二章 気ままな猫は操作される

第8話

 アーミャはあれから毎日ポータンを狩った。


 ポータン一匹で1万G。


 この値段は受付嬢が間違って渡した訳じゃなかった。翌日も、その翌日も同じ報酬が貰えたから間違いない。


 こんなにおいしい依頼、今だけの限定依頼かもしれない。所持金はいくらあっても困らないのだから狩らないともったいない。

 

 所持金がいっぱい増えるのと同時に、弓の練習もいっぱいできた。全ミスするような酷い状態から、十回に一回は当たるようになったのだ。


 すごく近寄らないとだけど、最初に比べればマシになった。


 そんな訳で、毎日ポータンを狩って今はちょっとしたお金持ち。お金持ちがすることと言えば決まっている。


 お金をじゃらじゃらと眺めるのだ。


 でも、今居る場所は宿屋。外はまだ明るいけど時刻は夜。ボクは他の人の迷惑にならないように状況を開始した。


 所持金から10G硬貨を出して、音を立てないようにそっと置く。その上に10G硬貨を重ねていく。


 十枚で約1cm。


 ボクの身長は150cm。


 身長の高さまで慎重に硬貨を重ねて、高い硬貨タワーを積み上げた。一本1万5000Gの、とても高価な硬貨タワー。


 キラキラと光るタワーを見ているだけで顔が緩む。一本、二本と、硬貨タワーを部屋の中に積み上げていく。


 そして、数時間後…


「100G硬貨にすればよかったかみゃ~?」


 部屋の床には10G硬貨タワーが所狭しと並んでいる。歩く隙間がないくらいぎっしりと。これだけ出しても所持金にはまだたんまりとお金が残っている。


「うみゃあ~幸せみゃあ~」


 ベッドに寝転がり、尻尾の先っぽの白色の部分を弄りながら夢見心地で天井を見る。


 右にゴロンと倒れても左へコロコロと転がっても、目の前には10G硬貨タワーがそびえ立っている。まるで高層ビルの並ぶ東京の街並みのようだ。


 疲れていたのか、急に睡魔が襲ってきて大きな欠伸をした。目を閉じて幸せな気分で眠りに落ちた。


 あれ?


 東京って、どこ?


 ●


「んみゃあ~。お金持ちって大変みゃ…」


 町を歩きながら猫耳をペタンと垂れて、お金持ちの大変さがわかった気分にしみじみと浸る。夜更かしをしたことで今日は昼頃に目が覚めた。


 つい寝ぼけて尻尾を動かしたら、寝る前に床いっぱいに立てておいた硬貨タワーがドミノのように盛大にジャラジャラと倒れてしまった。


 床に散らばった硬貨を片付けていたら、夕方までかかってしまったのだった。


 今日はモンスター討伐に行く時間はない。ポータン討伐で貯めたお金で装備を更新するために武器屋へやってきた。


 防具も買いたいけど、はじまりの町の防具屋はひとつしかない。つまり、この町で防具を買うためには、またあの防具屋に行かなければならない。


 あの防具屋にはもう行きたくない…


「いらっしゃいませ~」


 武器屋に入るとカウンターにいる女性から声をかけられた。物腰が柔らかいおっとりとしたおばさんで、ニコニコと笑顔で手を振ってくる。


 武器屋といえば筋肉ムキムキの鍛冶職人のおじさんが居るイメージだ。この人は奥さんなのかもしれない。


 武器屋の奥さんの視線を感じながら店内を歩き回る。買い物は楽しい。ついつい尻尾が揺れてしまう。


 でも、はじまりの町だけあって品揃えが少ない。ウッド武器やレザー武器しかない。アイアン武器も、そのひとつ下のランクのブロンズ武器も置いていない。


 いま持っているのはウッドボウ。


 名前からわかる通り、弓のウッド武器である。ひとつ上の強さのレザー武器を買っても、攻撃力はそこまで変わらない。


 変わっても+1くらいだ。それなら次の町までウッドボウを使い、そこでブロンズ武器を買ったほうがいい。


 ん? 次の…町?


「そうみゃ!」


 ボクの目的は次の町でパーティーメンバーを探すことだった。ポータン狩りが楽しくて、つい忘れていた。


 主人公の名前はアジル。みんなからジルと呼ばれていて、いつも的確な指示を出してくれる頼れる仲間だ。


 …って、あれ?


 この前は名前が思い出せなかったのに、今は思い出せる。他のパーティーメンバーの名前も「ああああ」ではない、ちゃんとした名前を思い出せる。


 ウリネ、イオ。


 そしてティア。


 今まで忘れていたのが不思議なくらいだ。


「なにか買っていきますか~?」


「…みゃっ!?」


 腕を組んでぼーっと考え事をしていたら武器屋の奥さんに注意された。恥ずかしくなり、栗色の耳を軽く弄りながら慌てて会釈をした。


 危ない。武器屋でも変なことをしたら、この町で入れるショップがアイテム屋だけになる所だった。


 冷やかしに来たつもりはないけど、武器は次の町で買うと決めた。でも、何も買わないお客は迷惑だろう。いくらあっても困らないから矢を1ダース買うことにした。


「ええっと、矢を1ダースくださいみゃ…」


 武器屋の奥さんにそう伝えると、黒いカーソルが勝手に動き出した。ピコピコと移動して、ある場所で止まると「はい」を選択した。




 レザーグローブを かいますか?

 ▶はい

  いいえ




「…それとレザーグローブひとつ」


 …あれ?


「矢とレザーグローブですね~」


 矢だけを買うはずだったのに「はい」を選択された瞬間、口が勝手に動いた。


 いきなりの出来事に、ポカンと口を開けて目を丸くする。そんなボクの目の前で、武器屋の奥さんが購入処理を進めていく。


「360Gになります~」


「みゃって! それキャンセルで矢を1ダースだけ欲しいみゃ!」




 レザーグローブを かいますか?

  はい

 ▶いいえ




「キャンセルで矢ですね~」




 レザーグローブを かいますか?

 ▶はい

  いいえ




「…レザーグローブひとつ」


 まるで、誰かに操作されたかのように再びレザーグローブを買おうとする。


「レザーグローブですね〜」


「みゃってみゃって! それキャンセルみゃ!」


 キャンセル、やっぱり買う、キャンセル、やっぱり買う…と、ボクは自分自身と謎の勝負を続けた。その結果、武器屋の奥さんの様子が次第におかしくなった。


「れれレザーぐろーブとやや矢やヤヤややややややや…」


「ひみゃっ!?」


 このバグみたいな声はなにっ!?


 ボクが優柔不断で怒っているのかもしれない。絶対そうに決まっている。きっと、奥さんは般若のような顔をしているに違いない。


 顔を見るのが怖くて、店内に飾られている武器の物陰に隠れた。怖さのあまり逆立った尻尾が隠せていなくて慌てて隠す。


 …あれ?


 そういえばバグって、なに?


「…ヤヤ矢やややややヤヤやデスね~」


「ほんとごめんみゃさいそれでお願いするみゃ」


「ささささ360Gになりります~」


 所持金から360Gが減ったのを確認すると、アイテム欄を見ないで武器屋から逃げ出した。


 怖いものが苦手なボクは、全力疾走で宿屋の部屋に帰った。ドアを閉めると同時に腰が抜けて、その場でへにゃりと座りこんだ。


 武器屋にも行けなくなったよおおおおお!




 ―――――――――――――――

 気ままミャtips

【バグ】


 プログラムの不具合、欠陥。


 虫を意味する英語、bugでもある。昔のコンピューターが故障した原因が「虫」だったから、プログラムが不完全な「虫」食い状態だから、などなど。名前の由来は諸説ある。


 最近のゲームは発売後にアップデートでバグを修正することが可能だが、レトロゲームと呼ばれる昔のゲームはそれが出来なかった。なので致命的な不具合でもない限りバグは裏技として放置されていた。


 わざとバグを再現して、最近リメイクされたレトロゲームも存在する。(その結果、新しいバグが増えたらしい)

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