魔法少女少年の個性バグりすぎてハゲそうなんだけど、死ぬ2



「スッキリした……まじで何入れたらああなるんよ……」



 やべぇ飯を食ってトイレから出て私は無事にあの食べ物から耐えきった。あの人に料理させちゃいかん、ダメ、死ぬ。


「便秘には良さげやけどさぁ……はぁ。マジで昨日から散々やわな」


 不思議な出来事が嘘だったかもと思ってトイレで手首を見たけどタトゥーは健在してた。

 再びシオン君の部屋に潜り込みいつもと変わらない平和的にダラダラ過ごす。明日はシオン君学校だし夜には帰らなきゃなーと呑気に思っていたらシオン君のスマホから珍しく着信音が鳴った。


「やべっ!やらかした、時間忘れとった……」


 焦った顔をして電話に出るシオン君。もしかしてバイトでも入ってたのか……と思いながら様子を見る。


『あ、ご、ごめんなさい。その、時計忘れちょっ___忘れてて……あ、今は隣の家の子が来てて、そう。その子です!ちょっとだけ待ってて欲し___え、あ、ありがとうございます!ちょっと待っとってください!では後で!!』


 コロコロと表情を変える(と言っても胡散臭いニコニコ顔だけど)シオン君は電話を終えるといつも以上にニコニコしている。なんか気持ち悪い。

 敬語を使ってる辺り先輩だと思うけど歳上の人間嫌いのシオン君がテンションぶち上げで先輩とつるんでいるのは初めてみた、明日雪でも降るのか……。


「ごめんクレハ。約束の時間勘違いしてて今日はお開きにしてもいい……?」

「おん。全然いいで、その人先輩なん?」

「同級生。自分のすっごく尊敬してる親友、とーってもいい人」

「親友おったん初耳なんやけど」


 この人と知り合って始めてシオン君の口から親友という言葉を耳にした。


「聞かれなかったし……言った方が良かった?」

「彼女とかも友達とかも教えてくれるやん、親友はやっぱダメなん?」

「あれはクレハがあの人友達なん?とか彼女おらんの?って聞いてきたから答えたんだよ」

「うわあ……」


 まともに見えて中身がバグり散らかしてるこの人がよく親友なんか作れたな……。喋らなければまとも、喋ったら狂人なんて普通なら多分逃げると思う。

 私はたまたま小さい頃に知り合ったおかげでこの人の個性として受け入れてるけど今なら怖くて逃げる、それはもう昨日のバケモノから逃げた時みたいに全力で。


「元々約束してたから申し訳ないけど今日はお開きにしてもいい?」

「おん、ぜんぜんええよ。てかなんで私のこと親友さん知ってるん?聞かれたん?」


 会話を聞いて思ったけどなんで相手の人は“隣の子”と言ってなんで理解していたんだろ。間違いなくシオン君が言ってると思うけど親友さん聞いたのかな……。


「そう。変なことは言ってないから安心して、大切な大切なかわいい幼馴染ってぐらいだけしか言ってないから。かわちい幼馴染ちゃん」

「きもちわる……ゲロ吐きそ。むり、おえ」

「吐かないでよ……とりあえず今日はこの辺で。また休みの日送るから泊まりに来なぁ」

「また来るわ、ありがと」

「うん、気をつけ___」


 シオン君の言葉と重なるように突如外から大きな物音が響く。

 その音はダンダンッ!と数分間も鳴り響いて静かになったと思えば男の大きな怒鳴り声と何かが割れる音が聞こえてきた。



「くそが、なんで居ねぇんだよ!!!」



 声の主に私の全身が凍りつく。



「おいどこおるんやクソガキッッッ!!出て来いや、おい、



 名前を呼ばれて体がびくりと震える。

 最悪だ、最悪が来てしまった……悪夢が、恐怖が戻ってきてしまっている。


「クソ兄貴ッ……なんでおるんやし!」


 今いるはずのない兄貴がなんでこっちにいる、アイツは今トーキョーの病院にぶち込まれてるんじゃ……。


「クレハ……お兄さん、いつ帰ってきたん?」


 私の家の事情を全て理解してるシオン君は心配した様子で声をかけてきたけど私はそれに大丈夫とすぐに言えなかった。

 戻ってくるなんて思ってなかった……1、2年は絶対に帰らないと親が言っていたのに。


「クレハ、大丈夫?」


 窓の外を除くと私の家の庭に体格のいいボサボサ黒髪の大男――兄のが倉庫を何度も蹴りつけていた。


「だ、大丈夫や。アイツ、トーキョーにおるんやないがかよ……」


 じわりと嫌な汗が背中を這う。

 父が嘘をついていた?父が私に黙ってこっちに戻したのか?どっちみち父親が私を騙したことは確実。

 父親に対して異常なほど怒りが湧き、無意識に唇を強く噛む。じんわりと鉄の味が口内に広がったけど気にしない、今は痛みが怒りで抹消されてる。苛立ちと焦りと恐怖がごちゃ混ぜになり乾いた笑い声がこれまた無意識に漏れ出た。


「クレハ!クレハ、顔色悪いぞ!」


 バシッと背中を叩かれて我に返る。


「す、すまん」

「今日は家に泊まっていって」

「だ、大丈夫ぶや。帰らんと、迷惑かけるし……」

「あの人はわけを話せば許してくれるから大丈夫。家のヤツにも言うしクレハだったら自分がいなくてもここ使っていいって言うと思うから」


 真剣な顔でそうシオン君に言われたけど間違いなく彼と家の人達に迷惑をかける。あのイカれた兄貴は平気で他人にも突っかかっていくから私が戻らなきゃいけない。


「自分、ついて行こうか?」

「絶対来んでいい!」


 即答で彼の申し出を却下する、もしシオン君に何かあったら謝罪だけでは済まされなくなるし第一止めるためには手段を選ばないような人だから混ぜるな危険だ。

 初めて兄貴にボコられてるのを他人___シオン君に見られた時、私の家のキッチンから包丁を持ち出してきた時はほんとに驚いたし流石に兄貴もその時はビビってやめた。この人の行動力にはストッパーがないから私ごときの為に人生をおじゃんにしてほしくない。


「じゃ、帰るわ。ほんじゃ……またメッセ送ってや」


 兄貴が背を向けている隙に急いでシオン君の部屋から自分の部屋に移動して鍵をかけ、カーテンを勢いよく閉める。


「願いを叶えるまでの辛抱や、そう。アリスとかいう魔法少女になったんやし痛み感じんやろ」


 あの奇妙なウサギが言う魔法少女のようなモノ――アリスに本当になったのであればきっと何かしら身体能力が上がったはず。きっと殴られても蹴られてもきっと痛みは感じない、ないと信じている。

 昨日の治安の悪いクロは刺されても平気で動いていたし悲鳴を上げるほど痛がっていなかった。きっと私もそんな感じに耐えられるようになっただろう。


「よし、1発死なん程度にかましたろ」


 さぁ、私に魔法少女の特典とやらを体験させてくれ!


 いざ、クソ兄貴の所へ!!

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