第20話 目覚めし心

 魔族の襲撃を受けたゴーベルスタインの屋敷は炎上し、俺とガイゼルは上級魔族の男と戦っていた。


「ガイゼル!あの剣に魔力を吸われない距離まで下がるぞ!見栄切ったところで悪いけど、体勢を立て直す!」


「おう!」


「おやおや、さっきの威勢は虚勢でしたか?逃がしはしませんよ」


 魔族の男は距離を離そうとする俺たちを追って来る。


「ちっ・・・!あの野郎ついて来やがる・・・。このままじゃジリ貧だ!」


「シンゴ、私が合図したら振り返らずに後ろへ跳べ」


 そう言うとガイゼルは裏庭にいくつか置かれている灯ろうの一つに手を置いた。


 俺は少し戸惑いつつも頷くと、ガイゼルの合図を待った。


「今だ!」


 ガイゼルは灯ろうにはめ込まれた、淡い光を放つ水晶のような石を抜き取ると魔族に向かって投げた。


「こんなもの―――」


 魔族は剣で石を切り払おうとしたが、石は剣に触れる前に破裂して激しい光を放つ。


「ぐっ!目くらましか!?小癪なっ!」


 閃光で視界を奪われた魔族は動きを止めて目を押さえている。


 俺とガイゼルはその隙になんとか敵との距離を離すことに成功した。


 ガイゼルは負傷した右肩の傷口にすばやくネクタイを巻いて応急処置をすると俺に向かって指示を出す。


「よし、これなら右腕もまだ使えそうだ。私が時間を稼ぐから、お前は何か打開策を考えてくれ!」


 俺の返事を待たずにガイゼルは再び敵に向かっていった。


「せい!はっ!ふんっ!」


 敵は余裕ぶったことをさんざん言っていたが、ガイゼルの流麗な槍さばきの前にヤツは見事に抑え込まれている。


「くっ、このじじい!」


 一方で魔力で身体強化した上での近接戦闘も遠距離攻撃も封じられた俺にできるのはもう知恵を絞ることくらいしかない。


「遠くからでもできる攻撃手段・・・。ヴェルナルドの衝撃波を使うか?いや、あの技は細かいコントロールが利かない。この状況だとガイゼルを巻き込んじまう・・・」


 ガイゼルは今のところ上手く敵を引き付けてくれているが、負傷している腕をかばいながらではいつまでもつかは分からない。


「早くなんとかしないと・・・!」


 ガイゼルはこんな俺を信じて戦ってくれている。なんとかしてその気持ちに応えたい。


 魔力で生成したものは炎でも槍でも、魔力に還元できてしまうからすぐにあの剣で吸収されてしまって通用しないだろう。


 ならば、選択肢はひとつ、魔力に依存しない物体を利用するしかない。


「だったら・・・これでどうだ!」


 俺は空中に浮かび上がると、直下の地面に両手を向けてえぐり取るような動作をする。

 

 すると、地面には直径10メートルはある大穴が空き、そこに収まっていた土砂は土煙を立てながら俺の眼前に浮かび上がった。


「はっ!」


 俺は両手で見えない何かを押しつぶすように力を込める。


「おおおおおお!」


 宙に浮いた土砂は俺の魔法によって圧縮され、硬く高密度な巨岩へと変貌していく。


 最終的に5メートル四方のブロックになったそれを伴って、俺は敵のはるか頭上50メートル以上まで上昇した。

 

 そして、空に浮かべた岩の上に乗った俺はそこから敵目がけて一直線に落下し始める。


 5トン以上はある重量による重力加速度に加えて魔力の推進力で凶悪な質量兵器と化した岩石はもはや誰にも止められないほどの位置エネルギーと運動エネルギー

で以って敵を圧殺するべく迫っていく。


「何!?」


 ガイゼルとの戦いで気づくのが遅れた敵は驚愕の眼差しで巨岩を見やる。


「あいつ、また無茶なことを・・・」


 ガイゼルは俺の狙いをすぐに理解し、巻き込まれないように敵から離れて距離を取る。


「喰らえ!グランドハンマァアアアア!!!」


 俺はギリギリまで魔力で岩の軌道をコントロールしながら、魔族の男目がけて必殺の一撃を叩き込んだ。


「くっ!こんなもの!こんなものおおおおお!」


 もはや落下時の衝撃の余波などを考えると避け切ることはほぼ不可能となった巨岩を前に、敵は目を血走らせながら全力で剣から闇の魔力を放って岩を破壊しようとする。


 しかし、奮闘もむなしく巨岩はビクともせず敵に肉薄し、ついには轟音を響かせながら地面に激突した。


「やったか!?」


 俺とガイゼルはそれぞれ吹き飛びめくれ上がった地面が大量の土煙となって空中を漂う中で攻撃の成果を確認しようと目を凝らす。


 だんだんと土煙がおさまっていき、しばらくするとそこには地面に深くめり込んだ大岩だけが存在感を放っていた。


「・・・意外とあっけなかったな。・・・しかし・・・」


 やるかやられるかの状態でかつ相手が魔族だったとはいえ、生き物から命を奪ってしまったという事実が俺の心に重くのしかかる。


「・・・一応大岩の下に穴を掘って隠れていたりしないかだけ確認しておくか・・・」


「用心しろよ」


 そうして、俺がゆっくりと岩の方に歩いて一、二メートルのところまで近づいた時だった。


 俺の目の前の巨岩が突然に砕けて中から悪鬼を思わせる異形の化け物が飛び出して来た。


「なんだと!?」


「やってくれましたね・・・人間・・・!」


 化け物と化した魔族は紫がかった体色で着衣はしていないが、皮膚そのものが鎧のように変化しており、禍々しい魔力をまとっていた。


「まさか、こんなところでこの姿を晒すことになるとは」


「ガイゼル!あいつ変身しやがったぞ!?」


「こんなのは私も初めて見る。気を付けろ、シンゴ・・・!」


 魔族の手には魔剣がしっかりと握られているが、その刀身は無くなっていた。


「驚きましたか?この姿は私自身の魔力を食わせて魔剣と同化した結果です。こうなると二度と元には戻れませんが・・・。はっ!!」


 魔族が魔剣に力を込めると全身にまとっていた禍々しい魔力が剣に集まって黒くて不定形の魔力の刃を形作った。


「私をこんな醜い姿に変えてくれたお礼にお二人は、ゆっくりたっぷり、原形がなくなるまで切り刻んで差し上げましょう・・・!」


 魔族の男は口調こそ変わらないが、声色には激しい怒りをにじませていた。


 俺とガイゼルは無言で目を合わせて再び戦闘態勢を取る。


「また、先ほどと同じようなことをするつもりですか?無駄ですよ。今の私は・・・」


 魔族は距離を取ろうとしていた俺に一瞬で追いついて俺の首を鷲掴みにするとものすごい勢いで俺の魔力を吸収し始めた。


「最強です」


「ぐわああああああ!!!」


「シンゴ!!!」


 ガイゼルはなんとか俺を助けようとして敵に向かって行ったが、ものすごい勢いであふれ出る禍々しい魔力に阻まれて近づけない。


「ふっふっふっ・・・、聖痕の魔力の味はなかなかに悪くないですねえ、全て吸い尽くして闇の魔力に変換すれば、私はさらに階級の高い魔族となれることでしょう」


「ぐっ、かはっ・・・」


 俺は何の抵抗もできずに無理やり聖痕から魔力を引き出されていく。


 体への負荷を無視して大量に魔力を引き出されて、俺の意識は朦朧とし始めていた。


「光栄に思ってくださいね。あなたのような負け犬のクズがこの私の役に立てるのですからねえ」


 負け犬のクズ。


 辛いことや苦しいことから逃げ続けた結果どうにもならないドツボにはまっていた自分は間違いなくそう呼ばれて当然の存在だった。


 そうだ。異世界に来て、オリヴィエやガイゼルたちと出会って、何かが変わったような気になっていたが、それは全て誰かや何かにお膳立てされていたからできただけのことだ。


 結局、俺自身の性質は何も変わってはいない。その証拠に今俺の中にあるのは苦しみから逃れたい、解放されたいという気持ちだけだ。


 もはや、ここから逆転する方法などは全く思いつかない。


 やはり、俺には無理だったんだ。

 

 ダメ人間の俺には何も出来はしない。


 なら、やっぱり逃げるしかない。


 そして、今の俺には無限転生スキルという、無限に逃げ続けることができる手段がある。


 この辺りが潮時か・・・。

 

 そうして薄れいく意識の中ですべてを諦めかけていた時だった。


「諦めるな!シンゴ!!!」


「ガ・・・イ・・・ゼル?」


「そいつが何と言おうと、お前はクズなどではないぞ!だから負けるな!最後まであがいて見せろ!」


 そう叫びながら、ガイゼルは荒れ狂う魔力の奔流の中、ディバイドリッパーを使ってなんとか魔力を打ち消し、受け流して必死でこちらに近づこうとしていた。


「諦めの悪いじじいですねえ。しかし、ふふっ、その滑稽さは実に笑えますよ。どうせここまでたどり着くことなどできるわけもありませんし、特別にこのクズが朽ち果てていくのを特等席で見届けさせてあげますよ」


「ぐ、ぬおおおおおおお!!」


 しかし、ガイゼルは諦めない。


 必死に踏ん張って、少しでも前に進もうとする。


 力み過ぎて、負傷した右肩からだらだらと血が流れようとも構わず、歩みを止めようとはしない。



「もう・・・いい。に・・・げろ。ガイ・・・ゼル・・・・」


 俺はなんとか声を絞り出して、そんなガイゼルを制止しようとする。


 それでもガイゼルは逃げることなく、逆に俺に声をかけ続けた。


「こっちに来てから、お前は逃げずに戦ってきたはずだ!それを思い出せ!私はお前を信じている!だから諦めるな!」


 どうして俺なんかのためにそこまで・・・。


 ガイゼルの言葉の一つ一つが乾き切っていた俺の心に染み渡るように響く。


 絶体絶命の絶望的な状況の中にありながら、俺は今まで経験したことがないほどに胸の奥が熱くなるのを感じた。


 俺の頭の中で先刻のガイゼルの言葉が蘇る。


 『今のお前は一人ではない。オリヴィエ殿も私もお前の味方だ。そうして助け合えばこそ、人はみな己の弱さと戦えるのだ。だから負けるな、シンゴ』


 その時、


 ―俺は一人じゃない―


 、そう思えた。



 今まで俺のことをこんなに信じてくれる人は一人もいなかった。


 親も兄弟も、クラスメイトや教師も、その他の周りの人々も、堕落していく俺を哀れみはしても、信じてはくれなかった。


 そうだ。俺はただ、誰かに信じて欲しかったんだ。


 俺にもできると、だから逃げるなと。


 ただ俺のことを心から信じて、そう言ってくれる人が欲しかった。


 でも、そんなのは甘えだと、心のどこかにしまい込んで忘れかけていた気持ち。


 それを、思い出した。


 そうしたら、ある思いが込み上げてきた。




 ・・・負けたく・・・ない!


  

 

 そうだ、俺は!


「負けたくない・・・!」


 俺は力を振り絞って、自分の首を掴んでいる魔族の腕を掴み返す。


「おや?今更なんのつもりですか?」


「俺は・・・負けない・・・!」


「はぁ・・・?そうですか、せいぜいがんばってください」


 初め、そう言って魔族は俺を嘲笑っていたが、次第に真顔になっていく。


「なんだ?聖痕から出る魔力が増えている?」


「どうした?お望み通り、魔力ならくれてやるってんだよ。ありがたく受け取りやがれ・・・!」


「これはっ!?バカな!?魔力を吸い切れない!?ぐっ、ダメだ!溢れるっ!!!」


 俺は相手の吸収能力が追い付かないほど莫大な量の魔力を一気に放ち、急激に魔力を吸収しすぎた魔族は魔力のオーバーフローから生じた反発力によってその場から弾き飛ばされた。


「くっ!こんなことはありえない!」


「だったらもう一度試してみろよ!」


 俺は近接戦用の魔法を発動して、敵に向かっていく。


 魔族は俺から魔力を吸っても吸っても、一向に減ることがないことに気づくと、その異形の顔に驚愕の色を浮かべた。


「貴様は一体!?」


「決まってんだろ?俺は、スギタシンゴだ!!!」


 気おされながらも魔族は魔剣をふるって俺に対抗しようとするが、俺は今までに感じたことのないほどの力を発揮して敵の顔面を殴りつけた。


 殴られた魔族は裏庭の木々を何本もなぎ倒しながら吹き飛ばされる。


「ぐわああああああ!!!」


「まだ倒れるんじゃねえぞ!今からてめえを徹底的にぶちのめしてやる!覚悟しろ!」


 そして俺は振り返ってガイゼルに笑いかけて言った。


「わりぃ、みっともねえとこ見せちまったな」


「ふっ、まったく世話の焼けるヤツだ。さあ!さっさと片付けてこい!」


「おう!」


 俺は再び敵に向かっていき、その姿を見てガイゼルは満足げに微笑むのだった。

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