第14話 水着回ってマジ?
御前試合でヴェルナルドに勝利した後、俺は伯爵という地位の恩恵を受けまくっていた。
貴族なので当然働かなくても収入はたんまりあるわけで、伯爵家ともなれば、めんどくさい領地管理や経営とかはほとんどガイゼルやほかの家臣がやってくれるし、
俺は日がな一日、プラプラしたり、あまりにも暇なときは本でも読んだりしてダラダラと過ごしていた。
オリヴィエにはそんな暇があるならもっと魔法の研究でもしろとどやされていたが、元来の無気力な性格からしてなんだかんだと頑張り倒していた今までが異常だっただけで、むしろ俺的にはこれが平常運転なのだった。
俺はなんにもしなくていいことに最高の贅沢を感じる人間なのだ。
願わくば、このまま何もせずにダラダラ暮らしたいと本気で考えている。
ダメ人間?
はい、そうですよ?
そんな感じで、その日も自室でダラダラと過ごしていたら、ゴーベルスタイン家に、とある来訪者が現れた。
「おい、シンゴ!こっちへ来い!」
最近俺のことを裏では本名のシンゴと呼ぶようになっていたガイゼルが泡を食ったような顔で部屋まで呼びに来た。
「なんだよ?なんかあったのか?」
俺は、あくびを噛み殺しながら答える。
「あったとも。ノノリエ様がお越しだ!すぐに身支度を整えて下りてこい!」
それは青天の霹靂ってやつだった。
「ノノリエが?一体何の用だよ・・・って。まさか結婚の話か!?やべえ。すっかり忘れてたな」
「ノノリエ様はお前の正体をまだご存じないのだろう?ボロを出さないようになるべく言葉を慎めよ」
「分かってるって」
俺はのそのそと余所行きの服に着替えてから階下にある応接間に下りた。
「あら?随分とお寝坊さんね」
ノノリエは短めの銀髪を揺らしながら冷たい微笑をたたえていた。
「あ?別に寝起きじゃないけど・・・。げっ、寝ぐせか!?」
よく確認してみたら後ろ頭にアホ毛のような寝ぐせが一本ぴょろっと出ていた。
「ちょっと待ってくれ、直してくる」
俺が洗面所に向かおうとしたらノノリエは俺の服の裾を掴んで静止してきた。
「待ちなさい。誰もあなたの髪の毛のことなんて見てもいないし、たとえ見たとしても気にもしないのだからそんな必要はなくてよ?」
「言ってくれるじゃねえか・・・」
この女いっぺん泣かしたろうか?とか思ったがよく考えたらそんなことしたら後が怖い。
「そんなことより、仕度なさい。すぐに出発するわよ」
「は?なんだ?何の話だ?どこ行くんだよ?そんな約束してねえぞ?」
俺の脳内は、はてなマークの嵐だったが、ノノリエはさも当然であるかのように自分の都合で話してきた。
「何って、湖に泳ぎに行きたいから護衛をなさい。私の役に立てるなんてこの世で一番光栄なことなのだから、まさか断ったりしないわよね?」
すげえ、どういう神経してるんだこの女は・・・。もはやあきれて物も言えない。
「何を黙って突っ立ってるの?まったく・・・セツナ!アルベルトの仕度を手伝いなさい!このままでは日が暮れてしまうわ!」
ノノリエが叫ぶと、応接間の外に控えていたノノリエのお付きの者が部屋に入ってきた。
セツナと呼ばれていたその中性的な長身の美青年はツカツカと歩いて俺に近づくとよく通る男性にしては高い声で俺に言葉をかけてきた。
「アルベルト卿、用件は聞いたはずだ。一緒に来てもらおう。もっとも、お前などおらずとも、姫様の護衛は私一人でも完璧にこなせるのだがな・・・」
畜生。主が主なら、家来も家来だ。流石に失礼過ぎないか?こいつら、俺をなんだと思ってるんだ?
この野郎、チャラチャラ髪を伸ばしやがって、その左右非対称なおしゃれヘアーをむしり取ってやろうか?と、割と本気で思ったがなんとか思いとどまった。
「ああ、もう!分かったよ!分かったから腕を引っ張るな!服が伸びる!」
俺は観念して、ノノリエの水浴びに付き合うことにした。
こういう場合、下手に逆らわないのが俺の無気力処世術だ。
俺は、とりあえず、多少の遠出ができる用意をしてから応接間に戻った。
そうこうしていたら、普段は住まいを別にしているオリヴィエがこれまたタイミングよく登場してきた。
「おい、弟子。ちょっと顔を貸せ。聖痕の状態を調べたいんだが・・・って、ノノリエ様!?」
「あら、オリヴィエ。丁度よかったわ、あなたも付き合いなさい。男ばかりではむさくるしいもの」
オリヴィエは状況が呑み込めずにあわあわしていたが、うんざりした俺の顔を見て何かを悟ったらしく、おとなしくノノリエに従った。
ノノリエ恐るべし。
こいつ世界が自分を中心に回ってると思ってるタイプだな・・・。
―――と、まあ、そんな事情で俺たちは、俺が異世界で目覚めたときにいた草原から、しばらく山の方へ行ったところにある森のそばの大きな湖に向かった。
王族専用の豪奢な馬車で向かったのだが、いつもと違って御者は先ほどの美青年が務めていた。
どうやら、使用人はあまり連れ出さず、お忍びということらしい。
静かな車中で俺が居心地の悪い思いをしているとノノリエが口を開いた。
「まったく、こう毎日毎日政務に追われていては息が詰まるわ・・・。早く死なないかしら、お父様」
「おいおい、滅多なこと言うなよ。あのにーちゃんが裏切ったらどうすんだ?」
「にーちゃん?ああ、セツナのことね。アレなら平気よ。私に逆らうことは決してないわ」
アレ、という言い方が少し引っかかったが、まあたった一人だけ連れてきたのだから、ノノリエへの忠誠は厚いのだろう。
馬車は一時間程度で目的地に到着し、俺たちは外に出た。
「うおー!でっけえ湖だな!琵琶湖より広いんじゃないか?」
「ビワコ?何の話をしているの?やっぱり記憶だけじゃなくて頭のネジまで外れているんじゃなくて?あら失礼、それは前から同じでしたわね」
うん、もう感覚がマヒして逆に何も感じないな!ははっ!
「ほら、泳ぎてえんだろ?さっさと行って来いよ」
俺は可能な限りの悪感情を言葉に込めてノノリエを急かした。
「貴様!姫様に向かって無礼な!だいたいなんだ、その言葉遣いは!伯爵ともあろう者がそんな乱暴な口を利くとは、恥を知れ!」
うん、このにーちゃんもうっとおしいことこの上ないな!あはは!
「いいのよ、セツナ。こんなおサルさんのことでいちいち怒っていたら、こちらまでおかしくなるだけよ。無視しなさい」
「ノノリエ様、その言いようはいくらなんでも・・・」
前世でこういう理不尽に慣れている俺と違って、オリヴィエは流石に耐えかねたようで苦言を呈しようとしたが、俺が止めた。
「やめとけ、言っても無駄だ」
オリヴィエは少しだけ迷ったようだが俺の悲しい笑顔を見て、どうやら観念したらしかった。
「さあ、それでは服を脱いで泳いできましょうか?オリヴィエ、付き合いなさい?」
そう言うと、ノノリエはするすると服を脱ぎ始めた。
って、何!?
俺は反射的に後ろを向いて叫んだ。
「おい!脱ぐってまさか裸になる気か!?」
「当たり前でしょう?服を着たまま泳ぐおバカさんがどこにいて?まさか、そんなことも分からない程度の知能しかないの?」
わざわざ気を使って目を背けた自分が馬鹿馬鹿しく思えるような発言だったが、流石にまだ恥ずかしさの方が勝った。
「待て!俺が水着を出してやるから!それを着ろ!」
「水着?あんなものを着ても、どうせ透けるのだし、泳ぎづらいし、私は嫌よ?」
「大丈夫だ、俺が魔法でその辺の問題をクリアした水着を作る!」
「あら、あなたそんなことができるようになったのね?まあいいでしょう、そこまで言うならお出しなさい?」
俺は
「なあに、これは?こんなもの初めて見るわ・・・。でも着心地は・・・まあ悪くないわね」
「おい、弟子。なんかこれ、きつ過ぎないか?」
ノノリエとオリヴィエは初めて着る近代的な水着にそれぞれ素直な感想を漏らした。
「きついくらいじゃないとその手の水着はすぐ脱げちまうぞ、我慢しろよ」
豊満な体を持つオリヴィエの水着姿はやはり思った通り、相当そそられるものがあったが修行中にはもっときわどい姿も見ていたので、そこまで動揺はなかった。
ノノリエの方は、若干控えめな胸部も臀部もバランスが良くて、また違った魅力を放っていた。
「さて、じゃあ泳いでくるわ。魔物が出ないかよく警戒しているのよ?」
「あっ、ノノリエ様!お待ちを!おい弟子、あとは任せたぞ」
そう言い残すと、ノノリエとオリヴィエの二人は湖にするすると入って行った。
そして、後に残された俺とセツナとかいう美青年は、言葉もなく向かい合っていた。
うん、気まずい。
というか、こいつさっきからずっと俺のことを睨んでやがる。
さすがにこれは俺も怒っとくべきか?
そう思っていたら、セツナが唐突に固く閉ざしていた口を開いた。
「貴様・・・アルベルトではないな?」
「!?」
そうして、事態は俺がまったく予想していなかった展開を見せることになるのだった・・・。
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