第15話 対決

「貴様・・・な?」


 バレている!?


 もし、これが王にも知られていたら・・・。


 セツナの突然の看破に、俺は上手い切り返し方が浮かばず、しばしの沈黙が流れた。


「やはり、そうなのだな。」


 セツナはその沈黙を肯定と捉えた。

 俺はそれをなんとかしようとして弁解を試みる。


「いや、あまりにも突然妙なことを言うから返事に困っただけだよ。俺がアルベルトじゃなかったら誰だと言うんだ?ちょっと意味がよく分からないんだが・・・」


「ほう、しらばっくれる気か?」


 セツナの妖しい笑みを見ていると全てを見透かされている気がして背筋を冷や汗が伝う。


「しらばっくれるも何も、そんなことあり得ないだろう?まさか魔法で化けてるとでも思ってるのか?」


「あまり、私を甘く見るなよ?何の根拠もなくこんなことを言うような私ではない。しかし、私と会ったのが運の尽きだったな。ほかの者は騙せても、私の目だけは騙せないぞ。

この、忌まわしい金色こんじきの瞳だけはな」


 金色こんじきの瞳、それが何を意味するのかは俺には分からなかったが、とにかく、セツナはなんらかの確信をもっているらしい。


 これはいよいよまずい。セツナの言う根拠がもしも有形のものであったら・・・。


 不安感は高まり、のどは乾くし、体も熱い。


 しかし、ここはもう白を切るしかないと意を決して、俺は返事をする。


「面白くもない冗談はそのくらいにしてくれよ。あまりしつこいと怒るぞ?」


「そちらこそ、そろそろ潔く認めたらどうだ?目が泳いでいるぞ?」


 結果、俺の対応は逆効果だったらしい。俺の態度に、むしろセツナはいよいよ確信を深めているようだった。


 こうなればもうなんとかして懐柔するしかないかもしれない。


 俺は頭を切り替えて、こちらにも交渉の材料はないかと思案する。


 そして、思いついたことがあった。

 

「しつこいと怒ると言ったのが聞こえなかったらしいな。そっちがその気なら、俺にも考えがあるぞ。」


「なんだ?その呪われた醜いアザの力で何かするとでもいうつもりか?」


「俺を聖痕だけの人間だと思うなよ。言葉には言葉で返すさ。お前も知っていることだろうが、お前の御主人様は、王に対して殺意をもっている。そんなことがもし明らかになったら、ノノリエはどうなるだろうな?」


 すると、セツナの表情が先ほどまでとはまた別種の険しさを帯びてくる。


「下種め・・・。ノノリエ様の秘密を盾に取るとは・・・。だが、そんなことを言い出すということは、私の指摘を認めたということだな?」


「さあ、どうだろうな?だが一つ言えることは、この話はこれで終わらせた方が互いのためだということだ」


 セツナはあごに手を当てて、しばし何かを考えていた。


 そうして考え終わると、セツナは俺に一つの提案をもちかけた。


「確かに、我々はお互いに秘密を抱える身だ。相争っても益はないだろう。しかし、やはりアルベルトではない貴様をノノリエ様の婚約者として認めることはできない。

 ならば、ここはお互い戦士らしく、勝負で白黒つけるということにしないか?」


「勝負だと?それは穏やかじゃないな。だいたいそんなことをしたら、それこそ要らぬ騒ぎになっちまうぞ?」


「なに、勝負と言っても剣を交えろなどと言うつもりではない。」


「じゃあなんだ?じゃんけんでもするか?」


 俺は薄ら笑いを浮かべてあえてセツナを挑発する。

 心理戦ってヤツだ。すでに戦いは始まっている。何をするかは知らないが。


「じゃんけん?何を言ってるんだ貴様は?やはり、姫様の言う通り、頭のネジが二、三本吹き飛んでいるのか?」


 心理戦、失敗。

 じゃんけんないんだな、この世界。ふーん、そうか。ふーん。


「この湖で勝負と来れば、決まっているだろう?」


 湖で勝負・・・。

 

 なるほど、読めたぞ。


「水泳か?」


「まあ、そういうことだ。」


 セツナは湖の中央付近にある浮島を指して言った。


「ルールは単純、この湖を渡って、あの島に先にたどり着いた方の勝ちだ。」


「いいだろう。そういうことなら、こっちも当然全力で行くが、構わないな?」


 俺の発言の言外の意味を読み取ってセツナは頷く。


「ああ、聖痕でもなんでも使うがいい。ま、私には絶対に勝てないだろうがな。」


 この自信・・・、どうやら、何か勝算があっての提案らしい。

 

 ま、当然か、負けると思って勝負を挑むわけはないしな。

 

 だが、こちらとて、負けるわけにはいかない。これには俺とノノリエとの結婚が・・・・。

 

 ・・・って、あれ?よく考えたら、別にノノリエとの結婚なんて認められなくても構わないのでは?


 俺は手のひらを突き出してセツナに問いかける。


「待った。ノノリエと結婚するなって話なら、別に俺は一向に構わんから、勝負することもないぞ?」


「バカか貴様は?お前にその気がなくとも、姫様が決めたなら、それは絶対なのだ。だが、姫様は敗北者には決してなびかない。お前が私に負けたと知れば、考え直してくださるはずだ」


「俺の意思は無視かよ・・・。でも、そういうことなら、わざと負けてやってもいいぞ。俺はあんな女と結婚なぞしたくない」


「私は姫様に嘘偽りを述べることだけは絶対にしない。八百長などは論外だ」


 どうもこいつは見た目に反して頑固というか、意固地な奴らしい。

 

 これ以上言い争うのも面倒なので、俺はさっさと勝負とやらを終わらせることにした。


「分かったよ。水泳対決してやるよ。真剣にな」


「分かればいい。では、位置につけ」


 セツナは服を着たまま湖の水際に立って、俺に促す。


「待てよ。服を着たままじゃ泳ぎづらいだろ?」


「無用の心配だ。私は服は脱がん。ハンデだと思え」


「は?なんだよそれ。やるなら公平にいこうぜ?脱ぐのが嫌なら・・・ほらよ」


 俺は創造魔法クリエイトで男性用のハーフパンツ型の水着を二着作って、さらに転移魔法の応用で自分とセツナの衣服だけを水着に取り換えた。


「え?」


 突然、水着姿にされたセツナは、茫然と立ち尽くしていた。


「え?」


 その姿を見た俺は、いろんな意味で硬直してしまった。


「キャアアアアアアアア!!!!」


 セツナはまるで女の子のような悲鳴を上げてうずくまる。


「お、あ、ちゃ」


 俺は驚きのあまり、言葉が出ない。


 そう。だいたい想像はつくだろうが・・・セツナは・・・女だった。


「き、貴様!!見たな!!!」


 セツナはうずくまったまま顔を真っ赤にして俺を睨みつける。


「いや、その、ま、まさか女だとは思わなくて!これは不可抗力だ!冤罪だ!」


 まあ、ばっちりと二つのふくらみを拝んで網膜に焼き付いてはいるが、嘘は言ってない。


「くぅ、戻せ!!今すぐ戻せ!!!」


「わ、分かった!!」


 俺は言われた通りにセツナに服を着せなおした。


「悪かった。てっきり男だとばかり・・・。ノノリエも完全にお前のこと男扱いしてたもんだから・・・」


「もういい。私はとうに女など捨てた身だ。ただ、犬畜生にも劣る外道な貴様の劣情のこもった視線を感じたら、身の毛がよだってどうしようもなかっただけだ」


 そこまで言わなくてもよくない?

 いや、まあ俺が悪いか・・・さすがにこれは。


「気を取り直して!勝負だ!アルベルトの偽物!」


「お、おう」


 まだ、さっきの光景が脳裏から離れなかったが俺もとりあえず水際で前傾姿勢になり、構えた。


「三回目のさざなみが去ったらスタートだ!いいか?いくぞ、・・・1、・・・2、・・・3!!!」


 セツナの合図で俺はざばざばと勢いよく水をかき分けて入水した。


 泳げる深さまで一瞬で到達すると、魔力でブーストをかけてまるで小型ミサイルのように水面を切り裂いて進んでいく。


 あっという間に俺は100メートル以上ある行程の半分を過ぎて、島に迫っていく。


「ふぅううううう」


 対してセツナは、水際で立ったまま、呼吸を整えるだけで、水に入ろうとしない。


 俺はそのことに気づいてはいなかったが、背後にセツナの気配を感じないので早くも勝利を確信していた。


(なんだよ。口ほどにもない、ってやつだな)


 そう思った直後、俺は信じられない光景を目撃した。


「真・縮地法・・・・。はっ!!!」


 俺のはるか後方にいたはずのセツナは、突然俺の目の前におどり出て、水面を爆速で疾走していた。


「は?嘘だろ!?」


 その姿はまるでジャパニーズニンジャかエリマキトカゲ。それも恐ろしいスピードだ。走るというより、連続短距離ワープという感じが近い。


 俺は必死で追いすがるが、奮闘も虚しくぐんぐん距離を離されていく。


「私の勝ちだ!偽物め!!!」


 それは、セツナが島まで残り十メートル程度の距離まで迫ったときだった。


「あら?あの二人、勝手に何をしているのかしら?まったく」


 少し離れたところの波打ち際で休んでいたノノリエが俺たちの行動に気づいてため息をつく。

 

 その直後、ノノリエは何かに気づいたようにすっくと立ちあがるとこう呟いた。


「あら?おかしいわね。あんなところに、島なんてあったかしら?」


 ノノリエのつぶやきと時を同じくして、俺とセツナの眼前に巨大な影が出現した。


「島が・・・動いた!?」


 水面は激しく波打ち、俺は激流に飲まれて流される。


 セツナは驚異的な反射速度で直角に近い角度で方向転換し、すんでのところで、との激突を回避した。


「まさかっ!!こいつは!!」


 水面から顔を出したを確認して、セツナが叫んだ。


「ヒュージマウスタートル!!!」


「ギャアオオオオオオオオオオ!!!」


 ―――平穏な日常は一変して、凶悪な魔物との闘いのゴングが今まさに鳴り響こうとしていた。 

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