第7話 俺は悪霊じゃないんだが?

「ヴェルナルドも余も暇ではない。仕合の日取りは追って沙汰する。今日はもう下がるがよい」


「はっ!」


 俺たちは王の御前から立ち去り、自宅への帰路についた。

 馬車の車中でオリヴィエがようやく口を開いた。


「まったく、先ほどは肝が冷えたぞ。まさかエルクト王に向かってあんな啖呵を切るとは・・・」


「でも、時間は稼げただろ?」


「お前という奴は変なところで肝が据わっているというか、そういう悪知恵だけは大したものだな」


「まあ正直自分でもちょっと意外だったよ。前の俺なら無理だっただろうな。やっぱり力があると違うもんだ。師匠が鍛えてくれたおかげだな。」


「ま、まあな。私のような良い師匠に恵まれたことに感謝するんだな」


 ぶっきらぼうに言うオリヴィエの表情はもう日も落ちて暗い車内ではよく見えなかった。


「ありがとな、師匠」


「な、なんだ急に?らしくないぞ。気持ち悪いな・・・」


 そんなやりとりをした後、しばらく二人とも無言で馬車に揺られていた。


 屋敷に到着すると、暗い中でランプを持ったガイゼルが出迎えてくれた。

 俺たちが馬車から降りるとガイゼルは少しほっとしたような表情で言った。


「お二人ともよくお戻りになられました。さあどうぞ夕食の用意ができております」


 俺たちは先に楽な格好に着替えてから食卓に着いた。 

 出てきた料理は質素なものが多かった。

 この世界の文化は知らないが喪中でもあることを考えてのことだろう。

 ちょうど食べ終わったくらいのタイミングで脇に控えていたガイゼルが切り出した。


「御当主様の葬儀の件ですが、先ほど伝書鳩にて密葬にせよとのお達しがありました」


「そうですか・・・。聖痕はエルクトの切り札、しばらくはグランの死は伏せておくということですな」


 オリヴィエは少しためらうような仕草を見せた後、ガイゼルにこう告げた。


「・・・実はこちらからもご報告しなければならないことがあります」


「何でしょう?」


 オリヴィエは細かい経緯を省きつつ、王宮での出来事をガイゼルに話した。


「若様が御前試合を!?それもあの剣聖と謳われるヴェルナルドが相手とは・・・」


 俺がアルベルトではないということはまだガイゼルに知らせていない。

 いつまでも隠してはおけないがせめて葬式の準備が済むまではこのままの方がいいかもしれない。


「無礼を承知で言わせていただければ、とても勝ち目があるとは思えません。若様、どうなさるおつもりなのですか?」


「・・・」


「・・・若様?」


 どう答えたものかと俺が困っているとオリヴィエが助け舟を出した。


「色々あってアル坊も疲れています。今はとりあえず休ませてやってください」


 しかし、ガイゼルも今度は引かなかった。


「一体どうしたというのですか?若様もオリヴィエ殿も今日は様子が変です。

何を隠しておられるのですか?このガイゼル、ゴーベルスタイン家に仕えて四十年

になりますが、常に忠実であったと自負しております。決して秘密を漏らしたりは致しません」


必死の形相のガイゼルを前にしては流石にオリヴィエも折れるしかなかった。


「分かりました。隠していてもいずれは知れることです。全てお話しましょう。ですが、どうか気を強く持って聞いてください。いいですか?今ここにいるアルベルトは、あなたの知っているアルベルトではありません」


「私の知っているアルベルト様ではない?」


 意味が分からないという顔でガイゼルが俺の方を見つめる。

 

「師匠、ここから先は俺が話すよ」


 いたたまれない表情で唇を噛んでいるオリヴィエに代わって、俺が事のいきさつを説明した。


「な、何をバカなことを!?異世界?転生?そのような話、聞いたこともございません!まさか、ご乱心なされたのですか!?」


 流石に口で話しただけではすんなりとは納得してもらえそうになかった。


「信じられないだろうが全て事実だ。じいさん、気の毒だけどアルベルトはもういないんだ」


「嘘です!嘘だと言ってください!グラン様だけでなくアルベルト様までそのようなっ!」


 取り乱したガイゼルは跪いて俺に縋り付いてきたが俺と目が合った時、何かを悟ったような表情をしたあと、涙を流した。


「先代様、グラン様、お許しください。この老いぼれはまたしても己だけ生き残ってしまいましたっ・・・!」


「ガイゼル殿・・・」


「オリヴィエ殿・・・。申し訳ございませんが・・・今は・・・一人にして頂けませんか?」


 ガイゼルはよろよろと椅子に腰かけると、黙って肩を震わせていた。


「じいさん・・・」


 俺の肩に手を置いてオリヴィエが首を振る。


「行こう・・・」


 俺とオリヴィエはガイゼルを残して部屋から出た。そして廊下の壁にもたれかかりながら腕を組みオリヴィエは今後のことについて話し始めた。


「やはり、こうなったか・・・。仕方ない。ゴーベルスタイン家は元々傍流で親しい身内は少ないから葬儀の方はなんとでもなるとしてだ。

聖痕の術を新たに施したことにするためには色々と根回しが必要だがガイゼル殿があの調子ではいささか難儀だな」


「俺はどうしたらいい?」


「お前が下手なことをすればかえって面倒なことになる。ここは私に任せて、お前はなるべく大人しくしていろ」


「・・・了解」


 とりあえず俺は寝室に戻って休むことにした。まだまだ安心できる状況じゃないが焦ってもどうにもならない。

 

「ま、なるようになるさ」


 寝間着に着替えてベッドに横たわり、俺は眠りについた。


 翌日、朝早く目を覚ますと、オリヴィエは既にどこかに出かけた後だった。


「腹が減ったな・・・」


 俺は寝間着からクローゼットの中にある中世の貴族風の服の中でも一番地味なものに着替えると食堂に向かった。

 途中で使用人らしき人たちと何回かすれ違ったが皆俺を見ると逃げるように去っていった。


「なんなんだ?」


 戸惑いながらも食堂に着いてドアを開けると目の前にガイゼルが居た。昨日とは打って変わって無表情だ。


「若様、お食事なら部屋まで運んで行きますのでお戻りください」

「あ、ああ」


 踵を返して来た方に戻り、寝室の隣にあるアルベルトの部屋に入ってしばらく待っているとガイゼルがお盆を持って現れた。


「悪いなじいさん」

 

 俺はなるべく柔和な表情を作って話しかけたがガイゼルは険しい顔でこちらを見もせずに言った。


「悪霊と話すつもりはない」


「は?」


 悪霊?俺が?


「亡くなられた若様の体に勝手に入り込んでいるお前が悪霊でなくて一体なんなのだ?」


 なるほどね、そう来たか・・・。


「そりゃ、じいさんにとっては俺はそういう存在なのかもしれんがな、だからってこれはないんじゃないか?」


 ガイゼルが持ってきたお盆のふたを開けると、中にはパンが一個だけ載せられていた。


「ふん、食えるだけでもありがたいと思え」


 俺は怒りたい気持ちをぐっと押さえてパンを取って口に運んだ。

 すぐに食い終わると使用人のことでガイゼルに質問した。


「おい、じいさん。あんた使用人に俺のことで何か言っただろ?」


「何も言ってはおらん。ただお前と話すことを禁じただけだ」


 ガイゼルなりに俺の秘密を守ろうとしていることは理解できたが、同時に俺に対する心の壁も感じた。


「なあ、じいさん、別に今まで通りに接して欲しいわけじゃないがこんな子供みたいな嫌がらせをすることはないだろう。ただでさえ大変な時なんだぞ?」


「はっ。オリヴィエ殿はお前を信用しているらしいが、わしの目はごまかせんぞ。お前は悪霊だ。お前を追い出せれば若様はきっと元に戻る。その方法さえ分かればお前など」


 どうやらこれ以上話しても無駄らしい。俺はガイゼルのことは放っておいて本棚から気になる本を何冊か選んでその場に腰を下ろして読み始めた。


 修行中にオリヴィエからこの世界のことについてそれなりに教わってはいたがやはりまだまだ知らないことが多い。


 部屋にこもって本を読んでいたら気づくとすっかり日が落ちていた。

 

 そこに出かけていたオリヴィエが屋敷に帰ってきた。


 そしてオリヴィエは帰ってすぐに俺のところに来てこんなことを言った。


「さて、弟子よ。悪いニュースと、すごく悪いニュースがあるが、どちらから聞きたい?」


「どっちも聞きたくねえよ・・・」

 

 俺が深いため息をついているとオリヴィエは勝手に悪いニュースから話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る