第4話 聖痕

「魔法の修行か。そのまえに質問していいかな、オリヴィエ」

「私のことは師匠と呼べ」


 オリヴィエは鼻を鳴らして師匠という部分をことさら強調しながら縦社会的な要求を述べた。


「オリヴィエ・・・師匠」

「なんだ?」

「なんか話の流れでいきなりこんなところに連れてこられたけど、

俺はそもそも父親の訃報を受けて家に戻ってきたんだ。

葬式だってあるだろうし、今すぐに修行を始めるわけにはいかないぞ」


 俺の当然の指摘を受けたオリヴィエだったがそんなことは織り込み済みだと言わんばかりに鷹揚に答えた。


「なに、心配はいらん。ここは妖精の森だと言っただろ?ここでは時間の流れが普通とは違う。分かりやすく説明すると―――」

「ああ、精神と時の部屋的なサムシングか。ここでいくら修行しても時間はほとんど経たないってんだろ?」


ぽすっ。


 俺が話を途中で遮った上に解説まで奪ったことに少々立腹したオリヴィエは俺を軽く小突いてきた。

 エルフというからには多分見た目よりもはるかに年を食っているだろうにいささか子供っぽいところがあるようだ。


「まあ・・・そういうことだ。だから、ここでうんと修行して魔法を身に着けてから戻れば、俗物どもに良いようにあしらわれずに済むということだ」

「でも、それだとエルフのあんたはともかく、人間の俺は普通に歳をとってしまうんじゃ?」

「ああ、魔力の使い方さえ覚えれば人間も老化速度を遅らせられるから平気だ」


「ふーん。でも魔法って誰でも覚えられるもんなのか?エルフでも絶対使えるようになるわけじゃないんだろ?」

「そうだな、私の知る限り、魔法を使える人間は私の師を除いては一人だけだ」

「はぁ?」


 そんなの無理ゲーじゃねえか、と一瞬思ったが例の聖痕がどうとかいう話が頭をよぎった。


「まさか、その一人っていうのは・・・」

「多分お前の想像通りだ」

「俺の父親、えっと確か名前は、グラン・ゴーベルスタインだったか?」

「その通りだ。お前の父は我が師が編み出した聖痕の秘術に適応できた唯一の人間だった」


「俺はその聖痕を受け継ぐことになっていたんだよな?でもノノリエはそれはできなくなったとか言ってたぞ?」

「ああ、聖痕は命と引き換えに血縁者に引き継ぐことができるものなんだ。しかし、お前の父君は未熟なお前にはまだ荷が重いと考え、できる限りお前の成長を待っていたんだ」


 この体の元の持ち主、アルベルトは家柄は良くてもどうやら才能には恵まれていなかったらしいと見える。


「なるほどな、病気か何かでもう長くないと分かってはいたがギリギリまで息子の成長を待っているうちに想定より早く限界が来ちまったのか」

「あるいは、グランの意思だったのかもしれんがな」

「どういうことだ?」

「聖痕は、絶大な魔力を得られるのと引き換えに使用者の体を蝕む諸刃の剣なんだ。ほとんどの人間はその負荷に耐えられずに三日と持たず絶命する。

ただ体に刻んだだけでそうなるのだから、魔法を使おうものなら即あの世逝きさ」


 なんだか思っていた以上に聖痕というのはヤバイ代物らしい。

 でもこの話の流れだと俺はそんなものを背負い込まなきゃならないことになるのでは?そいつは御免被りたいところだが・・・。


「グランは、聖痕に愛された男だった。奴は聖痕によるダメージを聖痕によって帳消しにする荒業でそのデメリットを克服し、先の人魔大戦では魔法戦士として一騎当千の活躍を見せた。その功績で一介の騎士から伯爵の地位にまで成り上がり、息子と王族との縁談まで取り付けたのだから大したものだ」


「そうか、聖痕みたいなヤバイものを背負わなくても息子が恵まれた地位に居続けられるように政略結婚が成るまではなんとか持ちこたえる腹だったのかもしれないってことか」


 オリヴィエは、寂しそうに静かに笑った。


「最後まで自分の意思を貫いてどんなに辛くてもやせ我慢して笑顔を絶やさず・・・実にあいつらしい最期だったよ」

「オリヴィエはオヤジ・・・の最期を看取ったのか。どういう関係だったんだ?」

「友人さ、最初で最後の・・・な」

「そうか・・・」


 つい雰囲気にのまれてしんみりしてしまったが、そろそろ話を軌道修正しないとな。


「それで、俺はどうしたらいいんだ?」

「ああ、すまない。話が逸れたな。はっきり言って、お前にはグランと違って聖痕を抑え込むような埒外な力はない。だから、聖痕の秘術を施す気はない」


「じゃあ俺は魔法は使えないってことになるんじゃないのか?」

「ああ、お前がアルベルト・ゴーベルスタインなら不可能だった」


 オリヴィエは俺の胸に手を当てて言った。


「だがお前はスギタシンゴだ」


「そうか・・・魂の波長か?」

「気づいたか。そうだ。お前は師匠と同じ、人間ではありえないはずの、魔力を操ることができる魂を持っている」


「つまり、普通の人間には無理だが俺なら修行すれば魔法が使えるっていうことか」

「そういうことだ。ただし、師匠がどうやって魔法を覚えたのかは私には分からんからやり方は私の時を参考にしつつも手探りということになるがな。よっ」


 掛け声とともにオリヴィエが片手を上げると俺の視界が一変した。自分の体やオリヴィエ、周りの草木からひょろひょろと光の線が流れ出しているように見える。


「見えてるか?これは師匠が編み出した空気中の魔力の流れを可視化する術でな。このように生き物は皆微弱な魔力を発している」

「おお。これが魔力・・・」


 これには流石にちょっと気分が高揚するのを自覚した。転生してからこれまでで今が一番ファンタジーしてるな、これは。


「ふっ、喜ぶのは早いぞ弟子よ。というか、ここから先はちと荒療治になるから覚悟しろ」

「え?」


 オリヴィエが上げていた腕を下して地面に向けたかと思うと地面からオリヴィエの手のひらに向かって光の線が束になって連ねられていく。


 光は、束からだんだんとぐるぐると渦を巻き球体を構成し始めた。野球ボールくらいの大きさになったそれは一等星の如き輝きを放ちながら滞留していた。


「最初はこんなもんかな。よし、これからお前の体にこれを流し込む」

「それを?大丈夫なのか、めっちゃ熱そうだけど」

「大丈夫だ、最初は何も感じないはずだ。なんだ?動くな」


 オリヴィエがすいっと近づいて来て後ろに回ったと思ったら急に背後から抱き着いてきた。

 俺は反射的に逃れようとしたのだが制止されたのでされるがままになっていたら、オリヴィエは俺に折り重なるように体を寄せて頭を俺の肩に乗せてきた。


 当然背中には二つの弾力に富んだ物体が接している。

 落ち着け俺、円周率を唱えるんだ。π!π!って無理!


「ちょ、ちょっとオリヴィエさん?」

「ええい、こわっぱが・・・この程度でどぎまぎするな!」


 オリヴィエはそのまま空いた方の手で俺の腕をつかんでその手のひらに向かって光球を近づけてきた。


 俺は二つの意味でドキドキしていた。心臓が爆速で鼓動する。


 俺の手とオリヴィエの手に挟まれていた光球はゆっくりとほどけ始め、光の線が俺の手のひらに流れ込んできた。


「ハァハァ、うっ!」


 手が熱い、血管とは違う何かがジンジンと疼く。


「何!?お前まさか感じるのか?」

「あ、ああ。何か熱いものが俺の中に入ってくるっ・・・」


 その感覚は手の平から腕を伝い体にまで広がっていく。


「う、あああああ!」

「止めるか?」

「いや、続けてくれ!まだ、やれる!」

「よし、いい返事だ。なら限界まで突っ込むぞ!」


 その後のことは、あんまり覚えていない。頭が真っ白になって何も考えられなかった。


 そして、気が付くと俺はその感覚が自分の体の中から発していることを感じた。

 そう、俺は魔力の流れを感じ取れるようになっていた。


「これが、魔力・・・!」

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