第10話 俺、異世界で無双する

 聖痕の術を受けてから三、四日は痛みに苦しんだが、そこを過ぎた頃から聖痕はだんだんと体に馴染み、旧来の聖痕で問題とされていた肉体へのダメージは全く無いと言っていいほど解消されていた。


 一週間経って、ゴーベルスタインの屋敷に帰って来てからも経過観察は続いていたが、もう心配はなさそうだった。


「さすがは師匠だな。あの短期間で本当に聖痕を無害化しちまうなんて」


「まあな、自分の才能が恐ろしいよ」


 オリヴィエは術後、毎日俺の状態を検査しては記録を付けていた。

 最初はちょっとした数値の変化がある度に何か悪い兆候ではないかと不安そうにしていたが、今では俺の賛辞に軽口を叩いて返せるくらいの余裕が出てきていた。


「でも、こんなことを言うのは野暮かもしれないけど、よく考えたら妖精の森でならいくらでも時間をかけてゆっくり聖痕の術の研究ができてたんじゃないか?」


「いや、あの森はいつでも好きに使えるわけではないんだ。妖精たちは気まぐれだからな。お前の修行の時はたまたまタイミングが良かったというだけだ。」


「そうなのか・・・できればちょくちょく使いたかったんだけどなー」


 俺が残念がっているとガイゼルが遠くから息せき切って駆け寄ってきた。


「御前試合の日取りが決まりましたぞ!今より四日後、場所は国立闘技場です!」


 御前試合、俺が以前に王に謁見した時に俺の力を試すための場として王が用意した舞台だ。


 オリヴィエはその知らせを聞いて意外そうに言った。


「その話、まだ生きていたのか。てっきり聖痕さえあればそれで済むものだと思っていたんだが」


「聖痕はエルクトの切り札ですからな、王はこの機会に聖痕が健在であることを知らしめるつもりなのでしょう」


 ガイゼルは髭をなでながら俺に尋ねた。


「どうだ、体の方は。戦えそうか?」


「やっと明日から聖痕の稼働試験をしようとしていたところだからな・・・まだ何とも言えないな」


 その返事を聞いてガイゼルは険しい表情で俺に忠告した。


「此度の試合の相手、ヴェルナルド・クランバインは剣聖と称されるこのエルクト最強の剣士。聖痕の力があっても決して油断はできない相手だ。準備は万全にしておいた方がいい」


「やれやれ、一難去ってまた一難ってか?」




 翌朝、俺とオリヴィエはだだっ広い荒野に立っていた。遠くに岩山が見える以外には何もなく、生き物の気配もない。

 

「よし、ここでなら気兼ねなく聖痕の力を試せる。まずは聖痕から魔力を引き出す感覚を覚えるんだ」


「ああ、やってみる」


 俺は背中に刻まれた聖痕にほんの少しだけ力を込めてみた。


 すると次の瞬間、俺の全身から魔力があふれ出し、俺の周囲、半径2メートルくらいの範囲が魔力の大洪水といった状態になった。


「うわっ!し、師匠、魔力があふれて止まらないんだがっ!」


「落ち着け、そこからすこしずつ絞っていくんだ。基礎修行を思い出せ」


 俺は魔力の流れに意識を集中してなんとかコントロールしようと試みる。


「なるほど、そういうことか。すこしずつ分かってきたぞ・・・」


「そうだ、それでいい」


 俺はまだ完璧には程遠いが、ある程度聖痕を使う感覚を掴み始めていた。


「しかし、こりゃマジで通常の魔法とは魔力の量が桁違いだな。コントロールは難しいけど、使いこなせれば無敵だろ」


「そうだな、こと魔法戦において、聖痕の力はお前の好きな反則行為ちーとと言っていいレベルだろう」


「確かにな、ここまでぶっ壊れてると今まで身体や大気中から必死こいて魔力をかき集めてやりくりしてたのが馬鹿馬鹿しくなってくる」


「聖痕の魔力ももちろん無尽蔵というわけではないが、これなら魔石をはめた杖などの魔力増幅器が無くてもバンバン大技が使えるというわけだ」


 聖痕のコントロールにもいくらか慣れてきたところで俺は試しに基礎中の基礎の火球を打ち出す魔法を使ってみた。


 この世界の魔法は呪文で魔力を制御して発動するのが基本だが、自力で魔力の流れをコントロールできる者なら呪文の補助無しの、いわゆる無詠唱でも魔法が使える。


 俺は修行でオリヴィエから魔力のコントロールを徹底的に叩き込まれたので大抵の魔法はもう無詠唱で使えるようになっていた。

 

「はっ!って、うお!」


 感覚的には全力の五パーセントもないくらいの力加減で放った火球は、大きさは通常通りだったが密度がおかしいことになっており、小さな太陽を思わせるような異常なくらいのパワーを帯びていた。


「聖痕ってのは魔力の量もすごいが、魔力の質ってのが全然違うな・・・。もともと魔法使いでもないのにこんなもんを制御してたって、俺のオヤジ、グラン卿ってのは

言い方悪いけどほとんどバケモンだな」


「まあ、否定はしない。だがグランが聖痕を使いこなせたのは、決して素質や才能があったからというだけではない。何よりもその強靭な精神力でもって、己の身体をも飲み込まんとする聖痕の魔力を屈服させた結果だ」


「・・・なんかまるで、聖痕に意思があるとでも言いたげなセリフだな」


「・・・聖痕の術にはまだまだ未知の部分が多いが、人間の意思の力が大きな要素ファクターとなっているのは間違いない。ゆえに、そういう可能性も否定はできないということだ」

 

 そんなやりとりをした後、俺が一通り簡単な術を試し終わると、オリヴィエは岩山の方を指さして言った。


「さて、ウォーミングアップはそれくらいにして、そろそろ本番といこうか」


「なんだ?あの岩山がどうかしたか?まさか、あれを叩き割って来いとか言わないよな?」


「そんなわけあるか。いいか、あれはただの岩山じゃない。あれは岩山に見せかけたダンジョンだ」


「それじゃあ、まさか?」


 オリヴィエは親指を立ててにっこりと笑った。


「行ってこい、弟子よ」


「一人で!?」


「一応私も同行してやるから安心しろ。ただし手助けは期待するなよ?」


 そんなわけで、俺たちは岩山、もといダンジョンに挑戦することになった。

 遠くからだと気づかなかったが、岩山に近づいてみるとところどころに横穴が掘られていて確かにダンジョンで間違いなさそうだった。


「まあ、おそらく中はせいぜい二、三層しかないだろうし大した魔物もいないだろうよ。今のお前なら楽勝だ」


「本当だろうな?入ってみたら実はとんでもないトラップ満載のヤバイ魔窟でしたなんてのはゴメンだぞ・・・」


 俺は適当な横穴を選んで、恐る恐るダンジョンの内部に足を踏み入れた。


 横穴の中は真っ暗で照明なんてないので手のひらの上に炎を出して灯りにして進んだ。そうしてしばらく行くと野球場くらいある大きな空洞に出た。


「うわっ、これ絶対なんか魔物いるって!」


 若干上ずった俺の声が反響して辺りに響いた。


「おっ?なるほど、これは珍しい」


 天井の方を見るオリヴィエの視線の先では何かがカタカタと音を出しながらうごめいている。


「なんだ?って、おわっ!」


 俺がその正体を確かめようと注目した瞬間、天井から次々とその何かが降ってきた。灯りに照らされたそれらは、四肢をくねらせ、ゆらゆらとゆっくり立ち上がる。

 

「これは・・・人間!?いやっ、人形か!」


機械人形オートマタだな。それも自立稼働タイプか、来るぞ!」


 機械仕掛けの人形たちは俺たち目がけて一斉に襲い掛かってきた。


 俺は目を見開いて即座に魔法を使った。


認識拡張シックスセンス、発動!」


 前後から同時に掴みかかってきた人形たちを俺はその場でしゃがんで回避して、続けざまにさらに別の魔法を発動した。


身体強化ドーピング、レベル2!」


 俺はしゃがんだ状態から勢いよく立ち上がりながら目の前の人形のあご目がけて、アッパーカットを繰り出した。


 アッパーは命中し、丸太を斧でかち割ったような音を立てながら人形の頭は真っ二つになって空中へ吹き飛んだ。


 そうしているうちにも背後の人形は俺に狙いを定めて上段から腕を振りぬこうとしていたが、俺にはその様子がきちんといた。


 俺は背を向けたまま、体を横にさばいて人形の攻撃をギリギリのところでかわすと今度は両手で人形の腕を掴んで思い切り投げ飛ばした。


 勢いよく飛んでいった人形は十メートルほど先の岩肌に激突してバラバラになって飛散した。


「クソ、多すぎんだろ!」


 その後も俺は押し寄せてくる人形たちの攻撃を最小限の動きでかわしては流れるような動作で反撃を叩き込んで、人形たちを次々とスクラップに変えていった。


「ふっ、やるじゃないか。自分を客観視する術か。お前の好きなげえむとやらから着想を得たと言っていたが大抵の魔法使いが苦手とする近接戦闘をこんなやり方で克服したのはお前くらいだな」


 最初に発動した認識拡張シックスセンスは、ゲームで言う三人称視点からの自らの映像をリアルタイムで取得する俺のオリジナル魔法だ。


 ゲームでは近接戦闘は一人称視点だと色々と不便で上手く動かすのは難しいが、三人称視点なら慣れれば複雑なアクションもスタイリッシュにこなせるようになる。

 そこに注目した俺は自分の様々な状態をゲーム感覚で把握できる術を色々と修行中に開発していた。

 

 これはその一つ、名付けてシックスセンス。・・・中二病ですが何か?


「師匠こそ、そんなえぐい術を思いつく奴は他にはそうそういないと思うぜ?」


 オリヴィエは魔力の網を展開すると人形たちを包み込んで圧縮、粉砕し、文字通り一網打尽にしていた。


「さてと、流石に面倒になってきた。程よくスペースも空いたところで、そろそろ俺も派手なヤツいくか!」


 俺は聖痕から魔力を引き出すと両手を上にかざして超特大の火球を作り出し、人形の群れに向かって発射した。


 ごうごうと音を立てて燃え上がる火球は人形を巻き込みながら飛び、地面に着弾すると爆発を起こして巨大な火柱が上がった。


「ふう、あらかた片付いたか」


 俺とオリヴィエはほとんどの人形を再起不能に破壊、辺りには人形の残骸が大量に散乱していた。


「これじゃあ、それほど聖痕の訓練にはならないな」


 俺がニヤリと笑みを浮かべながら軽口を叩くとオリヴィエは不敵に笑い返した。


「何を調子に乗っている?メインディッシュはこれからだぞ?」


「まだやるのかよ?まあいいけど、調子に乗ってるのはどっちだよ?」


 人形の部屋を突破した俺たちは再び暗い横穴を通って先に進み、ダンジョンのさらなる上層を目指した。


 だいぶ進んだところで何かに気づいたらしいオリヴィエが俺に指示を出した。


「待て、止まって火を消してみろ」


 言われた通りにすると、暗くなった穴の中で遠くの方にほんのわずかだが光を感じた。


「この光は日光か?下からは見えなかったがどうやら岩山のてっぺんに穴が開いているらしいな」


「ってことは、最上部か?思ったより早いけど、ラスボスのお出ましか?」


 俺たちは気を引き締めて穴の奥の光を目指して歩いた。


 進むごとに光はだんだん強くなり、横穴を抜けるとまた広い空間があって天井にぽっかりと空いた穴から陽光が眩しく降り注いでいた。


「おい、師匠、あれってもしかして・・・」


 明るさに目が慣れてくると、ただのでっかい岩に見えていたものがどうやらゆっくりと上下に動いているらしいことに気が付いた。


「これは、呼吸してるのか?」


 俺がごくりと息をのむと軽く顔を傾けてオリヴィエは言った。


「さて、それじゃあお手並み拝見といこうか?」


 オリヴィエは足元から適当な石ころを拾うとそれに向かって投げつけた。


「グルルルルル!」


 こちらに気が付いたらしいは寝そべっていた体を起こし、その正体を露わにすると、激しい咆哮を上げた。


 四つ足で大きなかぎ爪を持ち、背中には羽根を生やして、長い首と尻尾をうねらせ、赤く巨大な目でこちらを見ているそれは、紛れもなくファンタジーものにおける定番中の定番、おそらく伝説上の生き物人気ナンバーワンのアイツだった。


「ドラ・・・ゴン!」 

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