第12話  剣聖

 俺は今、ゴーベルスタイン家の新当主として家の命運をかけた御前試合を行うために国立闘技場に来ていた。


 対戦相手は、このエルクト王国一の武人と言われる剣聖、ヴェルナルド・クランバイン。


 持つ者に最強の力を与えると言われる聖痕の継承者である俺と武を極めた剣聖の一騎打ち。


 その話題性に街はお祭り騒ぎとなっており、会場は超満員。会場に入りきらない人々が闘技場の外にまで群がり、辺りは異様な興奮に包まれていた。


 この御前試合を申し渡したエルクト王は、貴賓席で王座に着き、俺たちのはるか頭上で試合開始の時を待っている。


「双方、前へ!」


 審判役の声を受け、広い砂地で覆われた闘技場の入場口で待機していた俺とヴェルナルドは闘技場の中央に向かって歩み始めた。


 闘技場の中央まで来たところで審判が制止して俺たちに問いかける。


「両名に問う。騎士の名誉にかけて、死力を尽くして戦うことを誓うか?」


「誓うとも。このヴェルナルド、たとえどのような戦いであろうと手を抜くことなどはありえない」


「・・・ああ、誓う」


 俺とヴェルナルドは誓いを立てると向かい合って審判の号令を待った。


 ヴェルナルドは重厚な鎧に身を包み、シンプルで武骨なデザインの大剣を肩に掛けて堂々と立っている。


 一方俺は、ゴーベルスタインの家紋が刻まれた、歴代当主に代々受け継がれてきたという古めかしい鎧を着こんで、これまた家に伝わる宝剣を携えながらも落ち着かない気持ちを隠し切れずにいた。


「いいだろう。双方、ルールは分かっているな?この度の試合はあくまでも騎士同士の真剣勝負。特別に魔力の使用は許されてはいるが、直接相手を攻撃する魔法は

禁止だ」


 俺はこのルールのことを初めて聞いた時のことを思い出す。


 それは試合前日の昼のことだった。

 

 ガイゼルがまたもや血相を変えて走って来たかと思うと、青い顔で今回の試合に特別なルールが設けられたことを知らせてきた。


 魔法による直接攻撃禁止。


 聖痕の莫大な力を考えれば当然とも思える処置だったが、それを聞いたオリヴィエもガイゼルと同じく言い知れぬ不安と焦燥の感に包まれているようだった。


「なんだ?魔法攻撃禁止とは言っても、俺には近接戦闘の心得がある。そこまで焦ることはないだろ?」


 一人、状況が呑み込めずに困惑している俺にオリヴィエは重々しい雰囲気で話を切り出した。


「実は、今まであえてお前には言わなかったが、ヴェルナルドはグランと手合わせして、唯一、一度も負けなかった男なんだ」


「は?なんだよそれ?グラン卿は聖痕を使わなかったのか?」


「いや、グランは聖痕を使っていた。お前のようにほぼ完ぺきに聖痕を使いこなせたわけではなかったが、それでもグランは間違いなく最強と言える魔法戦士だった。

そのアイツが魔法による攻撃をもってしてもついぞ勝ちきれなかった相手がヴェルナルドなんだ」


 それを聞いて俺はさらに困惑の色を深める。


「そんなことあり得るのか?それが本当ならヴェルナルドは魔法に対抗する特別な手段を持っているということなのか?」


「いや、奴はそういう小細工は一切使わない。常に己の肉体のみを武器として戦う生粋の武人だ」


「は?ますます分からねえよ。流石に人間相手ならやはりグラン卿も力をセーブしていたんじゃないのか?」


 オリヴィエは首を横に振った。


「いや、グランは間違いなく全力で戦った。そのうえで引き分けるのがやっとだったんだ」


 俺はまだ信じられない気持ちだったが、二人の様子を見るにどうやら本当のことらしい。

 

「なるほどな。エルクト王もそのことは分かっていてこういうルールにしたということか。つまり、勝たせる気はないってことか?」


「分からん。正直あの王の考えは読めないがドラゴンを倒したことがかえって事態をややこしくした可能性はあるな・・・」


 オリヴィエは思案顔でしばらく唸っていたが、吹っ切る様に顔を振ると俺の肩を叩いて言った。


「それでも、お前ならやれる。私はずっとお前の修行を見てきた。お前ならきっとグランを超えられるはずだ」


「そんな調子のいいこと言って、上手いこと乗せようとしてるな?でもまあ、これさえ乗り切ればお貴族様としてダラダライフを満喫できるんだ。やってやろうじゃんか」


 俺は軽口を叩いて不安な気持ちを誤魔化そうとしたが、ガイゼルはそんな俺にゴーベルスタイン家の装備を託すと言ってきた。


「よいか?お前はゴーベルスタインの当主として家名を背負って戦うのだ。負けることは許されない。必ず勝て」


 その後、俺は残った時間を剣を主体とした戦い方を会得するために費やしたが、十分と言えるレベルに達するには時間が足りなかった。



「必ず勝て、か・・・」


 ガイゼルの言葉が重くのしかかる。

 こういう時、いままでの俺はいつだって逃げ出して誤魔化してきたものだったが、今回はそうもいかない。

 

「どうした?緊張しているのか?」


 ヴェルナルドが俺を見てニヤリとした顔で声をかけてきた。

 俺は答えず、かわりに質問で返す。


「あんた、剣聖なんだろ?その剣で今まで何人切ってきた?」


「数え切れぬほどだ。俺は王国の剣。余計な感傷などは持ち合わせていない。悪いがそんな質問は揺さぶりにもならんよ。」


 俺の意図をきちんと読み取っている。

 これは剣の腕だけでなく、頭の方もなかなか切れそうだ。


「私語は慎め。ゴホン!それでは、これより試合開始の宣言をする。双方、構え!」


 剣を構えるとヴェルナルドがまとう雰囲気がガラリと変わった。

 ただ向かい合っているだけで体中を刺すようなプレッシャーを感じる。

 そういう体から発する気合みたいなものは絵空事だと思っていたが、現実に体感してみるとなかなかどうして無視できない。


 俺は聖痕の魔力を練り上げ、認識拡張シックスセンス身体強化ドーピングを発動しながら付け焼刃の構えを取る。


「いざ尋常に!・・・勝負!!!」


 審判の号令が下された瞬間、俺は後ろに飛んで距離を取り、ヴェルナルドの間合いを測ろうとした。

 ヴェルナルドはその場で動かず、じっと構えたままだ。


「まあ、そう警戒するな、というのは無理な話だろうが、落ち着け。俺も昨日今日騎士になったばかりの小僧相手にいきなり本気を出す気はない。うっかり殺してしまっては少なからず禍根が残るからな」


「それはお優しいことで。優しさついでに良い感じに戦った後、負けてくれるとこっちも助かるんだがな」


「勘違いするな、俺はそんな甘い人間じゃない。お前がもし、御前試合に値しないような情けない戦いをするようなら、その時は容赦なく切り捨てるつもりだ」


 ヴェルナルドの言葉を信じるなら、俺の力量を測りきるまでは本気を出す気はないらしいが、この機を逃す手はない。

 それなら俺は一気に本気を出して、相手が本気を出す前に倒してしまえばいいだけの話だ。


 俺は渾身の魔力を込めて、必殺の一撃を放つべく力を貯める。


「やはり、そう来るか。いいだろう、かかって来い!」


 ヴェルナルドは先ほどまでと変わらない構えのまま俺の攻撃を待っていた。


「悪いけど、・・・これで終わりだ!はっ!!!」


 俺は一発の弾丸と化し、人間にはおよそ避けることも受けることも不可能な程の素早く重い斬撃を叩き込む。


「なるほど、悪くない太刀筋だ。だが、甘いな」


「何っ!?」


 気づくと俺はヴェルナルドをはるかに通り越して闘技場の壁に向かって剣を突き立てていた。


「今のを受け流しただと!?あり得ない!いったいどれだけの魔力を込めたと思って!?」


「若いな。その程度の攻撃なら、俺は片手一本でもさばききれる。そっちこそ、一体俺が何回グラン殿と手合わせしたと思っているんだ?」


 グランが勝てなかった相手、それは分かっているつもりだったが、渾身の一撃を不発に終わらされて、俺は冷静ではいられなかった。


「じゃあこれならどうだ!!!」


 パワーでダメなら、スピードで翻弄する。

 俺は作戦を切り替え、複雑な軌道を描きながらも残像が残るほどの超スピードでグランに迫った。


「小賢しい!!!」


 一合、二合、三合、四合、・・・・・十五合。

 だんだんとスピードを上げながら何度切りかかっても、俺の攻撃はヴェルナルドの大剣に弾かれて空を切るばかりだった。


「ふむ、そろそろこっちも反撃させてもらうぞ!」


 次の攻撃は完璧な死角から叩き込もうとしていた俺の方にまるで全て読んでいたかのように振り向いて、ヴェルナルドは剣を振るった。


「ぐっ!」


 狙いすましたかのような鮮やかな一撃に、俺はかろうじて剣で防御するにはしたが、ヴェルナルドのその一撃はとても人間が放ったものとは信じられないほど重かった。


「うわっ!!!」


 俺はこらえきれず、後方に5メートル以上吹き飛ばされる。


「なんつー力だよ!?まさか、魔力を!?」


「む?何を言っている?この程度の斬撃、二十年も鍛錬すれば誰でもとは言わんが、まあ、大抵は身に着くものだろうに」


 俺は、あまりのことに言葉を失った。


 何言ってんだこのおっさん!?鍛錬すれば身に着く?どこの世界の人間だよ?と思ったが、俺はそこで大きな見落としに気づく。


 そうだ、ここは異世界だった。俺のいた世界と同じ理屈で動いているとは限らない。


「じゃあ何か?この世界の人間は鍛えさえすれば無限に強くなれんのか?フィジカル強すぎんだろ・・・」


「この世界?妙なことを言う。まるで別の世界を知っているみたいな言い方だな。まあ、よく分からんが、流石に人間に限界はあれども、俺の限界はまだまだこんなものではないぞ?」


 そう言って不敵に笑うヴェルナルドに俺は恐怖を覚えていた。

 

「バカもーん!!!相手に飲まれるな!!!」


 そこに師匠の大声が響いてきて、俺はなんとか冷静さを取り戻す。


「いや、さっきの俺の攻撃を避けきるなんて、いくら何でも普通じゃないはずだ。そもそも見えているのか?」


「見えんよ?だが、攻撃というものは見てかわすものではない。人間の動きには必ず、、というものがある。それさえ読むことができれば、たとえ見えずとも、しのぐことはできるものだ」


 流れ・・・。またなんとも観念的な・・・。


「さて、おしゃべりはこれまでだ。そろそろ・・・そうだな・・・、三割程度の加減でいくか?」


 ヴェルナルドはそう言うと、俺に切りかかってきた。


「ふざけろ!これで三割だと!?」


 俺は全身全霊でヴェルナルドの攻撃を捌こうとしたが、まさに流れるような動きで放たれる連撃に対応しきれず、何発か鎧越しにだが打ち込まれ、相当のダメージを喰らってしまった。


「ぐはっ!!はらわたが全部口から出てきそうだ・・・。あんた、殺す気はないとか言っといて、こりゃないだろ・・・」


「すまんすまん、まさかこの程度で当たるとは思わんでな。すこし強すぎたか?」


「・・・言ってること矛盾してねえか・・・それ」


 俺はふらつきながらも、倒れてはいなかったが、会場の観衆からはどよめきが上がっていた。


「なんだ?アルベルト卿って意外とたいしたことないな。あんなもんで、もう倒れこみそうだぜ?」


「これなら、普通の剣闘士の試合の方がまだ見ごたえがあるぞ」


「聖痕使ってこんなもんなら、戦争で役に立つのか?」


 これはかなりまずい状況だ。根本的に認識を誤っていた。師匠たちにもっと色々とこの世界の常識を聞いておくんだった。


「うーむ、悪いがはっきり言って期待外れも甚だしいな。会場も冷めてきている。いっそ一息に幕と行くか?」


 ヴェルナルドはもう一度さっきのように打ち込んでくるつもりらしい。

 

 しかも今度は戦いを終わらせるつもりかもしれない、となれば、このままでは敗北は避けられない。


「これまでか・・・」


 俺の心が折れそうになったその時。


「がんばれ!!!勝て!!!アルベルト!!!」


「若様!!!あきらめてはいけませんぞ!!!」


 よく知った声が俺の耳に鳴り響く。


 ああ、そうだ。


 これが今の俺が背負っているもの。


 俺が戦う理由。


「負けて・・・たまるか・・・!」


 俺は、まだ、戦える!


「ほう、ここにきて、なかなかどうして、悪くない面構えになったじゃないか?だが、気持ちだけでは勝負には勝てんぞ!」


 ヴェルナルドが一気に踏み込んで来る。まともに受ければ負けは確定だろう。


「流れ、流れか・・・。ここはひとつ、賭けてみるか・・・・!」


 俺は大きく息を吸い込み、ヴェルナルドの攻撃に備える。


「はっ!ふんっ!それそれそれ!!!」


 ヴェルナルドの攻撃は鋭く重く、どの一撃も研ぎ澄まされた必殺の技だった。


 俺はやはり、押し込まれ、苦しい攻防が続く。


「むっ、今のは入ると思ったが・・・。いや、これは・・・!?」


 ヴェルナルドの攻撃はだんだんと速さと威力が増していっていたが、俺はそれになんとか食らいついていた。


「はぁっはぁっはぁっ!!!」


「なるほど、掴んだか。この土壇場でこの対応力。評価に値するな。少々侮っていたよ」


 ヴェルナルドは攻撃の手を止めて、俺に賛辞を送ってきた。


「あんたの言葉がヒントをくれたのさ。これは俺流だが、俺にもあんたの言うってやつが分かってきたよ」


「面白い!それでは今度は、半分は本気を出させてもらおうか!」


 今ので半分もないだと!?バケモンかよ!!!だが・・・・。


「上等だ!この野郎!!!返り討ちにしてやるからとっととかかってきやがれ!!!」


 俺は自分を鼓舞するかのように、威勢のいい言葉を返す。


「はっ!!!」

  

 ヴェルナルドが勢いよく突っ込んで来る。

 

 俺は構え直し、再びその二十にも及ぶ連撃をいなしきった。


「はっはっはっ!面白いぞ!小僧!!やっと楽しくなってきたじゃないか!!!」


「へっ、こっちもだよ!俺流、制空圏。名付けて魔力的絶対領域テクニカルゾーン。これなら・・・イケる!!!」


 戦いは始まったばかり、その行方は、果たして・・・・!!!

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