第18話 宴の夜に

「おーい、弟子。準備はできたか?」


と、夕刻にドレス姿で屋敷に現れたオリヴィエが俺に尋ねる。


オリヴィエのドレスはバッサリと背中が空いているが、それでいて上品さを損なうこと無く、ところどころにあしらわれたレース編みが良いアクセントとなっていてまさに大人の女性という感じで実に様になっていた。


「おう、多分大丈夫だと思うけど一応チェックしてくれ」


一方俺は、ガチガチの正装ではなく、ダンスをすることなども想定したパーティー用の少し軽めの生地で出来た装飾も抑えめの衣装で身を包んでいた。


「馬子にも衣裳ってやつだな。着こなしは問題ない。だが、アルベルトらしくマナーを守った振る舞いを心掛けろよ」


「最低限のことだけは昼間メイドさんたちに教えてもらったけど、正直自信ねえから、なんかあったら師匠がフォローしてくれよな?」


「ま、致し方ないな。いいだろう、請け負った」


 身支度を整えた俺とオリヴィエは日のあるうちに王宮に向かって馬車で出発した

 最初は慣れなかったが、馬車に乗るのもすっかり当たり前のことになってしまったな、とか益体のないことを考えていると、オリヴィエは独り言のようにこう呟いた。


「王族はもちろんのこと、大臣や元帥から有力商人まで、けっこうな面子をこうも急に呼びつけるとはな、忠誠心を測っているのか、それとも何か重大な発表でもあるのか・・・」


「どっちにしろ、はた迷惑な話だぜ。エルクト王って実はパリピなのか?」


「ぱりぴ、とはなんだ?翻訳スキルがあっても、該当する言葉がないときがあるのは困りものだな」


 パーリーピーポー、という言葉の意味を簡単に説明するとオリヴィエはクスクスと笑った。


「またバカな冗談を。お前流に返すなら草が生えるとかいうやつだな」


「うぇっ、師匠が草とか言うようになっちまうとは・・・。なんか複雑な気分だな・・・」


 そんな風にバカなことを話して、いい感じに緊張もほぐれてきたところで王宮に到着した。


 既に日が沈んだ中で煌々と照らされた門前では近衛兵や応接係がゲストを迎えてくれていた。


「ゴーベルスタイン家御一行様ですね。お待ちしておりました。ただいま会場までご案内致します」


「ええ、よしなに」


 オリヴィエがすました顔で俺の代わりに受け答えする。


 そして、案内されるがままに王宮内を進んで、俺たちはパーティー会場のホールにたどり着いた。


 そこにはすでに百人をこえる大勢の来賓が集まっていた。


 皆、開会の時を待ちつつも、ところどころで早くも談笑が起こっていて、とてもにぎやかだ。


「あと十分ほどで始まるらしいからあいさつ回りは後だな」


「ああ、分かった。よろしく頼む、オリヴィエ」


 大勢の人間の前なので、俺は極力アルベルトっぽい振る舞いを心がけてパーティーの開会を待った。


 待っていると、ふいにファンファーレが鳴った。


 そして、会場にアナウンスの声が響き渡る。


「みなさま、お待たせ致しました。まもなくエルクト王のお出ましです。開会のお言葉を頂きますので、どうか傾聴なされますように」


 その言葉の直後、エルクト王がホールに登場した。


 すると、人々は静まり返り、ざわついていた会場は静寂に包まれた。


 堂々と歩いて壇上に登ってから会場全体を見渡すと、王が口を開く。 


「急な呼び出しにも関わらず、みな、よく来てくれた。一人も欠けることなくこうして集ったことは我が国の結束力の証左。我が国の未来のためにも、この宴でさらに親睦を深めて欲しく思う。今宵はとことん楽しんでくれ、以上だ」


 王の開会の宣言が終わると、来場者たちは、堰を切ったように思い思いの会話を始めた。


 そんな中で俺はと言うと、唯一楽しみにしていたふるまわれている料理に手を付ける前にある人物につかまった。


「あら、アルベルト、あなたも来たのね。オリヴィエもごきげんよう」


「ノノリエ様、お目にかかれて光栄ですわ」


「いやね、そんなかしこまった挨拶は慇懃無礼というものよ」


「我々にも立場というものがあるのです。ご理解ください」


 そんな風にノノリエに絡まれていると、王族が固まっていた方から一人の青年がこちらに歩いてくるのが見えた。


 短く整えられた金髪に碧い眼で線が細く見目麗しい青年は俺と目が合うとさわやかな笑みを浮かべて話しかけてきた。


「やあ、君がゴーベルスタインの新当主、アルベルトだね。残念ながら御前試合での君の活躍は所用があって見逃してしまったけど、あのヴェルナルドを倒してしまうとは恐れ入ったよ」


「これはこれは、アレクセイ兄様、アルベルトのことがそんなに気に入りまして?」


 アレクセイと言うと事前にオリヴィエから教えてもらった話では確か第二王子だ。


 これはうかつなことは言えない。


 あいまいな笑みを浮かべながら、どうか早くどっかに行ってくれと祈ったが、アレクセイはまだ話を続ける。


「聖痕は我が国の切り札だからね。気に入るも気に入らないもなく、重要なカードとしてしっかりとつなぎ留めておきたいのさ」


 それはノノリエに向けられた返事だったが、オリヴィエはその言葉を聞いて少し不愉快そうに言った。


「横から失礼しますがアレクセイ様、アルベルトは切り札である前に一人の人間です。そのことはどうか心にとどめておいて頂きたい」


「悪いね、オリヴィエ。でも僕は下手に言葉を飾るより、本音の付き合いがしたいのさ。君たちのような優秀な人材とは特にね」


 アレクセイは率直なやり取りを望んでいるということだが、そっちがそれで良くても、こっちは第二王子相手にそんなことができるわけないだろうと、俺は心の中で突っ込んでいた。


「ふふっ、立場のことなら気にしなくていいよ。とやかく言う者たちがいたら僕に教えてくれればいい」


 こっちの心を読んだ、というか既にいろいろ経験済みなのだろう。

 

 しかし、だったら適度に距離を取ることの方を覚えて欲しいもんだ。


 まあ、これだけ言われて俺だけ黙っているわけにもいかないので、俺も言葉を選んで発言を返した。


「アレクセイ様のお考えは尊重致します。ですが、だからこそ申し上げれば、下手に本音を知れば良くも悪くも情が芽生えて反って判断に迷いを生ずることもあるかと存じます」


「なるほど、君の言うことももっともだ。難しいものだね。でも、僕は僕の考えを曲げる気はない。それだけは覚えておいてくれ」


 そう言い残すと、アレクセイはその場から去って行った。


 そこに特別身分が高そうな貴族風で柔和な表情の初老の男性と明らかに軍属という格好の中年のいかつい男性、さらにその二人の中間位の年頃らしき見た目の恰幅の良い男性が三人連れだって訪れた。


「いやいや、アレクセイ王子は手がお早い。よもや我々が出遅れるとはな」


 俺が気づいたのを確認すると、貴族風の男性がそう切り出して来た。


「これは、ニーゼルト殿にバルバトス殿、ルマリオ殿。アレクセイ様に続いて御三家がそろい踏みで登場とは・・・」


「なに、オリヴィエ殿。彼にはそれだけの価値があるということですよ」


 恰幅の良い男性は寂しくなり始めている頭をなでながらオリヴィエの言葉に答えた。


「お三方はそれぞれ財務大臣にエルクト軍元帥と商人ギルドの長であられる。まさに政治経済の中枢と言えましょう。対してこのアルベルトは聖痕を得たとは言えどもまだまだ若輩の身、どうかお手柔らかに願います」


 オリヴィエは俺を守る様に前に出てそう言った。


「気高いエルフの中でも特別義に篤いあなたにそこまで目をかけられているとは、ますます興味深いですな。お父上同様、単なる武力だけでなく英雄に求められる資質をも備えておられるらしい」


 初老の財務大臣のニーゼルトはどこまで本気かは知らないが俺をそう評した。


「確かにグランは大した男だった。元帥という立場のこの私もアレには一目置いていた。故に、アルベルト、貴公にも期待させてもらうぞ」


 いかつい顔のバルバトス元帥は俺にそう声をかけると返事も待たずに去って行った。


「それでは、わたしも他にも挨拶せねばならぬ得意先がございますので失礼しますが、どうか以後お見知りおきを」


 続いて恰幅の良い商人ギルドの長、ルマリオもその場から離れる。


「ふむ、それでは私も行くとしますか。また今度機会があれば、お会いしましょう」


 そうしてニーゼルトも離脱して、気が付いたらノノリエもいつの間にかいなくなっていて、後には俺とオリヴィエだけが残されていた。


「マジで挨拶に来ただけって感じか。そりゃそうか、流石にあそこまで身分が高いとな・・・」


「おい、言葉遣いに気を付けろと言ってるだろ」


「もう大丈夫なんじゃねえか?これ以上俺たちに用がある奴はいないみたいだし」


 周りで話に花を咲かせるきらびやかな王侯貴族たちを見て俺はなんとも場違いなところにいるとひしひしと感じていた。


「まあ、お前のことは扱いが難しいところがあるからな・・・」


「なんかどっと疲れちまった・・・。もう何人かちらほらと帰りだしてるし、俺も帰っていいか?」


 オリヴィエは少し迷っていたが、結局、黙って頷いた。


 オリヴィエは、王都に来たついでに自分の魔法工房に一旦寄ってから帰るという話だったので、俺はそこでオリヴィエと別れて帰路についた。


 一人で馬車に揺られながら、その日出会った面々のことを思い出す。


 第二王子アレクセイ、財務大臣ニーゼルト、エルクト軍元帥バルバトス、大商人ルマリオ。

 

 どいつもこいつもエリート中のエリート、本来の俺とはまったく縁のない別世界にいる連中だ。


「やれやれ、これは先が思いやられるぜ・・・」


 そんな風に愚痴をこぼしたところで、馬車がまだ屋敷に着いてもいないのに急に停止した。


「なんだ?」


 俺が外に出ると、馬車は五、六人の黒づくめの格好をした謎の集団に囲まれていた。


 驚きながらも俺はとっさに防御魔法を展開した。


 その瞬間、刺客たちはそれぞれ属性の異なる攻撃魔法を放ってきた。


「なんだと!?」


 防御魔法は魔法攻撃には一度に一つの属性にしか対応できない。


 一か八か、俺は一番威力が弱そうな攻撃の方向にあえて飛び込んで行き、なんとか無傷で攻撃を切り抜け、そのまま空中に飛び上がって包囲を突破したが、人数的には依然不利。


 素性も分からない敵を複数相手にまともにやり合うのはリスクが高いと判断した俺は、空を飛んでいざという時には籠城も可能なゴーベルスタインの屋敷を目指した。


 そうしてたどり着いた屋敷で俺は目を疑う光景に直面する。


 愕然とする俺の目の前ではゴーベルスタイン家の屋敷が夜の闇の中で、ごうごうと音を立てて燃えていた。


「そんな・・・。ガイゼルは・・・みんなは!?」


 事態は文字通り焦眉の急を告げていた。


「間に合ってくれ!」


 あまりのことに冷静さを失った俺は、単身で燃え盛る屋敷のなかに飛び込んで行くのだった・・・。

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