第3話 俺、追放されるってよ・・・
師匠。
エルフで魔法使いのオリヴィエは確かにそう言った。
それは異世界転生者であるこの俺、スギタシンゴと彼女の師との間に何か特別な繋がりを認めたということだろう。
しかし俺と師匠が同じ名前だと言っていたが、つい先ほど転生してきたばかりの俺が言葉も違う異世界人である彼女の師匠と同名とは妙な話だ。
とはいえこれで速攻で殺されることはなくなったんじゃないか?
「あー、そのままで良いから聞いてくれ。繰り返すけど俺はあんたらの敵じゃない。とりあえず穏便に話し合いといかないか?というか情報交換がしたい。もっとも俺の方から出せる情報は少ないけどな。」
オリヴィエは杖を構えたままだったが、静かに頷いた。
それを見て俺はとりあえず、転生までのいきさつとこの世界での出来事を簡単に説明してみた。
オリヴィエは度々疑問の色を浮かべながらも口を挟まずにそれを聞いていた。
「っと、そういうわけなんだけど。信じてもらえるかな?」
こんな話をしても普通なら俺の頭がおかしくなったと思われるだけだろうが、彼女には他人の嘘を見破る方法というか魔法があるらしいから俺が嘘を言っていないことは分かるのだろう。話し終わったときには彼女は杖を下していた。
「転生か・・・。嘘ではないらしいが、解せんな。別世界からたまたま師匠と同じ名前と魂の波長をもつ人間が弟子である私に関係が深い存在として転生するなど
あまりにも出来すぎている。何者かが意図的に仕組んだことなのか?だとすればお前の話を聞く限り、神を名乗る存在というのがどう考えても怪しいがな。」
神。俺をここに送った謎の声。
動機や目的は不明だが、俺を騙そうとしていたようには思えなかった。
「確かに変な話ではあるけど、こんな芸当ができるような存在が何を考えているかなんて想像もつかないな。」
「そうだな。現状では考えるだけ時間の無駄か。しかし、どうする?
確かに聖痕もなく、今や何の後ろ盾もないお前は、欲深き王侯貴族の連中から何もかもむしり取られて放逐されてもおかしくない。まさかノノリエがそんなことを言う娘だとは思わなかったが。」
「ん?あんたは嘘を見破れるんじゃなかったのか?」
「この術は無条件で使えるわけじゃないのさ。詳しいことを教える気はないが、気絶させている間にお前にはそのための仕込みをしてあったのだよ。
それよりも自分の置かれた状況のことを考えろ。」
追放か・・・。その手の小説ならむしろそこから大逆転展開が待っているところだが、そう都合良くいくだろうか?
「俺は、この世界のことを何も知らない。だから全てを奪われて一人きりになったら、多分生きてはいけない。だけど流れに逆らっても結果は同じだと思う。」
「流されるまま何もしないつもりか?とてもあの師匠と同じ魂を持つ者の言うこととは思えないな。」
「じゃあどうしろって言うんだ?何の力もない奴には自由な選択肢なんてないんだよ!」
状況に流されるまま、ただつらいことから逃げて楽な方へと流されてきたのが俺の人生だ。
そういう奴が行きつく先は結局はどんづまり。
そんなことは分かっている。
でも、いいさ、俺は無限に逃げるための力を手に入れた。無限に転生を繰り返してでも俺はとことん逃げてやる。
どうせどんなに頑張ったって俺には何もできない。勝つことも、掴むことも、だったら・・・。
「何の力もない奴には選択肢なんてない、か。昔、お前と同じことを言った奴がいた。」
そう言うとオリヴィエはまっすぐ俺の目を見つめてきた。
オリヴィエの目には力があった。
俺なんかとは違って、しっかりした意志とそれを貫く覚悟を感じさせる強い目だ。
「その目。何もかも諦めて、自分を殺した奴の目。きっと、あの頃の私もそんな目をしていたんだろうな。」
「あんたが?」
「ああ。今でこそ大魔法使いとか、エルフ随一の賢者なんて言われているが、かく言う私も元はエルフの里から追放された身なのさ。」
オリヴィエは手袋を外して手の甲に刻まれた印を俺に見せた。
「これがその証。成人するまでに魔力に目覚めることができなかったエルフは出来損ないとして追放されるのが習わしだった。魔力がなければ寿命も人間と変わらない、違うのは見た目だけ。そんな私は親兄弟からも見放されて、一人ぼっちになった。」
出来損ない。
俺が弟からよく言われていた言葉だ。
両親も口にこそ出さなかったが、同じように思っていることは見え見えだった。
「帰る場所も人とのつながりも何もかも失って絶望した私はこの世を呪った。
それで、エルフが神聖な場所として立ち入りを禁じている里の水源である湖に身を投げて死んでやろうと思った。私を見捨てた連中へのせめてもの仕返しのつもりだった。」
「でも、あんたは生きてる。ということは・・・。」
「ああ、まさに死のうとしたその時さ、私が師匠と出会ったのは。」
「それこそ偶然にしては出来すぎた話だな。」
「そうさ、偶然じゃなかった。あの時、師匠は私を監視していたんだ。エルフ側に雇われてね。」
オリヴィエがフッと笑いをこぼす。
「師匠は私にこう言った。
『死んでも楽になれるとは限らんぞ。』
、私は無視してそのまま死のうとしたけど魔法で拘束されて止められた。
そして師匠はこう続けた、
『おいおい、そう早まるな、他にも選択肢はあるぞ。』
それで私はさっきのあんたと同じことを言った。そうしたら師匠は
『その通りだ。お前には力がない。今は、な。力が欲しいなら俺と来い』と。
それで私は無理やり師匠の弟子にさせられたんだ。」
そうやって宝物を愛でるような眼差しで話すオリヴィエの顔はとても嬉しそうで、一点の曇りもなく晴れ晴れとしていた。
きちんと相手と向き合って、教え導いてくれる人。
自分にもそんな人がいたらどんなにいいだろう、と俺はよく考えていたが、
オリヴィエはそういう人と出会えたわけだ。
何の因果か俺と同じ名前で同じ魂の波長とかいうのを持つ師匠と。
「いい話だな。でもやっぱり俺とあんたは違うよ。俺には自分で死のうとする意気地すらなかったんだから。」
「確かに、私とお前は違うな。」
「ほらな。」
どうせ俺なんて・・・。
「お前は私と違って、生きることを諦めはしなかった。」
そう言いながらオリヴィエは格子越しに俺に手を差し出していた。
「転生により得た借り物の力を振りかざすのではなく、
あくまで自分の力で生きようとした。
そうだろう?スギタシンゴ。
お前の本当の望みは何だ?」
・・・えらく買い被られたもんだ。
俺の望み?
俺はただ煩わしい現実から逃れて、なるべく楽にダラダラと生き続けていたいだけだ。
だがこの流れはとりあえず乗っておいた方が正解だろう。このままじゃ俺は追放されて餓死とかそんな感じで終了だからな。
そうだ、こういう場合、主人公なら何て言う?
だが、嘘を言えばバレる。
となるといい感じに細部をぼかしてどうとでも取れるような感じで。
よし、決めた。
「俺は、俺の望みは・・・ただ誰も・・・誰も誰かを傷つけなくていい、自分も他人も笑顔で居られるような・・・そんな世界を見てみたい。」
かー、恥ずかしい。なんだよこれ、今日日青臭いガキでも言わんぞこんなセリフ。 だが、恥ずかしくても顔だけは真面目そのものを装わなくては。
「言えたじゃないか。いいだろう。ならば私の手を取れ。そうしたら、お前と私は師匠と弟子だ!」
思った通り、嘘は言ってないと判断したらしく、オリヴィエは俺を認めて、魔法を教えてくれるつもりらしい。
俺はおずおずとオリヴィエの手を掴んだ。
そうして女の子と手をつなぐのなんて幼稚園の時以来だな、なんて考えていたら、一瞬ぱっ、と目の前が光に包まれ、気が付くと俺とオリヴィエは森の中にいた。
近くには小川が流れていて、蛍のような光が空中をフヨフヨ漂っている。ゲームとかに出てくる聖なる森って感じの場所だった。
「ここは妖精の森。エルフも人間も滅多に立ち入らない秘境だが、魔法を覚えるにはうってつけの場所だ。」
オリヴィエは目を爛々と輝かせて暑苦しいまでのやる気を放っていた。
俺は大いに気後れしていたが、とりあえず適当に流れに身を任せることにした。
がんばるのは不本意だが、何もしたくないわけではないというのが俺のような半端者にありがちな心理だ。
というわけで、魔法修行編、始まります。
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