第5話 俺、魔法使いになる
俺は魔力の流れを感じるという魔法の修行の最初の一歩を踏み出した。
「驚いたな。この修業は本来もっと時間をかけて行う必要があるものなのだが・・・」
師であるオリヴィエのこれまでの口ぶりからして、いきなりかなり飛躍的な進歩を遂げたらしい。
「俺、もしかして天才?」
自分には何の才能もないと思っていた俺だが実は現実では使いようがない魔法の才能を持っていたのだろうか?
「天才というより異常だ。貴様、やっぱり本当は魔物か何かか?・・・であれば今のうちに始末しなくては・・・」
オリヴィエは冗談か本気か分からない口調で物騒なことを口にした。目が怖い・・・。
「待ってくれ、俺は人間だ!・・・多分・・・」
オリヴィエがじっと俺を睨んだまま返事がないので、ちょっと本気で焦り出したところでオリヴィエは、はっと何かに気づいた感じで呟いた。
「いや、待てよ・・・」
それから何やらまた呪文を唱えるとオリヴィエと俺の足元に魔法陣のようなものが出現した。
「ルクス シェンテ バルド?ゲルダント オルファ?」
「はい?オリヴィエさん?それ何語?」
俺はオリヴィエの言葉を理解できなくなっていた。
それは向こうも同じらしく、俺が何を言っても反応が薄い。
そんな俺のことをよそにオリヴィエはなにやら難しい表情で思案していた。
「おーい、オリヴィエさーん。そろそろどういうことか説明してくれませんかねー?」
しーん、無視。
というより考え事に夢中で耳に入ってすらいないらしい。
そこで俺はよからぬおふざけを閃いてしまった。
お互いに言葉が分からないんなら、今ならなんでも言い放題じゃね?
「いやー、マジでオリヴィエさんって美人っすよねー。何よりそのおっぱい・・・。正直たまらんすわ。もう、自然と目線が吸い寄せられて目のやり場に困っちまうよ」
「エルザラン ラグザ。トゥマーリ ヤ ヨウジョ」
異世界語で呟くオリヴィエは俺のセクハラ発言を全く意に介していない。
うん、ばれてない。
ニヤリ。
「オリヴィエさーん、今何色のパンツ穿いてんのー?白?黒?っていうか上はノーブラっすよねそれ。やばいっすよ!そんな格好で出歩くとかもう犯罪ですわ。
公然わいせつ罪で捕まっちゃいますよー?」
いくら相手に分からないからってこんなことを言うとは、我ながらゲスの極みだね。でも、やめらんねーよなぁ!
そして調子に乗った俺が、ライン越えの発言を繰り出そうと口を開いたその瞬間、さっきから地面で光っていた魔法陣が消えた。
「しかし意外だったなー。まさかオリヴィエさんが
あれ?おかしいな。オリヴィエさんの顔がみるみる真っ赤になっていく。
「き、き、貴様!何故それを知っている!?誰にも言ったことないのに!」
あ、ヤバ。言葉が戻ってる。しかも当てずっぽうで言ってみたら当たってたのか。俺の第二の人生、早くも終了です。
「だ、ダメだ。もう殺すしか・・・そうだ、殺そう」
「ま、待ってくれ!誤解だ!いや、あのその―――」
そこで、俺の意識は途切れた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
バチーン!俺の顔に痛みが走る。
「おい起きろ!この痴れ者がああああああああ!」
気が付くと、仰向けに寝そべる俺に馬乗りになったオリヴィエが鬼の形相でこちらを睨みつけていた。
「貴様ァ!貴様という奴は!こっちがせっかく親身になってやっているというのに私に卑猥な言葉を浴びせて面白がるなんて、破廉恥にもほどがある!
見下げ果てたぞ!この変態!」
おっと、全部バレてる。これは誤魔化すのは無理だな。
オリヴィエは思いっきり腕を振りかぶって俺に鉄拳制裁を加えようとしている。
「ぼ、暴力反対!」
「問答無用!!このっ!」
殴られる―――と思って俺は反射的にまぶたを閉じた。
・・・。
(あれ?おかしいな。殴られてない。どうかしたのか?)
そう思って俺がまぶたを開けると、オリヴィエは力なく腕を振り下ろし、口を固く結んで、その目には涙を溜めていた。
「・・・なにも泣かなくても・・・」
「うるさい・・・泣いてない」
「いや、泣いてるだろ・・・」
「まだ言うか。この変態・・・。このっ。このっ・・・このっ!」
溢れた涙がぽたりと俺の顔にこぼれ落ちた。
「・・・本当に、お前はアル坊じゃないんだな・・・」
その言葉を聞いて鈍感な俺も流石にその涙の意味を理解した。
オリヴィエにとってはこの肉体は親友の息子のもの。
きっと家族同然の存在だったに違いない。彼女は大切な存在を一時に二人も失ったのだ。
悲しくないはずがない。
「・・・悪かった。まだどうにも現実感がなくてさ・・・。我ながら、どうかしてたよ・・・」
どこかゲームでもしているような感覚でいたのかもしれない。これだから俺って奴は。
「悪いと思うなら、真面目に修行しろ」
「はい・・・」
俺から離れたオリヴィエは涙を拭って呼吸を整えている。
・・・気まずい。
「と、ところで、何か分かったことでも?」
「・・・ああ、分かったぞ、お前が神から授かったとかいう翻訳スキルとやらの正体がな」
「というと?」
「ずばり、そいつは魔法だ。この世界のモノとはいささか性質が異なるようだが、似たような法則性を帯びているらしい。
試しに妨害魔法をぶつけてみたら先ほどのように翻訳効果が消えたからまず間違いはないだろう」
なるほどな、確かに言われてみればあり得る話だ。
「それじゃあ俺は既に無意識に魔法を使っていたってことか」
「そういうことだ。かなり負荷を軽減する調整がされているらしいから気づかなかったんだろう」
「だったら、もしかしてほかの魔法も意外と簡単に使えるようになったりするのか?」
「それはやってみなければ分からない。というわけで、まずは実験だ」
そう言ってオリヴィエがパチンと指を鳴らすと二メートル程先に木製の的のようなものが出現した。
「見てれば分かると思うが私くらいになると詠唱は基本的に必要ないんだが、
流石についさっき魔力を感じ取れるようになったばかりのお前はそうもいかないはずだ。まずは手本を見せるから、合図したら私の真似をしてみろ」
オリヴィエは的に向かって手を突き出すと詠唱を始めた。
「我は理を統べる者!我が魔力を糧としてここに命ずる!火よ!我が敵を穿て!」
するとオリヴィエの手の前に浮かんだ魔法陣から火球が飛び出した。
まっすぐ飛んだ火球は見事に的を撃ちぬいて、後には支柱だけが残っていた。
そしてまたオリヴィエが指を鳴らすと的は音もなく復元された。
「よし、やってみろ」
「分かった」
俺はさっきのオリヴィエと同じように手を構えて詠唱する。
「えっと、我は理を統べる者、我が魔力を糧としてここに命ずる、火よ、我が敵を穿て」
俺の言葉に従うように体の中から魔力が構えた手の平に流れ集まるのを感じた次の瞬間。
ボッ!
俺の手から百円ライターくらいの火がちょろっと放たれて、わずかにひょろひょろと漂って消えた。
もちろん的は無傷である。
「あー・・・、これって失敗したのか?」
なんとも中途半端すぎる結果に思えたが、オリヴィエは軽く拍手していた。
「失敗なものか。全く初めてでこれができたのはこの世界ではお前だけだろうよ」
「そうなの?」
「ああ、これなら思っていたよりもかなり修行が短縮できそうだ」
そう聞いて俺は初めて修行期間のことを意識した。
「短縮できるってどれくらい?ていうか全部でどれくらいかかるんだ?
一か月、いや、流石に二、三か月はかかるか?」
その質問への答えをオリヴィエは手をパーの形に開いて俺に示してきた。
「五か月!?」
約半年もかかるのかよ!―――と思っていたらオリヴィエから衝撃の事実を告げられた。
「五年だ。バカめ」
「―――!?」
この俺にそんな長期的な努力ができるものだろうかと最初は不安になったが、オリヴィエの合理的かつ無理のない指導のおかげで修業は順調に進んだ。
―――そして、気づけば三年の月日が経過していた。
「さて、それでは最終試験だ。この的の中心を寸分違わず正確に射抜いてみせろ」
「そんなんでいいのかよ、余裕余裕」
老化、というか成長は遅らせているが髪の毛は伸び放題でおまけに服はところどころ破れて、なんだかバンドマンに憧れている人みたいになっている俺だったが成長したのは髪の毛だけではない。
こんな課題はお茶の子さいさいってヤツだ。
「これでもか?」
「むっ?」
オリヴィエは不敵に笑うと魔法で浮かべていた的を高速かつ不規則に動かし始めた。普通に目で追おうとしてもまず無理な速度だ。
「さらに!」
高速移動する的は複製されて残像と区別もつかず、もはや何枚あるのかもはっきりしない。
「力押しは通用しないぞ?」
「上等!」
俺は目を閉じ、的が帯びる魔力の流れだけに意識を集中させた。さすがはオリヴィエ、魔力の流れに一切無駄がない。だが、それだけに次の動きを予測するにはむしろ絶好と言える。
「そこだ!」
そう叫んだ瞬間、俺は瞬時に五つの小さな光球を天に向かって突き上げた手の平の上に生成し、全弾同時に発射した。
パリィィィン!
ガラスが割れるような音が響く。
結果は全弾命中、的は全て正確に中心を射抜かれて砕け散っていた。
砕けた的の破片が舞い散る光景はまるで桜吹雪のようだった。
「合格だ!」
「よっしゃ!」
サクラサク。
魔法を極めし俺の大逆転異世界ライフが今、始まろうとしていた。
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