第19話 戦闘開始

 燃え盛るゴーベルスタインの屋敷を目の当たりにして、居ても立っても居られなくなった俺は危険も顧みずに屋敷に飛び込もうとする。


 その時、背後から声が響いた。


「待て!シンゴ!!!」


「ガイゼル!?無事か!?」


 身長ほどの長さがある槍を手にしながら俺の前に現れたガイゼルは体のあちこちにいくらか傷を負ってはいたが無事なようだった。

 

「何があったんだ!?ほかのみんなは?」


「襲撃だ。敵の正体は不明だが魔法を扱えるところを見るに恐らく魔族だろうな。だが安心しろ、私以外の者は既に避難させた」


 そう説明しながらガイゼルは俺を屋敷の裏庭の開けた空間に誘導する。


「何で裏庭に?みんなが逃げたなら俺たちも逃げた方がいいんじゃないか?」


「敵の狙いは十中八九、私が作成した報告書だ。もし私たちがこれを持って逃げれば、無関係の者に被害が及ぶ懸念がある」


 ガイゼルは懐にしまった報告書を俺に見せながらそう語った。


「そうか・・・。じゃあここで敵を迎え撃とうってことか。敵は何人なんだ?」


「人数は一人のはずだ。少なくとも最初はそうだった。だが数えても意味はない」


「ん?どういう意味だ?」


 俺がガイゼルにそう問いかけたとき、先ほど俺が乗っていた馬車を襲撃してきた黒装束の連中が屋敷の塀を飛び越えて裏庭に集まってきた。

  

「ちっ、来やがったか!」


「やはり戻ってきたな・・・。シンゴ、奴らは分身をする。気を付けろ!」


「分身?」


 前にオリヴィエに聞いた話では分身は増やせば増やすほど一人一人は単純な行動しかできなくなるし、魔力も分散するので戦闘には向かないということだったはずだ。

 

 とは言え、数の不利は無視できない。

 

 その上魔法を使ってくるとなれば尚更だ。


「ガイゼルは皆を逃がす間、一人であいつらを食い止めてたのか?」


「ああ、オリヴィエ殿から譲り受けたこの槍、ディバイドリッパーが無ければ、とうにやられていただろうがな」


「オリヴィエが研究していた対魔法用の槍か、魔力を切り裂くとかって話の。完成してたんだな」


 などと話している間にも敵は分身を増やして、倍の12人になると俺たちをぐるりと包囲した。


「おいガイゼル、どうする?完全に囲まれたぞ」


「あれだけ増えたとなれば奴らは相当単純な動きしかできんし、そもそも魔法も詠唱なしでは使えない。私とお前なら、十分に戦えるはずだ!」


「分かった。魔族と戦うのは初めてだけど、やってやるよ!」


 先手必勝、俺は、背後の6人はガイゼルに任せて、正面の6人に向かって踏み込み一気に距離を詰める。


「詠唱する暇があると思うなよ!」


 接近する俺に対して敵の分身たちはいっせいに襲い掛かってきたが、オリヴィエやガイゼルが言う通り、動きは単調で相手にもならないレベルだ。


 これならいける。

 

 俺は近接戦闘で次々と分身をなぎ倒し、地面に沈めていく。


 一人目は殴り飛ばし、二人目は蹴り飛ばし、三人目は投げ飛ばして四人目も巻き込んでノックアウト、五人目と六人目はタイミングを合わせて俺に殴りかかってきたが、軽くいなしてカウンターを決めた。


「なんだよ。たいしたことねえな。ガイゼル!そっちはどうだ?」


 ガイゼルの方を見やると、ガイゼルも丁度六人目を槍の石突で殴って昏倒させたところだった。


「やるじゃねえかよ。まだまだ隠居するには早いな」


「なに、伊達に二度の人魔大戦を生き抜いてはいないということだ」


 俺とガイゼルはそんな会話を交わすと倒した敵たちの詳しい正体を調べようと黒ずくめの装束をひっぺがしにかかろうとした。


「ブラボー!やりますねぇ。やはり下級魔族の分身ごときでは相手になりませんか・・・」


 その見知らぬ声の方に振り向くと、裏庭の木々の下の暗がりから現れたそいつはパーティーの参加者のような服装をしていた。


 ぱっと見は人間と変わりない。

 

 髪を肩まで伸ばした細面で切れ長の目をした青年だが、その頭から鬼のような二本の角を生やしている。


「てめえ・・・何者だ!」


「見ての通り、あなた方の言うところの魔族ですよ。それもとびっきり上級のね」


「その服、まさかパーティー会場に・・・」


「ええ、おりました。あなたを監視するためにね。もうしばらくパーティを楽しんでいてくれれば私がわざわざ出るまでもなかったんですがねえ」


 上級魔族を自称するそいつがブツブツと短く何かの呪文を唱えると、分身していた下級魔族は一人に戻った。


「さて、役立たずには消えてもらいましょうか」


 そう言うと上級魔族は虚空から禍々しい剣を取り出すと倒れ伏す下級魔族の首を刎ねた。


 すると殺された下級魔族は黒い瘴気のようなものに変わって跡形もなく消えてしまった。


「てめえ・・・自分の仲間を!?」


「仲間?人間はつくづく愚かですねえ。この世は力こそすべて、弱者は強者に利用されるためにのみ存在を許されているだけの、いくらでも替えの利く消耗品に過ぎません。要するに、ただの捨て駒です」


「外道が・・・。てめえがどれだけ偉いのか知らねえが、力がすべてだと言うなら、ここで俺にやられても文句は言わせねえぞ?」


 俺の言葉を聞くと魔族は腹を抱えてケラケラと嗤った。


「いや、失礼。たかだか一つ聖痕を刻んでいる程度でそこまで吠えるとはね。無知というのは怖いですねえ」


「何だと・・・てめえ、どういう意味だ!?」


「キャンキャンとうるさいですねえ。吠え癖のついた駄犬は、永遠に黙らせて差し上げましょう♪」


 魔族の男は剣を構えると俺たちに切りかかってきた。


 その動きは速く鋭かったが、言ってしまえばただそれだけだ。


 以前手合わせした剣聖ヴェルナルドの研ぎ澄まされた剣捌きと比べれば、技のキレも冴えも数段劣る。


「この程度!」


 俺は相手の攻撃を全て見切って躱した。


 そして、比較的大ぶりな攻撃で相手の体勢が乱れた隙に素早く後退して距離を取り、遠距離から魔力弾で反撃をお見舞いする。


「喰らいやがれ!」


 魔力弾は弾丸サイズのものを五発と、ダメ押しに野球ボールくらいのものが一発で計六発。


 それも同時にではなく時間差で着弾するように放ったので完璧に躱すのは至難の業だ。


「もらった!」


 その時、俺は勝利を確信していた。


 しかし―――。


「ふふっ、やはり、愚かですねえ」


「なんだとっ!?」


 驚く俺の目の前で俺の放った魔力弾は魔族が構える剣に吸い込まれるようにして全て消えてしまった。 


「これはお礼をしなくてはいけませんねえ?」


 魔族が持つ剣には気づくと目視できるほど強力で真っ黒い闇の魔力がまとわりついていて、ヤツが剣を振るう度にそれが空中を飛ぶ斬撃となって俺たちに襲い掛かってきた。


「魔力を吸収して斬撃に変える剣だと!?」


「シンゴ!私の後ろに下がれ!」


 ガイゼルはそう叫ぶと、飛んできた斬撃を槍で全て切り捨てた。


「ふむ、やはりその槍は厄介ですねえ。魔力の結合を断ち切る魔槍。まずはそちらから片付けるとしましょうか」


「させるか!」


 俺は魔力を吸収されないようにバトルスタイルを近接戦闘に切り替えて、相手に挑みかかった。


「おやおや、本当にお馬鹿さんですねえ」


「くっ!力が・・・抜ける!?」


 奴の剣は一定の範囲内でなら、俺の体内にある魔力をも遠隔から奪い取れるらしい。


 だがそれに気づいた時には俺はもう相手の間合い深くに踏み込んでしまっていた。


 そんな俺の喉元に敵の剣が迫って来る。


「これで終わりです!」


「シンゴ!」


 その瞬間、俺は前世で車にはねられて死んだときのことを思い出した。


 あ、死んだ。


 そこで俺の第二の人生はまたもや、あっけなく終わるかと思われた。


 しかし、その刹那、ガイゼルが体を張って俺を庇おうとして飛び出して来た。


「ガイゼル!?よせ!!!」


 俺はそう叫んだが、時すでに遅かった。


 ガイゼルは敵の剣自体はなんとか槍で防いだものの、遅れて来る闇の魔力を避けきれず、右肩に傷を負ってしまった。


「ぐっ・・・!せえええい!!!」


 負傷したガイゼルは、それでも力を振り絞り、右腕はだらりと下しながらも、左腕だけで槍を振るって魔族を後退させた。


「シンゴ、冷静になれ!一人で戦おうとするな!」


「ガイゼル!すまない!俺のせいでっ」


「気にするな、このくらいなんでもない。私はまだ戦える!」


「ガイゼル・・・、分かった!力を貸してくれ!」


「それでいい」


 ガイゼルの喝を受けて、俺は乱れかけた思考が整いだす感覚を覚えた。


「ははっ、笑えますねえ。死にぞこないの老いぼれと無知で哀れなが手を組んだところで私の敵ではありません。二人仲良くあの世に送って差し上げましょう」


「なんだと!?てめえ、今なんて!?」


 転生者、あいつは確かにそう言った。まさか、俺のことを知っているというのか?


「スギタシンゴ。転生して色々な力を得ても、所詮あなたの根本は怠惰で無気力などうしようもないクズなのですよ。それを今から思い知らせて差し上げます」


「くっ、俺はっ・・・・!」


 精神的に弱い部分を突かれて、せっかく整い始めていた思考がまた乱れ始める。


「シンゴ、落ち着け!あんな言葉くらいで心を乱すな!」


 ガイゼルは俺の前に出て背中を向けたままで言う。


「今のお前は一人ではない。オリヴィエ殿も私もお前の味方だ。そうして助け合えばこそ、人はみな己の弱さと戦えるのだ。だから負けるな、シンゴ」


「ガイゼル・・・」


 俺は・・・一人じゃない。そうか、そうだった。俺は・・・・。


「ありがとうガイゼル。もう大丈夫だ」


「さあ、蹴散らすぞシンゴ!ゴーベルスタインが一番槍!ガイゼル・ハウゼン!押して参る!!!」


「同じくアルベルト・・・いや・・・。スギタシンゴ!まかり通る!」

 

 その日の戦いを俺は一生忘れることはないだろう。


 思えばあの日こそがすべての始まりだった。


 果てしなく続く、転生の道。


 その先に何があるのか、その時の俺はそれをまだ知らなかった。

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