取ろうとも何も感じない。
…でも、ボクには羞恥心も罪悪感もあるんだよ。
あれ?
ゲームキャラクターって…
ゲームプレイヤーって、なに?
頭を傾げて考え込んでいると、ちょうど武器屋のドアが開いた。ちらっと店内が見えて、カウンターにいた武器屋の奥さんと目が合う。
笑顔で手を振ってきた。顔は笑顔なのだが、その笑顔は昨日見た笑顔と全く同じ。
目も口も、顔の角度や笑い方まで、全てが作られたものみたいに同じなのだ。その姿はまるで、般若のような顔を笑顔という名の仮面で隠しているように見えた。
「ひっ…ひみゃああああああ!」
罪悪感がいくらあろうが、恐怖心には勝てない。隠れていた樽から飛び出すと、脱兎のごとく全力で走り出した。
アーミャは にげだした!
●
ドカッ、という音がして目が覚めた。
「…へみゃっ!?」
あの後すぐに次の町に向かう馬車に乗った。次の町でパーティーメンバーを探すためであって、断じて武器屋の奥さんが怖くてはじまりの町から離れたかったわけじゃない。
…でも、ほんのちょっとだけ。
ちょっとだけそれが理由でもある。
「うみゃあ…いつか、返さみゃいと…」
そんな感じで馬車に揺られながら気持ちよくうたた寝をしていると、急に馬車が止まった。モンスターでも出たのかと思って馬車を降りて確認すると、道を塞ぐように村人が立っていた。
ここでイベントがあるのを忘れていた。推奨レベル10のダンジョンチュートリアルも兼ねたイベントバトル。
今のボクはレベル5。
普通ならストーリーがちゃんとある。はじまりの町のストーリーをクリアする頃には、だいたいレベル10になるのだ。
でも、今までポータンしか狩っていないからレベルは全然上がっていない。
推奨レベル以下、それも倍のレベル差があるイベントに挑戦するのは自殺行為。他にも冒険者が何人も乗っている。レベルの低いボクは大人しく待っていよう。
あれ?
イベントって…
ストーリーって、なに?
馬車の中に戻ろうとすると、乗り合い馬車の運転手に声をかけられた。
「あんた冒険者だろ? ちょっと話を聞いてきてくれよ」
「他の冒険者に頼むといいみゃ」
「ちょっと話を聞いてきてくれよ」
「ぼ、ボクはレベルが低いみゃ…」
自分で言っていて悲しくなり、猫耳がへんにゃりと垂れ下がる。本当は他力本願なんてしたくないけど、レベルが低いから仕方がない。
「ちょっと話を聞いてきてくれよ」
「他の人にたの…」
「ちょっと話を聞い…」
「もうっ! わかったみゃ!!」
この人も他の人達と同じで全然話を聞いてくれない。大股で歩いて足音を大きく鳴らし、フンフンと鼻を鳴らして憤怒しながら村人のほうへ歩いた。
「なにかあったのかみゃ?」
「お願いです! そこの洞窟のモンスターに畑が毎日荒らされていて! 冒険者さん助けてください!」
「ボクは弱いから、馬車にいる他の冒険者さんに聞いてくるみゃ」
そう答えて馬車に戻ろうとすると村人が道を塞いだ。右に避けても左に避けても追尾してくる。
「冒険者さん助けてください!」
「みゃあ…この人もかみゃ…」
この世界で長いこと生活しているけど、こんなに話を聞かない人ばかりだなんて知らなかった。
「冒険者さん助けてください!」
「…わかったみゃあ。行くだけ行ってみるみゃ」
栗色の尻尾を力なく垂れ下げると、重い腰を上げてトボトボと洞窟へ歩きだした。
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気ままミャtips
【ゲームプレイヤー】
ゲームを遊んでいる人間。
ゲームによって自由度は様々だが、ゲームプレイヤーはゲームキャラクターを自由に操作することができる。
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