第22話 夢
「ガイゼル…俺に託したい夢って、なんなんだ…?」
魔族から死の呪いを受けたガイゼルは苦しみながらも必死に話を続ける。
「誰もが笑顔でいられる世界を見たい…。お前はオリヴィエ殿にそう言ったそうだな…?」
それは確かに俺が転生してきて間もない時にオリヴィエに言った言葉ではあった。しかし…。
「違うんだガイゼル…。あれは口から出まかせで…、俺は本当は…」
俺の言葉を遮るようにガイゼルが続けて言う。
「アルベルト様も…いつも同じことをおっしゃっていた…」
「アルベルトが…?」
ガイゼルは遠くを見るような目をしながら首肯する。
「以前、領地を視察した時にも話したが、この国は…、いや、この世界は根深い歪みを抱えている…。幸福な人間がいる陰で不幸にあえぎ苦しむ者がいる。これは動かしがたい事実だ…。そして、それを変えることができるのは我々、政を為す者だけだ…」
つっかえつっかえ話すガイゼルの言葉に俺は静かに耳を傾ける。
「しかし、そんな立場にありながら、私は長年その事実から目を反らしてきた…。これは仕方のないことだと、そんな言い訳をして逃げてきた…」
「逃げる・・・?」
「そうだ…。お前は前世では逃げ続ける人生だったと、そうオリヴィエ殿から聞いた…。お前はそれを恥じているようだが…それは私も同じだ…」
嫌なことや苦しいこと、都合の悪いことから逃げて逃げて、それで余計にどうしようもなくなっていくだけの人生。それが俺の人生だった。
俺にはそんなクズの人生とガイゼルの生きてきた人生が同じだなどとは微塵も思えなかった。
「何言ってんだよ?ガイゼルはやるべきことをしてきたじゃないか!俺なんかとは違うよ…」
「違わんさ…。己の無力さ、直面する問題から目を反らし、都合の良い言い訳をして目先のことだけに終始する。大小の違いはあれど、一皮むいてしまえば、皆同じなのだ…」
「っ、そんなこと…」
「だが、大抵の者はその自覚をもつこともない…。そんなことは苦しいだけだからな…。しかし、アルベルト様は違った…」
ノノリエはアルベルトを優しさしか取り柄がないと揶揄したが、逆に言えば、否定できないくらいの優しさをアルベルトは持っていたのだろう。
貴族としての責任にまっすぐ向き合って生きようとしていたアルベルト。そんな善人の人生を奪ってしまったのだとしたら、俺はどうやって償えばいいのだろうか・・・?
「ごめん、ガイゼル。俺のせいでアルベルトは…」
「お前のせいではないさ…。そういう運命だったのだろう…。などと言う私も最初はアルベルト様に成り代わったお前を憎らしく思っていた…。しかし、しばらくお前を見ていてその考えは変わった…。この世界でお前は、いつでも逃げることができる力を持ちながらも困難から逃げなかった。それは何のためだ…?」
「何のためって…。俺は…ただ…」
「うまく言えないが、私はお前にアルベルト様と同じ何かを感じた…。お前はさっきの言葉を口からでまかせだと言ったが、それは本当はお前が無意識の奥にしまい込んでいた想いなのではないか?」
「まさか…、俺はそんな人間じゃ…」
「シンゴ、お前がこの世界に来たのは偶然かもしれない。しかし、お前が今ここにいるのはお前がそれを選んだからだ。だから、私はお前を信じようと思えた。そして、お前は私の信頼に応えてくれた。そんなお前になら私の夢を託せると思った…」
ガイゼルの話を聞いているうちに俺は、胸の奥から何かが込み上げてくるのを感じた。それはとても温かかった。なのに…。
「…泣くな、シンゴ…」
「うっ、ガイゼル…。俺…、俺は…!」
ガイゼルは真剣な眼差しで涙で潤んだ俺の瞳を見据えて言った。
「シンゴ、お前はクズなどではない…。お前は他人のためにそうやって涙を流すことができる奴だ…。その気持ちに…嘘はないはずだ…」
俺は膝をつき、こらえきれずにボロボロと大粒の涙を流していた。
「ガイゼル殿!?シンゴ!何故呼びに来なかった!?呪いが活性化している…!これではもう…っ」
戻ってきたオリヴィエは必死の形相でガイゼルの解呪を試みるが呪いの勢いは止められない。むしろガイゼルは次第に弱っていく。
「シ…ンゴ…。そこに…いるか?」
「いるよ…!ガイゼル…!俺はここにいる!」
「どんな…システムを…築いても…取りこぼされる者が…いる…。身分制、も…実力主義も…苦しみを…生む…」
意識が朦朧とする中でガイゼルは必死に言葉を絞り出す。
「どう…すれば、変えられるのか…。そ…れは…分から…ない。だが…」
「ダメだ、ガイゼル!負けないでくれ!頼む…!みんなが笑える世界があんたの夢なんだろ?だったらこんなところで終わったらダメだ!」
「私の…夢は…託し…たぞ…」
そう言うとガイゼルはとうとう、ぐったりとして動かなくなった。そして、程なくして、息を引き取った。
「ガイゼル…!?おい!ガイゼル…!ガイゼル!!!」
「シンゴ…」
オリヴィエは俺の肩に手を置いて、黙って首を振った。
「ガイゼル殿…、どうか安らかにお眠りください…」
「ちくしょう!ちくしょう!」
俺は床に跪きながら滂沱の涙を流す。
オリヴィエはそんな俺の頭をそっと抱きかかえるようにして静かに言った。
「きっとガイゼル殿は安心して旅立たれたはずだ…。シンゴ…ガイゼル殿が託した夢を忘れぬ限り、ガイゼル殿は私たちの心の中で生きている…。そうだろ?」
そのオリヴィエの言葉を聞いた時、俺の中で何かがプツンと切れた。
「うわぁああああああああ!!!」
押し寄せる悲しみに飲まれ、もはや恥も臆面もなく、俺はただただ泣き叫ぶことしかできなかった。
「そうか…。いいさ、好きなだけ泣いておけ…。今だけは…」
オリヴィエは俺が泣き止むまで、静かに俺を抱きしめ続けてくれた。
そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。
なんとか落ち着いた俺は、小さな声で、しかし、万感の想いを込めて己の心に深く刻み込むように言った。
「決めたよ…オリヴィエ…。ガイゼルの夢は、俺が叶える…!」
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無限異世界転生スキルを手に入れた俺はダラダラ生きたいだけで無双とかハーレムとかは興味ないんだが? 日暮橋 @higurebashi
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