第9話 刻まれる想い
「悪い、多分俺の聞き間違いだと思うんだが、君は今、お父様をどうするって言った?」
「殺しましょうって言ったのよ?」
俺はノノリエが連れてきて部屋の外で待たせてる侍従やらに聞かれてないかとヒヤヒヤしながら彼女の真意を問うた。
「なぜそんな話を俺にする?君は何が目的なんだ?」
「何故って、私、お父様に捨てられたの・・・。お前はもういらないって・・・。だからこれは復讐なの。それに、あなただってお父様が憎いんじゃなくって?」
「捨てられたってどういうことだ?なんで俺が王を憎むんだ?」
ノノリエは俺の顔をまじまじと見つめてきた。本当に人形のように美しい容姿だが、妖しく笑う様はどこか不気味で、まるで本当に人間じゃないみたいに見えた。
「やっぱりまだ記憶が無いのね。でもその方がいいわ。今のあなたは前と比べたら幾分ましだもの」
「君は前の俺を優しさしか取り柄がないつまらない男だとか言ってたけど優しくて何がいけないんだ?」
「そんなこと言わなくても分かるでしょう?優しさなんて弱さの裏返しだもの。助け合わないと生きていけない弱者同士が馴れ合うための言い訳じゃない。
生きるということは奪い勝ち取ることなのだから」
ノノリエは冷たく吐き捨てるようにアルベルトを否定した。
正直なところ、俺は彼女の言うことにも理はあると思う。
以前の腐りきっていた俺なら同意したかもしれない。
しかし、皮肉にも彼女がアルベルトよりマシだと話した俺はそんな論理を認めるわけにはいかなかった。
「そいつは君が憎んでいるお父上と同じ理屈だろ?そう思うんだったら捨てられたって文句は言えないってことになるぜ」
「私はお父様とは違うわ。実力主義を謳いながら腐りきった無能な家臣をのさばらせて見て見ぬふり。自分の保身のために道理を捻じ曲げてみっともないったらないわ。
私はただ残酷で美しい、嘘のない世界を作りたいだけ」
どこまで本気なんだか知らんが、温室育ちのお姫様に言われても何の感慨も湧かない。
今は下手に刺激しないように適当に丸め込んでお引き取り願おう。
「ノノリエ、君の考えは分かった。でも今は俺にも余裕がないし、何より今日は父上の葬儀が優先だ。だから今日のところはお引き取り願いたい」
「ふーん。あれほど嫌っていたお父様の葬儀が今はそんなに大切なのね?」
「ん?どういうことだ?」
「さあ、何でしょうね?ま、私はお邪魔みたいですからこれにて失礼させて頂きますわ」
ノノリエは気になることを言い残して去って行った。
アルベルトがグランを・・・。
だが、今はあんなイカレ女の言うことで心をかき乱されている場合じゃない。
聖痕の術に向けての準備を必死で進めているオリヴィエのためにも俺もできることをしなければ。
ノノリエが帰った後は葬儀はつつがなく進行し、特に問題もなく幕を下ろした。
片づけを手伝っているとガイゼルが珍しく俺に話しかけてきた。
「そんなことは若様の仕事ではない。どうせならこちらを手伝え」
ガイゼルは俺の返事も聞かずに離れにある温室に向かって歩いて行った。
「なんなんだ?」
しかたなく俺はガイゼルに続いて温室に入った。
温室の中ではとてもこの世のモノとは思えない程美しい花々が咲き乱れていた。
「若様はここが好きだった。暇さえあればここに来て読書をされるのが習慣だった」
ガイゼルは温室のヒーターに薪をくべながらそんなことを言うと、新しい薪束を取りに温室の裏に回って行った。俺は面食らいつつもその後について行った。
「じいさん、薪なら俺が持って行ってやるからどっかで座ってろよ。あんたも葬儀で疲れただろ」
「フン、年寄り扱いするな。このくらいのことができなくて執事が務まるか」
結局ガイゼルは譲らず、二人して薪を抱えて温室まで無言で運んだ。
薪を仕舞い終わって一息つくと、ガイゼルはパイプを吹かしながら語り始めた。
「あれは、若様が十二歳のころだった。体が弱く病気がちだった若様はいつもグラン様に引け目を感じておられた。
グラン様もグラン様で幼くして母を亡くした息子にどう接すれば良いか分からずいつも悩んでおられた。
しかしゴーベルスタインは聖痕で成り上がった家、若様には是が非でも聖痕を受け継いで頂く必要があった。
若様も期待に応えようと必死で努力なされていたがどうしても上手くいかなかった。
それを見かねたグラン様が若様をなんとかして鍛えようとすればするほど、お二人の溝は深まっていった。」
俺はノノリエの言葉を思い出しながらその話を聞いていた。
アルベルトはグランを嫌っていた・・・。
「そして、ノノリエ様との婚約を結ばれたときにそれは起こった。
若様はグラン様に初めて反抗されてこの温室で激しい口論になった。
頭に血が上ったグラン様は若様が大切にしておられた鉢植えを叩き割り、
『こんなものに現を抜かしているからお前はいつまで経っても弱いままなのだ』と怒鳴った。
その鉢植えは若様がお母上と初めて植えられた思い出の詰まったものだった。
それからというもの、お二人はほとんど言葉を交わされることもなくなり、
若様は成長してご健康になられてからも、グラン様から離れて見習い騎士として
家から出ることを望まれた。」
すれ違い・・・。お互いに愛情があっても上手くいくとは限らない。
どこの世界でもそれは同じということか。ままならないもんだ。
「結局、グラン様がご病気になられてからも、溝は埋まることなく、とうとう別れの時がきてしまった。この老いぼれにはどうすることもできなかった。」
ガイゼルはパイプを握りしめ、奥歯を噛みしめていた。
「なんで、その話を俺に?」
「オリヴィエ殿から聞いた、お前は聖痕の術を受けるつもりだと。
だが何故だ?命の危険を冒してまで、なぜお前は戦おうとする?」
俺は手を頭の後ろで組んで軽く息をついてから答えた。
「買い被りすぎだ。俺はただ、自分のために活路を開こうとしてあがいてるだけだ。
ま、確かに、逃げることもできるのかもしれないが、今の俺には背負ってるものがある。
だが、本当のところは俺にも分からん。悪いけど」
「そうか・・・。聖痕の術、王は三日後に執り行うように沙汰された。」
「三日後か・・・」
ガイゼルはパイプを片付け、立ち上がると温室の出口に向かった。
そうして出口の前に立つと首だけ後ろに振り向きながらポツリと言った。
「死ぬなよ」
ガイゼルのその言葉は俺に向けられるには相応しくない。
俺は所詮、無限転生スキルがあるから死を恐れずに動けるだけだ。
そう思ったら、どこか虚しさのようなものを感じた。
「はっ、なんだか忘れてたな。そうだ、俺は卑怯な臆病者だ」
ダラダラ生き続ける、そんな目的しかなかったはずなのに、それは今も変わらないはずなのに、なぜこうも胸が苦しいんだろう。
こんな気持ちは背負いたくなかった・・・。
でも・・・。
「俺は・・・」
―――三日後、俺とオリヴィエは王宮に用意された祭壇の上に居た。
王は俺たちの間近で座椅子に座り、術の最終準備を見学していた。
オリヴィエはこの三日間ほとんど寝ずに研究を続けて、今朝までかかってようやく理論をまとめ上げたばかりだった。
実証も何もできていないので、ぶっつけ本番で試すしかない。
「さあ、アルベルト、準備は良いか?」
オリヴィエは腰巻一丁になった俺の肌に描きこまれた紋様に手を当てて尋ねた。
「ああ、覚悟はできてる。やってくれ」
そして、オリヴィエは呪文を詠唱し始めた。
「我、ここに示す。始原の園より出でし霊力よ。この罪深き咎人に今再びの祝福を。天と地と、神羅万象を統べる力を。
乞い願うは祈り。永遠の妄執。全ての始まりと終わりもて、万感の叫びを。流転する運命に栄あれ。
闇を払うは金色の光。今、これよりはこの者に宿り、終焉来るその日まで、鬼神の血盟を刻むもの也。
来たれ雷、この命、命運尽きるその日まで!はぁっ!」
オリヴィエが魔力を込めると、俺の体を覆う紋様は輝き、うねり始めた。
俺は全身に走る激痛に顔を歪めて苦悶の表情を浮かべつつも必死に耐えた。
紋様はだんだんと俺の背中の一か所に集まり始め、痛みも激しさを増していった。
「ぐ、う、あ、あぁぁあぁあぁあぁああ!!」
「聖痕刻印!現れ出でよ!はあぁあぁぁあぁぁああ!!」
背中には羽根をデザインしたような紋様が形成され、そこからものすごい量の魔力があふれ出し、物理的な波動が突風となり、祭壇を囲むカーテンがバサバサと
激しくたなびいていた。
それが三十秒ほど続いた後、何事もなかったかのように全てが静止して、あたりは静寂に包まれた。
そんな中でオリヴィエの声が高く響く。
「アルベルト!おい!アルベルト!」
俺はもうろうとする意識を必死に手繰り寄せ、なんとか倒れずに座っているのがやっとだった。
「聞こえ・・・てるよ。はっ。こいつは確かに、とんでもねえ、な・・・」
エルクト王は俺に刻まれた聖痕をまじまじと検分すると、俺から離れて良く響く声で言った。
「アルベルト・ゴーベルスタイン、聖痕の儀、確かに見届けた。その力は我が国にますますの繁栄をもたらすであろう。誠、大儀であった」
そして王が祭壇から去ると、オリヴィエは俺を抱きしめて泣いた。
「よくやった。よく、生きて・・・。うっ、ぐぅ・・・!」
「はっ、だから言っただろ。俺は死なねーって・・・」
俺はしばらく、立つこともままならず、数時間後、ようやく、オリヴィエの肩を借りて歩けるまでには回復した。
「まず、第一段階はクリアだが、これから聖痕が定着するまでにしばらくは苦痛が続く。何か違和感があったら、すぐに言うんだぞ」
「おう。ははっ、ボロボロだぜ・・・」
その日は屋敷に帰ることも難しく、王宮の中で泊まらせてもらったが、体中の痛みのせいで一睡もできず、付き添ってくれていたオリヴィエが溜まりに溜まった疲労からか爆睡しているのをただ眺めていた。
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