後編





 次の日の朝。

 カーペットに丸まって眠る紫乃は、スマホのアラーム音で目を覚ます。軽くシャワーを浴びたあと、リビングのソファに寝転がった。


「はぁ、お腹空いた」


 思えば昨夜は何も食べずに眠ってしまった。

 適当にコンビニに行って食料を調達しようかと思ったが、せっかくなのでカフェでモーニングとでも洒落こもうかと考える。

 何気なくテレビをつけると、タイミングよく「横浜のモーニングカフェ特集」が流れた。ふっくらとした生地のホットケーキ、大きく焼き目がしっかりついたワッフル、おにぎり味噌汁漬物卵焼きの健康的な和食……思わずヨダレが出そうになる。


(バイオレットのときは魔法研究ばっかりでろくなもの食べてなかったなぁ。お金はあったけど時間はなかったし……思い出したら欲が出てきた)


 そうと決めた紫乃は、むくりと起き上がり準備を始めた。


「へいしゃり! 今日の気温教えて」

『今日の最高気温は摂氏29度、最低気温は摂氏22度シャリ』

「うわ、結構暑いんだ」


 紫乃はクローゼットを開けると、シアー素材の上着を羽織り、ボトムスは動きやすいパンツを選んだ。裾にかけて広がりのあるタイプで、靴はスニーカーにしようと頭の中で合わせる。

 長い髪はひとつに纏めてポニーテールにして、服装を整えたあとでドレッサーに座った。


(メイク、しちゃってもいいよね……? もう高校生だし、前世も憧れてたけどおしゃれする暇もなかったからなぁ)


 これまで躊躇していた些細なお洒落も、なんだか積極的になれていた。

 前世での憧れを、今世では山田紫乃として楽しむように、一応は持っていたメイク道具に手を伸ばす。


「いたっ、いたたた! ビューラーってこんなに難しかったの? アイライナーもはみ出るし、ノーズシャドウ? とかよくわかんない……あーっ、マスカラが瞼にっ」


 それから数十分ほど格闘し、メイク初心者には一度にいっぺんを施すことは無理だと悟る。

 仕方がないので、今日のところは兄から贈られたリップだけをお情け程度に塗ることにした。


「メガネ……は、ない。休みだし、いらないか」


 そういえば学校に持っていった伊達メガネがない。昨日どこかで落としてしまったらしい。

 予備メガネはあるけれど、休日なので指摘されることもないだろうと裸眼のまま、紫乃は鞄に最低限の荷物を詰めた。



 八王子から横浜までは、電車で約一時間半。

 浮遊して飛んでいけば移動距離はかなり短縮できる。


 カーペットだと案外悪目立ちしてしまうため、紫乃は近くのホームセンターで箒を一本購入した。浮遊に適した魔導具ではないものの、飛べることには飛べるので今のところ問題ないだろう。

 紫乃は昨日の反省を踏まえて、今日の浮遊は体を透明化して飛ぶことにした。


(前世でお遊び半分に編み出した透過魔法だけど、さっそく役に立った。浮遊訓練申請も浮遊許可証は平日じゃないと手続きできないから……とりあえずこの休みは楽しもう)


 稀に体質変化によって大人でも魔法の才能が生まれるという理由から、魔才の発覚及びそれらの申告期限は最長半年まで猶予が与えられている。

 ということで、一日や一週間ほど申告が遅れたところで問題にはならなかったはずだと、紫乃はぼんやり考えた。

 そもそも突然魔才がわかったところで、紫乃のように前世がない限り魔法を扱えたり浮遊できる人間はまずいない。申告したところで疑われることは無いに等しかった。


(でもちゃんと浮遊税は払わないと……うーん、やっぱりバイトしなきゃなぁ。生活費はお母さんが全部出してくれてるけど、浮遊税は……)


 最悪ポロネス大陸国でギルド登録をし、依頼料を換金するのも手だと思案しながら、紫乃は箒で横浜を目指した。



 ***



「おいしい〜!」


 海の見えるカフェテラスで一人、紫乃は待望のモーニングを頬張っていた。

 澄み渡る青い海の向こう側には、うっすらと江ノ島が一望できる。

 今日の天気はすこぶる快晴。浮遊中にちょっと進路を変更したが、美味しいモーニングを提供するカフェに巡り会えて幸せだ。


 まだ早朝ということもあり、テラスには紫乃しかいない。

 たっぷりチーズとふんだんにトッピングされた新鮮な野菜と卵、カリッと外側が焼かれたベーコンが乗るエッグベネディクトを口に入れる。

 すべてが上手く混ざり合い、旨味のハーモニーを奏でている気さえした。

 続いてセットで頼んだ飲み物。

 可愛らしいアートが描かれたカフェラテをひとくち。お店こだわりのナチュラルなコーヒー豆から抽出されたエスプレッソは風味良く、丁寧にスチームされたミルクと溶け込めば口あたり滑らかでついつい飲み進めてしまう。


「おいしい〜〜!」


 二度目の絶賛。夫婦で経営している店員二人は、そんな紫乃の様子をニコニコと微笑ましそうに眺めていた。

 レジで先払いしたときも「若いのに早起きねぇ、一番乗りのお客さんだから、プチデザートもサービスするから」と声をかけられた。

 ありがたくサービスも平らげた紫乃は、食事前に素早く撮っていたスマホの写真を確認する。


(これ、いい感じに撮れてる。記録用に写真載せちゃおっかな)


 元は閲覧用に一つだけアカウントを登録しているだけだったが、紫乃は新たに『バイオレット』という前世の名で登録した。


(なんか、バイオレットって安直すぎ? まあいっか。なんだったらあとで変更すればいいし)


 アカウント登録後、お腹が休まるまでポチポチとスマホを操作し写真を投稿した。

 ハッシュタグ『カフェ』を付けると、似たようなアカウントからいいねボタンが押される。ちょっと嬉しい気持ちになりながら、紫乃はもう一度手を合わせて席を立った。


 こんな風に、まったりと気ままな時間の使い方を、本当は前世のバイオレットも望んでいたのだ。



 ***



 週末明け、予備メガネを掛けて学校に到着すると、なぜだか救急車やパトカーが多く停まっていた。

 立ち入り禁止の黄色いテープが貼られ、校門は生徒や野次馬で溢れかえり騒然としている。


 ちょうど近くに紫乃のクラスの担任がいたので、聞いてみることにした。


「なにがあったんですか?」

「それが……って、山田じゃないか! どうしたんだ金曜は急に早退して!」

「ちょっと気分が悪くて。それより学校でなにかあったんですか?」


 釈然としていない担任に話を聞き出したところ、どうやら校内に突然瘴気ゲートが発生したらしい。

 それによって魔物と魔獣が数体校内を徘徊しているそうだ。

 しかも数人の生徒が取り残されており、紫乃をパシっていた陽キャグループと、そんな奴らにイジメられていた他クラスの生徒だという。


(私をパシるに飽き足らず、他のクラスの人もイジメてたなんて。というか、イジメてるって知ってたのに放任してたんだこの担任)


 紫乃はムッと眉をしかめ、「教えてくれてありがとうございます」と言って担任から離れていく。


「まて山田! どこに行くつもりだ!」

「ここにいても邪魔になってしまうので帰ります。魔物と魔獣が出たなら、今日は休校ですよね」

「た、たしかにそうだが」


 それならそうと知らずに登校してきた他の生徒に知らせればいいのに、と思いながら紫乃は校門から離れていく。

 そういえばあの担任、紫乃のことをあからさまに見下していて、もともとあまり好きではなかったのだ。

 

(裏門も閉鎖されているだろうし、この辺りでいいかな)


 辺りをキョロキョロと確認したあと、休日のときと同様に魔法で自分の姿を透過させた。

 

 紫乃はすんなりと学校の敷地内に入ることに成功し、校内を走る。

 何となく気配がする方向へ進んでいれば、校舎裏で魔物に追い込まれる陽キャグループを発見した。

 紫乃は渡り廊下の窓から校舎裏を覗き込むように顔を出す。


(よかった、怪我はしていないみたい。だけど、魔物だけ?)


 担任の話では魔獣も出現したとのことだが、紫乃が目視で確認できる範囲では、魔物が三体しかいない。イジメられていた生徒の一人も。

 魔獣は魔物よりも知能が高く、頭を使って攻撃してくるため厄介なのだが、どこにいったのだろう。


(考えるより、まずはあの魔物を退治しないと)


 そして紫乃が背後から魔物を倒そうと片手を構えた瞬間、空から雷が落ちてきて、魔物三体に命中した。紫乃の魔法ではなく、別の誰かが放った魔法である。

 直後、どこからともなく現れたのは男子生徒だった。


(あれは)


 見覚えのある後ろ姿に紫乃は目を細める。

 その男子生徒は催眠魔法を施したようで、助けられた陽キャグループは焦げた魔物の前ですやすやと眠っていた。


(……!!)


 自分が介入するまでもなかったと手を下げた時、紫乃は凄まじい気配の動きに気がついた。

 咄嗟に窓に足をかけ、校舎裏へと飛び降りる。


『グルルルル!!!』


 紫乃が飛び降りたと同時に校舎の陰から姿を現したのは、先ほど気になっていた魔獣だった。口には一人の生徒を咥えており、あれがおそらくイジメられていた生徒だろう。


 魔獣は校舎の壁と同化するように潜んでいたようで、男子生徒の背中に噛み付こうと飛びかかった。


「動かないで!」


 背後を取られた男子生徒は、急いで魔法を放とうとする。けれど一足早く、紫乃は落下しながらそう叫んだ。


 近くに木や草が生えていたこともあり、紫乃は植物に意思を伝達させて協力を求める。

 呼応するように地面からは太い蔦が現れ、木の枝も滑らかな動作で長く伸びると、魔獣に巻き付くようにして動きを封じた。

 しばらく魔獣は抵抗していたが、やがて力尽きると首の力を無くして倒れ込んだ。咥えられていた生徒もそのまま地面に落ちる。見た限り命に別状はなさそうだ。

 念の為にと蔦は魔獣に絡ませたまま、紫乃はふうっと息をつく。

 そして近くにいる男子生徒の顔を見上げ、あっと声を出した。


「おしるこくん!?」


 陽キャグループの男に絡まれて以来学校に姿を見せなかったクラスメイトと、紫乃は意外な形で再会を果たしたのだった。



 ***



「……あんた、誰だっけ」


 頭部を掻きながら首を傾げるおしるこ男子は、さっぱりといった様子で紫乃を見下ろした。


(あの時は絡まれていたけど、こうして見ると逆の人種のような)


 無造作でぼさぼさな髪だからと「モサ男」と言われていたが、しっかりした体躯といい話し方といい、なんとも堂々とした立ち姿だった。


「私は同じクラスの山田です」

「山田……ああ、山田……悪い、全く覚えがない」

「……ですよね。だっておしるこをこぼして以来、学校に来てなかったもんね、おしるこくん」

「おしるこ……」


 おしるこ男子はまるで『おしるこ』が何なのかをわかっていないような顔をした。その認識に差を感じて、紫乃は念のため尋ねてみる。


「えっと、おしるこって知ってる? あなたが昼休みに教室でこぼした赤茶色の、白くて柔らかいお餅が入っている」

「ああ、おしるこ。あれのことか。……じゃあ、あんたは」


 合点がいったおしるこ男子は、紫乃のことも思い出したようでじっとこちらを見下ろしてきた。


「それで、あんた……」

「山田紫乃」

「紫――じゃない、山田さんは、魔法士なんだよな。この魔法、自然を操るなんて高度な魔法を」


 捕縛された魔獣を横目におしるこ男子が言った。

 そういえば、おしるこ男子で定着してしまったため、彼の名前を紫乃は覚えていない。


「ああ……えっと、このことは秘密にしてくれないかな?」

「秘密?」

「うん。なんというか、正式な魔法士ではないけど、魔女ではあるというか」

「どういうことだ?」

「んんー、ええー……ちょっと前に、魔法が使えるって気づいたので、申告してなくて」

「ちょっと前に気づいただけで、これだけの魔法が扱えたのか?」


 おしるこ男子は目を見開く。


「いや、魔法は前から使えたんだけど、ちょっと説明しづらいんだよね……」


 さすがに前世がポロネス大陸国の民で"紫の魔女"だったと言うつもりはなかった。

 隠しているわけではないものの、殺された立場なので誰彼構わずに軽はずみな発言をするのは避けたい。


「――レオくん。討伐は終わりましたか?」


 次第におしるこ男子から疑念の眼差しを向けられ始めた時、どこからともなく現れたのはエデン講師だった。


「たった今。魔獣は、この山田さんという方が」

「君は……山田紫乃さんですね? 先週、僕と少しお話したのですが覚えていますか?」

「はい、エデン先生」


 紫乃がこの場にいたことに少しの驚きを見せたエデン講師は、ローブの内側に手を入れる。

 取り出したのは、紫乃がどこかで失くしたと思っていた伊達メガネだった。


「これ、階段で落としたでしょう? あなたのですよね?」

「はい、私のです。ありがとうございます」

「いえいえ……それで、あなたは一体、何者です?」


 紫乃が伊達メガネを受け取った瞬間、エデン講師の纏う空気はガラリと変わる。翠色の瞳は警戒の色を含ませ、魔力がじんわりと滲み出ていた。

 隣にいるおしるこ男子――レオと呼ばれた彼の顔色が全く変化していないところを見ると、紫乃にだけ発せられた圧なのだろう。


 その圧が一種の魔法であると、紫乃はすぐにわかった。

 属性は闇。そういえばエデン講師は光と闇の属性を得意としていた。

 そして、紫乃は心底驚いた。

 自分の勘違いでなければ、エデン講師が放とうとしている魔法は、前世のバイオレットが生み出した魔法だからである。


(自白を促し、精神を揺さぶる闇魔法……!)


 この魔法を教えたのは、たった一人だけだった。

 バイオレットの弟子であった、ある一人の少年に。


『お師匠さま、お師匠さま!』


 頭に声が響いた瞬間、エデン講師の魔法が紫乃に襲いかかるような動きを見せる。紫乃は瞬時に防衛魔法を張り、エデン講師の魔法を打ち消した。

 反動で小さな突風が起こり、掛けていた予備の伊達メガネが軽々と吹っ飛んでいく。髪は後ろに靡いてゆき、砂埃から目を守るように紫乃はぎゅっと瞼を閉じる。


「エデン講師……って、もしかして、あの――泣き虫エデン?」


 突風が収まる頃、紫乃はハッとして顔を前に向ける。

 すぐにエデン講師の驚愕した顔が見えて、確信した。


「お師匠、様……?」


 今にも失いそうな言葉を、必死になって紡いでいるような声。

 エデン講師の目は、すべてがあらわになった紫乃の瞳の色を、食い入るように見つめていた。



 ***



「まさか、こんなことがあるなんて。いやぁ、びっくり」


 エデン講師から伝わる重苦しい空気を払拭しようと、紫乃は無理やり明るい声を出す。

 校内では話しづらいことだったので、学校から少し離れた森林公園で改めて話すことになったはいいものの……。


(エデン、ずっと黙ってる。なんか、怒っているし)


 それから気まずい時間が続き、耐えきれなくなった紫乃は隣にいたレオに声をかける。


「ええと、レオ……さん? は、ポロネスの人だったんだね、それでおしるこが何なのかわからなかったんだ」

「レオでいい。そのおしるこというやつは、仮住まいの管理人が持たせたものだったんだよ。どう食べればいいのか知らなくて近くの席のやつに聞こうと思ったら、落としてな」


 前髪をかきあげたレオの瞳は、赤く染まっている。このもっさりとした髪型は瞳の色を隠すためのものだったのだろう。

 そしておしるこ事件後に学校に来なくなったのは、瘴気と瘴気ゲートの浄化をするため京都に飛んでいたかららしい。


「いいねー京都。飛んで?」

「いや、しんかんせん? というやつだ」

「ああ、新幹線。日本に来たのは、留学のため?」

「ああ、そうだ。本来は二学年に編入するはずだったんだけどな、定員数を超えて一年に」

「それじゃあ、レオは一つ歳上なんだね」

「二つ上。三学年は受験? というもので留学生活するには向かないだろうと、留学先に提示されたのは一、二年だけだ」


 そんな規定があるのかと、紫乃は頷きながら聞いていた。

 そしてレオは留学と、魔法士機関の任務で来日したらしい。


 本名で通すこともできたようだが、目立ってしまうからと日本では「鈴木 レオ」と名乗っているそうだ。


「にしても、あんたが"紫の魔女"の生まれ変わりだったなんてな」

「私って、そんなに知られてるの?」

「今のところ、歴史上の人物で一番に名が挙がるだろうな」

「歴史上て」


 ちなみにポロネス大陸国は現在、バイオレットの死から18年が経過した。隕石衝突でポロネス大陸国が地球に出現した時点では、バイオレットの死後8年が経っていたことになる。


「……、お師匠さま」


 割って入るように、エデン講師が紫乃の名前を呼ぶ。

 紫乃とレオはぎょっとした。

 今まで黙っていたエデン講師が、ぽろぽろと涙を流していたからである。


「エデン、あの、大丈夫?」

「大丈夫なわけありません。なぜあなたはそんなに平然とされているんです」

「これでも色々とびっくりはしているんだけど」

「あなたは! ……あなたは、亡くなったと聞いていたんです。突然、いなくなってしまって。訳が分からず……あなたを失ったとき、皆がどれだけっ」

「……ごめんなさい」


 急に申し訳なくなってきて、紫乃は肩を落として謝る。

 バイオレットの死後、ほかの弟子を含めエデン講師には多くの混乱を招いてしまったのだろう。


(死んだ原因が聖女教団だってことは、知らないみたい)


「あなたは強い人だった。それなのに、ドラゴンに背後を取られて死ぬなんて……っ」


 どうやら聖女教団は、バイオレットの死因をドラゴンによる襲撃だと知らされたそうだ。全く違うことに教団に対して腹が立ったが、いくら前世の弟子でもポロネスの人間であるエデン講師に教団のことを話すのは躊躇われた。


「ごめんね、死んじゃって。こうしてまた会えて、私は嬉しいよ」


 よしよしと、紫乃はあの頃のようにエデン講師の頭を撫でる。三人の周りには姿消しの魔法を張っているため、制服姿の紫乃がエデン講師に触れていようと見られることはなかった。このご時世、どこで誰が見ているのかわからないので防衛は大切である。


「国に帰れば、きっと皆喜ばれます。紫の魔女が戻ってきたのだと、ほかの弟子たちだって……!」

「それは、ちょっと」

「なぜです!?」

「今の私は山田紫乃で、バイオレットじゃない。ちゃんと山田紫乃として暮らしたいし、紫の魔女だって騒がれて身動き取れなくなるのも困るから」


 きっぱりと断言する紫乃に、エデン講師は残念そうに眉尻を下げた。

 それと、エデン講師のことは思い出せたものの、ほかの弟子たちと言われても実はピンときていない。会えばわかるのかもしれないけれど。


「……では、一つだけ約束してくださいませんか」

「うん?」

「もう、いきなり居なくならないでください。急に死なないでください」

「うん……それは、もちろん。このご時世、急に死んだら大事だし、そう簡単に死ぬつもりはないよ。だって……やりたいこともあるからね!」

「やりたいこと?」


 エデン講師は不思議そうに首を傾け、同じくレオもなんだろうと興味を持った様子だった。



 ***



「お師匠さま、随分と食べますねぇ」

「せっかく鎌倉に来たんだから、食べまくるよ!」

「よくそんなに胃に入るな」

 

 あれから数週間が経過した。

 前世の記憶を思い出した紫乃は、バイオレットのときにできなかった娯楽を大いに満喫していた。


 一人で楽しんだり、こうしてエデン講師とレオを連れたりと、今のところは都内と近場の県に限定して巡っている。


「小町通りを歩いて、この先にある鶴岡八幡宮に行こう。あ、レオは聖女教? それでもお参りはできるけど」


 聖女教団は熱心が信徒が多いため、他宗教を嫌煙する者もいる。念のために聞いてみた。


「違うし、どこも信仰してない」

「そっか。それじゃあ行こう!」


 遊びに付き合ってもらう代わりに、紫乃はたまにエデン講師やレオの手伝いで瘴気と瘴気ゲートの浄化を行っている。バイト代も貰っていた。

 あくまでひっそりと、浄化のお手柄はすべて二人のものにして、紫乃は今まで以上に現代での生活を楽しく過ごしていた。


 学校で紫乃をパシリにしていた陽キャグループは、以前の瘴気ゲート発生の件で停学処分となった。

 というのも、学校で発生した瘴気ゲートの原因は、彼らがイジメていた生徒のストレスが膨れ上がり発生したものだったのだ。

 数週間が経過し陽キャグループは学校に戻ってきたが、ほかの生徒たちから白い目を向けられるようになり、すっかり大人しくなった。


 一応、イジメられていた生徒には精神安定の魔法を後日紫乃がこっそり施したので、しばらくは瘴気が生まれることもないだろう。

 紫乃がいる以上、定期的に瘴気の浄化をしているので、学校はもう安全である。


「あ、見て! すっごいいいね付いた」

「何度見ても不思議なものだな……この小さな道具で、絵が世界中の人間の目に入るなんて」

「写真ね」

「えすえぬえす、というやつだろ」

「そうそう、SNS。これはオンスタグラム」


 日々の記録として投稿していた紫乃だが、これがなかなかにハマってしまい、出かけるたびについつい投稿してしまう。


 さて、次の休みはどこに行こう。なにをしよう。

 紫乃はまた、頭の中で楽しみを一つ一つ増やしていった。



────────────────



ありがとうございました。


異世界魔女は書いてますが、現代魔女も書いてみたかったので……。

本作は本編をさっくり終わらせ、一話完結の短編を思いついたときに投稿していくオムニバス形式?的な感じに出来ればと思います。


可愛い子には旅をさせたいので、色んなところに遊びに行ってもらいたい()

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