第11話 俺 対 ドラゴン
ドラゴン。
冒険ファンタジーに登場する敵役の中でも誰もが知る定番中の定番。
そいつが今、目の前で俺に対して敵意を露わにしている。
「いきなりこんなのと戦えって・・・。無茶ぶりにも程があるぞ!」
俺はとりあえず、
「ギャオオオオオオオオ!!!」
ドラゴンはしばらくは威嚇を続けていたが俺に逃げ出す気がないということを悟るとおもむろに大きく息を吸い込み始めた。
ドラゴンは大気中の魔力を吸い尽くす勢いで体内に魔力を取り込み続けている。
これから起きることは容易に想像が付くが、果たして俺はそれに対処することができるだろうか?
「防御するか?いや、威力も射程も分からない以上、ここは全力で回避するしかないっ!」
俺は魔力を脚部に集中させると、じりじりと距離を取りながらその瞬間を待つ。
ほんのわずかな魔力の動きも見逃さないように神経を研ぎ澄まし、まばたきも呼吸も忘れて、一秒が永遠に感じられた。
果たして、その瞬間は何の前触れもなく訪れた。
「っ!!!」
ドラゴンの口から
「くっ!!」
それを受けて、張り詰めたまま待機していた俺の全身の
俺は
とはいえそこは岩山の中の限定された空間、逃げられる距離には限度がある。
後ろからは
俺はそこであえて更に加速し、壁に衝突するギリギリ寸前、魔力を放出する方向を瞬間的に切り替え、上方に跳び上がった。
とてつもない重力負荷をその身に受けながら、飛びそうになる意識をなんとか気力でつなぎ止めている俺の真下で
「おいおい!こんなもん避けるのが精いっぱいだぞっ!?」
「マジかよ!?どうする!?」
一発目の
同じ避け方は恐らくもう二度と通用しない、となれば二発目以降も完全にかわすことは現実的には不可能だ。
「だったらっ!」
俺はピタリと足を止めてドラゴンと真正面から対峙する。
「攻撃は最大の防御。お前と俺、いや、聖痕の魔力のどちらが上か・・・、勝負だ!」
俺は今まで補助的にしか使っていなかった聖痕の魔力を一気に解き放った。
魔力はとてつもない勢いで身体中から吹き出し、俺を中心としてすさまじい旋風が巻き起こる。
「くっ、この魔力、ぶっつけ本番でどこまでコントロールできるか・・・」
もはや加減しようにも不可能になりつつある魔力は一つ間違えば俺自身を飲み込みかねない。
これは、一つの賭けだった。
逃げることができないならあえて進む、そんな発想が自分にあるとは思わなかったが今はそんな感傷に耽っている余裕はない。
ドラゴンは俺の狙いに気づいているのか、先ほどよりもさらに多量の魔力を集めようとしているようだ。
おそらく、勝負はこの一撃で決まる。
「おおおおおおおおおお!」
俺は体内で高めた魔力を前方に突き出した右腕の手のひらに集中させ、超高密度の魔力の球を生成し、さらに聖痕から流れ出る魔力を極限まで絞り上げた。
「おっとそうだ。師匠!次の一撃は自分でもどうなるか分からねえ、大丈夫だとは思うけど用心しといてくれ!」
「バカタレ!戦闘中によそ見をするな!」
「大丈夫だって。こいつも俺と同じ気持ちみたいだからな」
ドラゴンは真正面から向かってくる俺を自身のプライドをかけて全力で迎え撃とうとしている。そんな気がした。
これは男の勝負ってやつなんだろう。
もっとも、こいつがオスかは分からないけどな。
「さぁ、ドラゴン!俺はいつでもいいぞ!お前の全力、この俺に見せてみろ!」
「コォオオオオオオオオオ!!」
来る!とんでもない一撃が!
「よっしゃ来い!!!!」
次の瞬間、ドラゴンの
「うおおおおおおおお!!!」
ぶつかり合う
俺の放った魔力弾と真正面からぶつかり合っても、まったく勢いが衰えていない。
ほとんど互角の勝負。
だが、よく見るとドラゴンはすこしずつ後ずさっていっているのが分かる。
それに対して俺は一歩、また一歩と踏み込んでいく。
「たいしたもんだ。聖痕が無ければ、俺なんてあっという間に消し炭にされてただろうな。だけど、勝負は勝負。悪いけど、勝たせてもらうぞ!」
俺は、残った魔力を振り絞り、渾身の力を込めて前方に突進した。
「はああああああああああああああああああ!!!」
雄たけびを上げながら魔力弾を強引に押し込み、
「勝負あったな。」
魔力障壁を張って戦いを見守っていたオリヴィエはほっとした顔で呟いた。
魔力弾はドラゴンの口内で爆発し、ドラゴンの口から爆炎が上がる。
「キシャアアアアアアアア!!!」
ドラゴンは甲高い声を上げ、苦しみのたうち回ったのち、真上を向いた格好で動かなくなった。
しばらくするとその目から光を失ったドラゴンは重たい音を立ててその場に倒れこみ、完全に沈黙した。
「はぁ、はぁ、はぁ。どうだ?勝ったぜ、師匠!」
「ふっ、当然だ。しかし、まあ少しはがんばったじゃないか。褒めてやるよ」
俺とオリヴィエはガシッと握手を交わして静かに微笑み合った。
ドラゴンを倒した後、俺たちはドラゴンの亡骸ごと転移魔法で王都の防壁のすぐ外側に飛んだ。
すると見張りの兵士たちが口々に叫ぶ。
「ドッ、ドラゴンだ!!!ドラゴンが出たぞ!!!」
「うあわああああ、おしまいだ!!!」
「待て、落ち着け、迎撃するんだ!!!!」
大混乱に陥った兵士たちに向かって、オリヴィエは拡声魔法を使って叫んだ。
「おーい!落ち着け!これは死骸だ!ドラゴンはもう死んでいる!」
それを聞いた兵士たちは目を白黒させて、固まっていた。
「ほう、騒がしいと思って来てみれば、これはまた大物だな」
よく通る大声が聞こえたと思ったら、防壁に設けられた出入口から分厚い鎧に身を包んだ一人の男が俺たちの方に向かって来る。
鎧で一回り大きくなっていることを差し引いても、身の丈190センチはありそうな大柄な男だった。
顔が見える距離まで来ると、男は兜を脱いで顔を晒した。
目つきは鋭く、がっしりした輪郭を覆うように髭をたたえ、髪は後ろに流してまとめてあり、一言でいえば非常にワイルドな印象を与える容姿だった。
「アルベルト・ゴーベルスタインとエルフのオリヴィエ殿だな。噂には聞いていたが、聖痕が受け継がれたというのは真らしいな」
「ヴェルナルド・クランバイン殿、お会いするのはいつぶりかな?ま、細かいことはいいか。それよりどうだ?見ての通りドラゴンを討ち取って来たんだが」
(この男がヴェルナルド・・・。俺が三日後に御前試合で戦う相手か。)
俺とヴェルナルドの目が合う。
「アルベルト君、君の力、確かに本物らしいな。見れば分かる。これは戦うのが楽しみだ」
「あんたこそ、そうやって立っているだけでも只者じゃないのが分かる。そんなに重そうな鎧を付けているのにまったく応えてなさそうだ」
「ふっ、当然だ。これくらいの鎧で動きが鈍っていたら話にならんからな。悪いが試合はこちらも全力で勝ちにいかせてもらうが、ま、いい勝負にしよう」
そんなやり取りをした後ヴェルナルドは引き上げ、俺とオリヴィエはドラゴンを素材回収業者に引き渡してから屋敷へと帰った。
そして、三日後。
「いよいよ御前試合か。必ず勝てよ。この試合にはゴーベルスタインの命運がかかっている」
「おう!俺の雄姿をしっかり見といてくれよ、師匠!」
国立闘技場に向かって近づいていく馬車の中で俺とオリヴィエは来る戦いに思いをはせながら、揺れに身を任せていた。
負けられない戦いが始まる―――
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