第9話 三澄透の操作
電源プラグをコンセントに差す。ゲーム機の電源を入れてLLVIをはじめる。
この時、直前に他のゲームを遊んではいけない。
オープニングのテキストをAボタン連打で飛ばす。ゲームの開始地点・トサイ町でルーナの武器以外を全て売却。アイテム屋で手榴弾を三個だけ購入する。
売却、購入数を間違えたらリセット。
トサイ町を出て、次の町・ダラの町へ移動。道中、エンカウントした敵は手榴弾で倒す。
先制攻撃が出来なかった場合は再走案件だ。
無事にダラの町に着いたら、料理を十二個購入して所持金を12Gにする。
購入したはずの料理はどこかに消えてしまい、その結果、なぜかイベントフラグの計算式がおかしくなる。
普通なら上書きされる数値が加算されるようになってしまうのだ。
RTA動画を投稿している先駆者が見つけた情報のため、なぜこうなるのかは分からないが、結果的にバグる。
そのバグを発生させた状態で全滅すると、ゲームオーバーを呼び出す数値がイベントフラグに加算される。
全滅すると、普通はゲームオーバー画面が表示されてタイトル画面に戻るが、イベントフラグが加算されることにより別のフラグに書き換えられる。
事前に特定イベントで数値を調整する必要はあるが、全滅を十二回繰り返すとゲームクリアのエンディングフラグを呼び出すことができてしまう。
これが、LLVIのバグありRTA界隈で最近主流の走り方。
その特定イベントを早くクリアするのかが腕の見せ所だ。といっても、俺は安定チャートしか走らない。
この前失った弟…壊れたゲーム機で最後に走ったRTAでは、安定させるために増殖バグでエリクサーを増やしてみた。
途中までは珍しく目立ったガバは無かったものの、最後の最後で大きなガバをした。十二回目の全滅をする時、十字キーの操作を誤ってしまいルーナにエリクサーを使ってしまったのだ。
「今日も進展なしか」
三澄透は、そのガバでエンドロールにルーナが表示されたと考えていた。だが、毎日検証しても思うような結果にはならなかった。
「ミャア」
「ルカか、少し待っていろよ」
椅子に背中を預けてだらだらいると、愛猫のルカにおやつを催促された。
じっと目を見てくるのはかわいいが、真剣な眼差しで見てくるため、獲物を狙っているように感じてしまう。
遅れてやってきたテトにもおやつを催促される。ちょうど開けていたパックの中身が無くなったため新しい袋を開けた。
「ニャー」
「ああテト、今開けてるから…ほら、新しいみゃ〜るだぞ〜」
我が家で買っている猫用おやつは1パック12個入りのみゃ〜る。二匹飼っていると一週間でなくなるためちょうどいい個数だ。
「さて、こっちの進展は」
愛猫達におやつをあげながらテレビの入力端子を差し替えた。画面には猫獣人のキャラクター・アーミャがLLVIの世界を自由気ままに動く姿が映し出される。
これは恐らくLLVIのデモプレイ。
店頭販売でゲーム画面を客に見せるための、広告用の自動プレイ映像。広告用のはずなのに、最近は宿屋で寝ている画面しか表示されていなかった。
それも、ゲームの開始地点であるトサイ町から全く移動しない。変化のないプレイ映像を店頭で見ても、普通は面白いと思わない。
「お、やっと武器を変えるのか?」
アーミャが武器屋に入っていった。流石に武器を変えるようだ。戦闘もたまにしていたから見ていたが、アーミャは弓の腕が最悪だった。
このゲーム内最弱のモンスターであるポータンにさえも当たらない。
それはもう全ミスだった。
レトロゲームであるLLVIの発売当時に高精度なAIを求めてはいけないが、こんなガバガバなAIはありえない。俺以上のガバガバAIだ。
アーミャは猫獣人という種族のお陰で回避率が高い。敵の攻撃は全て避けれるが、攻撃が当たらなければ話にならない。きっとポータンには全戦全敗だったに違いない。
だが、知らない間に所持金をたんまりと持っていたから、そこそこいい武器が買えるだろう。
「…ぷっ、あははっ!」
昨日のことを思い出して腹を抱えて笑った。
あの時はほんと爆笑した。代わり映えしない映像が続き、昨日は電源を落とすか迷っていた。
風呂上がりに気になってふと見たら、アーミャが所持金を宿屋の部屋の床に並べていたのだ。それも几帳面に少しづつ。
10Gを地面に置いてあるお金に足し、10Gを地面に置いてあるお金に足していく、謎行動をしていた。
朝起きて出勤前に見たときには、床にびっしりと並べられている1万Gに囲まれて、その中で寝ていた。あまりにもおかしくてRTA用の録画機材で録画してから職場へ向かった。
武器を変えれば少しは戦闘が楽になるだろう。武器屋でうろうろしているアーミャを見守っていると、予想外の行動に出た。
「こいつ、まだ弓を使うつもりかよ」
今装備しているウッド装備と1つ上のレザー装備の弓にカーソルがいったりきたり。武器購入によるパラメーターの上昇値が+0と+1にいったりきたり。
しばらくすると、アーミャの長考が終わったようでカーソルがそこから離れた。
「よかった…って、やっぱり弓なんかいっ!」
消費アイテムの矢が選択されて、購入ボタンにカーソルが移動する。俺はもどかしくなり、今まで一度も触らなかったコントローラーに手を伸ばした。
「あ、操作できる…」
カーソルが動くのを確認すると、矢の購入画面を消して迷わずレザーグローブを購入した。
レザーグローブを かいますか?
▶はい
いいえ
猫獣人なら黙って格闘士になるべきだ。
だが、購入したはずのレザーグローブは購入されずカーソルが移動した。
レザーグローブを かいますか?
はい
▶いいえ
そのままカーソルが「いいえ」を選択して、再び矢を買おうとしている。
「いやいやいや、だからそうじゃない」
その後、ゲームのカーソルとレザーグローブを買うか買わないかの謎勝負を数十分続けた。
そして…
レザーグローブを かいました ▼
「やった、やったぞ! ついに俺は勝ったぞおおお!」
思わずその場でガッツポーズをした。
ついにガバAIのアーミャとのボタン早押し対決に押し勝ち、俺はレザーグローブを買わせることに成功したのだった。
ステータスの高い武器がアイテム欄にあれば装備するだろう。満足した俺は、夕飯を食べてから風呂に入り、明日の早番に備えて早く寝ることにした。
「ミャー!」
「ウニャー!!」
布団に潜って目を瞑っていると、廊下からドタドタ、ガリガリという物音が聞こえてくる。愛猫のルカとテトが遊び足りなかったようで、元気に運動会をしている。
猫は夜行性。
日中はほとんど寝ていて、夜になると元気に動き回る。普段なら誰かが日中遊んで、夜には満足して一緒に寝ている。
だが、今日は母さんが昼間忙しかった。夜も飲み会で帰りが遅かった。だから、今日は俺が帰ってきたら遊ぶ予定だった。
…だったのだが、ガバAIのアーミャとの長く苦しい戦いですっかり忘れていた。
ちなみに、親父は二匹に見向きもされていないため戦力外だ。たまに遊ぼうとはするのだが、猫じゃらしを一人振り続ける親父の姿はすごくシュール。あの光景はいつ見ても切ない。
廊下から、ドタドタという足音が近づいてくる。
「ニャー!!」
「フミャー!!」
「うぐっ…」
ルカとテトが俺の部屋で運動会を始めた。たまに布団の上に上がり、ドスドスと腹に乗ってくる。二匹なりに、俺を遊びに誘っているのだろう。
そんな愛猫達の行動はすごくかわいい。
すごく、かわいいのだが…
「休みにいっぱい遊んでやるから、今は寝かせてくれ…」
明日早番の俺は、目を瞑り必死に眠りにつくのだった。
―――――――――――――――
気ままミャtips
【猫の運動会】
猫が急にドタドタと走り回ること。
主に人の寝ている時間帯、深夜に行う。人間だって思い出して急に笑ったり泣くことがあるのだ、猫だって野生の頃の記憶を思い出して走り出したくなることもあるのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます