第8話 提案

「では先に悪いニュースから話そう。葬儀の参列者のことなんだが、ノノリエが自分も出ると言ってきた」


「それが悪いニュースなのか?一応今のところはまだ婚約者なんだから参列するのは普通だと思うけど?それに一人増えるくらい・・・」


 オリヴィエは頭を掻いて呆れたような顔をして言った。


「お前なあ、ノノリエはお姫様なんだぞ?もし参列するとなったら彼女だけでなくお付きの者をぞろぞろ引き連れて来るに決まってるだろうが」


「あー、そうか・・・」


「それにお前から聞いた彼女の言動を考えれば、ただ単に参列するためだけに来るのだとは思えない。絶対に何かある」


 俺はこの世界に転生したばかりの時にノノリエと交わした会話の内容を思い起こして唸り声を出した。


「記憶喪失って言ってあるし、俺がいなくなって清々するとか、もう二度と会わないとか言ってたからなあ。確かに何をしてくるか読めないな・・・」


「記憶が戻ったことにするにしても、葬儀でのお前の振る舞い方をどうするかだ。ほかの参列者はアル坊のことをそれほど深くは知らんからいいがノノリエは昔馴染みだしな・・・」


「うーん・・・」 


 大きな不安材料を抱えることになって俺たちは頭を抱えた。

 しばらく悩んだ末、オリヴィエがぐっと握りこぶしを作って宣言した。


「よし、かなり強引なやり方になりそうだが、私が何とかしよう」


「おっ!流石師匠!頼りになるぜ!亀の甲より年の劫!伊達に年食ってるわけじゃねえな!」

 

「ああん?」


 口は災いの元。余計な一言のせいで軽く殺されかけたがまあいつものことだ。 


 そういうわけで、とりあえずノノリエのことはオリヴィエに任せることになったが話はまだ終わらない。


「次はすごく悪いニュースだが・・・」


「おう・・・」


 さっきまでとはまた全然違う声のトーンで張り詰めた空気を作りながらオリヴィエは顔の前で手を合わせて言った。


「スマン!聖痕の術の件だが、根回しが王に知られた!これは私の判断ミスだ」


「それってつまりどういうことだ?王に何か言われたのか?」


 オリヴィエは答えず、腕を組んでうつむいたまま思案顔だ。


「そんなに、まずいことなのか?」


「・・・」


「どんなことでもいいから話してくれ。過ぎたことを悔やむより、先のことを考えよう」


 オリヴィエは両手で顔を覆って大きく息を吐き出すと、手を下して重い口を開いた。


「・・・王は・・・聖痕の術の際には自らもその場に立ち会うと言ってきた」


「あちゃー」


 これは確かにまずい、俺たちは聖痕を持っているように見せかけたいだけで本当に聖痕の術を使うつもりはない。

 一応、最悪の場合として、聖痕の使用を禁じられる可能性は考えていたが、逆に使わせられるというパターンは想定していなかった。


「なんとか誤魔化せないのか?」


「王は以前にグランたち志願者が聖痕の術を受けたときもその様子をしっかり見ていた。どこまで覚えているかは分からんが王は侮れない相手だ。

そして王は自分に対する嘘を絶対に許さない、もし騙そうとしていることがバレたら追放どころでは済まなくなる」


「うーん、こりゃいっそ素直に追放されとくんだったか?」


 オリヴィエは部屋の中を行ったり来たりして落ち着かない様子だ。

 ああでもないこうでもないと一人で悩んでいる。


「だったらもう逆に本当に聖痕の術を使ったらどうだ?」


「それは絶対にダメだ!あの術は危険すぎる。人魔大戦の時に使ってみて、師匠が禁術としていた理由を嫌というほど思い知った。

あんな思いはもうしたくない・・・」


 確かに聖痕のリスクは大きい、それは分かっている。


「・・・でも他に方法があるか?・・・師匠!」


 俺は柄にもなくふさぎ込むオリヴィエの肩を掴んで迫った。

 オリヴィエは俺と目が合うと、視線を右下に泳がせた。

 それを見て俺はすぐにピンと来た。


「師匠、俺に何か隠してるな?」


 オリヴィエには嘘をついたり隠し事をしている時、右下を見る癖がある。

 三年も二人きりで過ごした俺が言うのだからまず間違いない。


「・・・お見通しか・・・」


「いやまあ、分かりやすいからな、師匠は」


「分かった。正直に言おう」


 オリヴィエは腹をくくって話し始めた。


「実は、聖痕の術を施しても無事でいられる可能性はなくはない。

全てにおいて確証はないが、あの術には改良の余地があると私は思う。

私はあの術で何人もの人間を死に追いやった。非常時だったとはいえ、

本来なら許されないことだ。私はそのことをとても悔やんだ。

それで、ただ一人だけ生き残ってくれたグランにとても感謝した。

せめてグランにだけは人として当たり前の死に方をして欲しい、そう思った。

だから私は大戦後も聖痕の術の研究を続けた。

そして見つけたんだ、術を改良する糸口を。

でも・・・私には・・・」


 聖痕の術の一件がオリヴィエにとってそれほど苦い記憶として刻み込まれていることを俺は知らなかった。

 オリヴィエはすごく不器用だが心根はとても優しいということを俺は知っていたのに、彼女が心にずっとそんな深い後悔を抱えていたなんて考えもしていなかった。

 そんな自分に腹が立った。


 だが、それは俺にとって意外なことだった。

 俺はこれまで他人のことをそんなに真剣に考えたことなんてなかった。

 知らない間にオリヴィエは俺にとってとても大切な存在になっていたらしい。

 だから、俺は迷わなかった。


「師匠、俺は師匠を信じてる。聖痕だろうがなんだろうが関係ない。

師匠にできないことなんてない。だから自分を信じてくれ。

なーに、俺なら大丈夫だ。俺を誰だと思ってんだ?

俺は師匠の弟子だぜ、殺されたって死なねーよ。

ははっ、なんて、ちょっとカッコつけすぎかな?」


 柄にもないことを言ってしまったと俺が後悔し始めた時だった。

 ガハハと大きく笑って、オリヴィエは思いっきり俺の背中を叩いた。


「それ、もしかして口説いてるつもりか?バカめ。百年早いわ!

まったく、弟子のくせに生意気なヤツだ。お前こそ私を誰だと思ってるんだ?

この大魔法使いオリヴィエにできないことなどあるものか!

見てろ、絶対に期限までに完璧な聖痕術を完成させてやる!」


「へっ、なんだよ。さっきまで今にも泣きだしそうな顔してたくせに」


「はっ、勝手に言ってろ」


 そう言うと、オリヴィエは研究拠点としている工房に向かうと言い残して去って行った。


「さて、葬式は明日か・・・」


 何があろうとうまく切り抜けてバラ色の異世界ライフを謳歌してやる。

 ノノリエだろうがなんだろうがかかってきやがれ!

 俺は心の中でそう息巻いていたが、事態はまったく予想外の方向に進んだ。



 葬式当日、黒い喪服をまとって屋敷にやってきたノノリエは到着して早々人目のない部屋に案内させると、予想外の言葉を口にした。


 「もしも、ヴェルナルドに勝てたら、私、あなたの妻になってあげてもいいわよ?」


 「なんだよ、現金な奴だな。この間はさんざん人のことこき下ろしておいて」


 それだけなら、まあ別に驚くほどでもなかったのだがこの次の発言は流石にすぐには信じられなかった。


 「そうね、前言撤回するわ。ごめんなさい、許してちょうだい。

だからお願い、わたくしと一緒にお父様を殺しましょう?」


 「へ?」


 どうしてこう次から次へと厄介事ばかり起きるんだ?

 俺が何かしたか?

 俺はダラダラ暮らしたいだけなのに!


 俺の手を取ってヤバイ笑みを浮かべるノノリエを眺めながら、俺は茫然と立ち尽くしていた。

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