第6話 帰還

「では、屋敷に帰るぞ。やり方は分かるな?座標を間違えるなよ」


「おう」


 魔法の修行を終えた俺はいよいよ本格的に異世界での第二の人生を歩むべく、

修行場所である妖精の森から王都にある邸宅へと帰ろうとしていた。


「ここと向こうじゃ時間の流れが違うって話だったけど、どれくらい時間が経ったんだ?」


「ここで約三年ほど居たということは向こうでは三時間といったところだな」


「そうか。軽く頭がバグリそうだな、そりゃ」


「バグ?なんだそれは?またお前お得意のげえむとやらの知識か?」


 当初オリヴィエは修行には約五年はかかると見積もっていたが、俺はその課程を二年も短縮して三年で修了した。

 それほどの時間短縮を可能にしたのは、前世での俺のゲーム知識だった。

 詳しいことは今は置いておくとして、そのおかげで今の俺は魔法使いとしてはまあまあチートと呼べるレベルに達していた。


「それは前にも話しただろ?まあ、ゲームなんて見たことも聞いたこともなかった師匠にはちょっと難しいか」


「む、なんだと?弟子のくせに偉そうに!ちっ、こんなことならもっとスパルタ教育でそのひねくれた根性を叩き直しておくんだった!」


 オリヴィエは推定百歳超えてるエルフのくせに煽り耐性もスルースキルもゼロなので実にからかい甲斐があって一緒にいて退屈しない。


「まったく、オリヴィエちゃんは可愛いなあ」


「は!?ぐぬ、この!うっさい!ハゲ!」


 ついでにちょっと褒めるだけですぐ照れて赤くなるし、まあクソチョロい。

 その気になればすぐにでも一線を越えられそうだが、一応師弟関係にあるのでそこは一定の距離を保っていた。

 決して俺が童貞でヘタレだからではない。


「先に行ってるからな!」


 拗ねたオリヴィエは自分だけ先に転移魔法で飛んでしまった。


「やれやれ」


 俺もすぐに後を追って転移魔法を発動しようとしたその時、どこからか声がした。


「―――せ」


「ん?なんだ?師匠か?」


 周りを見回しても誰もいない。


「殺せ」


「何!?」


 明らかに師匠ではない声とその内容に俺は警戒態勢を取る。


「誰だ!?」


「神を殺せ」


「なんだと?てめえ、何者だ!?」


「・・・俺は・・・お前だ・・・」


 それだけ告げると謎の声は去っていった。


「待て!」


 俺が手を伸ばして叫ぶと、見知らぬ天井が目前に出現した。


「え?」


「やっと起きたか。あれくらいの転移で気絶するとは情けない」


 視線を左にやると、ベッドの横の椅子に座るオリヴィエの姿が俺の瞳に映った。

 それで俺はやっと自分がベッドの中にいることを自覚した。


「あの声は!?あいつはどこに行った!?」


「なんだ?夢でも見たのか?まあ、落ち着け。水飲むか?」


 何が何だか分からないがとりあえずここは、ゴーベルスタインの屋敷らしい。

 バカでかい部屋だがベッドと小机と椅子があるだけの質素な内装だった。

 オリヴィエは陶製の水差しでコップに水を入れて渡してくれた。


「あれが、夢?」


 手に持ったコップの水が揺らぐのを見つめながら俺は混乱する頭を整理しようとした。


「なに、たまにあるんだ。転移魔法は慣れない者が使うと意識と体の同調が乱れて、体だけ先に飛んで一時的に意識が置き去りになるのさ」


「そうなのか?」


「ああ、だからあんまり気にするな」


 俺はどうにもすっきりしない気持ちだったがとりあえずは忘れることにした。

 

 コンコン。


 そこへドアをノックする音が鳴った。ガチャリとノブを回して誰かが入ってくる。


「失礼いたします」


 そこに現れたのは最初に屋敷に着いた時に会った執事かお目付け役とかっぽいおじいさんだった。


「おや?ガイゼル殿、申し訳ないがアル坊はまだ気持ちの整理ができていない故、今しばらくお待ちいただきたいのだが・・・」


 オリヴィエがあたふたと俺を隠すように間に入って対応しているのを見ると、まだ詳しい事情は話していないらしい。

 しかし、ガイゼルはすぐには引き下がらなかった。


「わたくしもそうしたいのはやまやまなのですが・・・。」

「何でしょう?何か問題でも?」


 ガイゼルは明らかに顔に焦りを浮かべて汗をぬぐっている。


「はい、実は・・・先ほど城から使者がお越しになってエルクト王からの王命を申し渡してきたのです・・・」

「王は何と?」

「それが・・・アルベルト様に今すぐ王宮に参内するようにと・・・」


 それを聞いてオリヴィエの顔色も変わった。


「何ですと?思ったよりも早い・・・。これは、何かあるか・・・」

「ですのでオリヴィエ殿、若様にはすぐにでもお仕度いただきませんと・・・」

「承知しました。致し方ない、急ぎ支度をするのでガイゼル殿は馬車の準備を」


 ガイゼルはまだ何か言いたそうだったがオリヴィエが半ば追い出すように扉を閉めた。

 事態は焦眉の急を告げているらしい。


「ヤバいのか?」


 俺がたずねるとオリヴィエは苦々しい顔で言った。


「ああ、エルクト王は賢王ではあるが、実力主義でその点に関しては融通が利かない。それに聖痕のことを問いただされたら言い訳できん」


「なんだよ?魔法はばっちり修行したんだから問題ないだろ?」


「政治っていうものはそう単純じゃないんだよ。お前が少しでもボロを出せば、あっという間に謀略の餌食だ。

聖痕の継承が間に合わなかったことはもう向こうに知れている。だからこそのこの命令だ。

もう少し時間があれば、聖痕の術を新たに施したことにしてお前の魔法を手土産にできたが、これではそれもできない。

かといって、実は聖痕がなくても魔法が使えましたなどと言えば訝しがられるに決まっている」


「だったら魔法以外で力を示せばいいだけだろ?」


「簡単に言うな。そもそもこちらのペースで動けるとは限らんのだぞ」 


「そっちこそ簡単に諦めるな。俺にひとつ考えがある」


 オリヴィエは俺の肩に手を置いて言った。


「失敗は許されないぞ」


「まあ、見てろって」


 俺は魔法で身なりを整えてから馬車に乗り、オリヴィエと連れ立って王宮へ向かった。

 王宮前には長い大通りがあり、道行く人々は活気にあふれていた。

 王宮の門前に到着した俺たちは馬車から降りて検問を受けると、そのまま謁見の間に通された。


「エルクト王、ゴーベルスタインの者らが到着しております。」


 俺たちが控えていると王の側近らしい年寄りが王様に呼びかけた。 


「来たか。通せ」


 王は一段高いところにある玉座にゆったりと座り、俺たちが目前に居並ぶのを眺めていた。

 王の周りには身分の高そうな様々な年代の王侯貴族たちが顔をそろえていた。

 その中には例の第三王女ノノリエの姿もあった。


「貴様がグランの嫡男、確かアルベルトと申したか?」


 王の問いかけに俺は跪き顔を伏せたまま答える。


「はい。この度は拝謁の命を受け、ここに参内してまいりました」


「面を上げよ」


 俺が顔を上げると、王は一瞬だけピクリと眉を動かした。


「ふむ、貴様は己がなぜこのように呼び出されたのか分かっておるか?」


 なるほど、開口一番がこれか。完全に俺をつるし上げるつもりらしいな。


「分かりません」


 俺がそう答えると、オリヴィエはぎょっとした顔でこちらを見た。

 周りに控える者たちからはちらほら冷笑が上がった。


「ほう?それでは貴様は呼ばれたら訳が分からずともそこへ向かうということか?」


 王の言葉を受けて、またも冷笑が先ほどにも増して漏れ聞こえた。


「それが、我が王のご命令であれば」


 俺がそう答えると王は目を細め、若干周囲の空気も変わった。


「ならば、余が死ねと命ずれば、貴様は死ぬのか?」


 周りの大半は未だニヤついているが、何人かは息を吞むような顔でこちらを見ていた。


 この問答。俺は試されている。


 アルベルト・ゴーベルスタインという人間の価値を王は見定めようとしている。


 だったら、俺のやることは一つだ。


「その覚悟を持たずして王にお仕えしている者がここに一人でもおりますでしょうか?」


 俺の答えに周囲が少しざわついた。

 王はしばしの沈黙の後ニヤリと笑った。


「その意気やよし。だがどんなに忠誠を誓おうとも余の配下に弱者は要らぬ。貴様の父グランは天下無双の強者であった。だが貴様はどうだ?貴様には一体何ができる?聖痕を持たぬ貴様に」


 来た。こういうのを待っていた。


「王よ、私は武門につらなる騎士でございます。王が命ずるならばどんな難敵が相手でも必ずや勝利してみせましょう!」


「面白い。そこまで言うなら貴様の腕前、一つ余に見せてみよ」


 よし、乗ってきた。とすれば答えは決まっている。


「はっ!このアルベルト、誰が相手でも受けて立ちましょう!」

 

「では、我が国最強の戦士ヴェルナルド・クランバインと戦い、見事倒して見せよ!」


 王の提案を聞いて側近が慌てて王に何やら耳打ちしたが王は手を振ってそれを追い払った。


「御意!」


 さて、後は野となれ山となれだ。まあ負ける気は一切ないけどな。

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