第6話 天使の笑顔に隠された真実

 ◇◇◇


「私はっ!人形ではありません!自分の感情に蓋をして、夫の不貞も見て見ぬふりをして、ただ微笑むだけの感情のない人形になんて、なりたくありません……」


(そうだ。そんなの、嫌だ……私は、私は、心の底から愛する人と、ちゃんと私を愛してくれる人と結ばれたい!)


 エリーゼの瞳から涙が零れ落ちる。しかし、普段気丈なエリーゼが涙を見せたことはアルバートにとって逆効果だった。アルバートは嫌な笑いを浮かべると、急に猫なで声を出してきた。


「ああ、そうか。嫉妬してるんだな。ほら、口付けくらいお前にもしてやるから。いい加減駄々をこねるのはやめてくれ」


 無理やり顎を持ち上げられ、必死で顔を背けるエリーゼ。


(怖い……誰か誰かっ!)


「ガイル様っ!」


 思わず口をついて出たのは、愛しい初恋の王子の名前。


(ガイル様、ガイル様、ガイル様じゃないと、嫌だっ!こんな男に汚されるぐらいなら……)


「ねえ、死にたいの?お前」


 エリーゼが舌を噛み切ろうとしたそのとき、怒りに満ちた声が聞こえた。


「ぐっ……」


 短く呻いたあと、どさりと足元に倒れるアルバート。拘束されていた腕と体が解放され、よろけるエリーゼ。


「あっ……」


「おっと」


 思わず目を瞑ったエリーゼを、暖かい腕が包み込んだ。ほのかに香る優しいグリーンノートの香り。大好きな、ガイルの香りだ。


「全く、本当にエリーゼからは目を離せないな」


「殿下……」


 ぽろぽろと涙を零すエリーゼを、ガイルはしっかりと抱きしめる。


「ほらね。やっぱりエリーゼには僕じゃなきゃ駄目だろう?」


「殿下!殿下!わた、私、こわ、怖かった……」


「うんうん。男は皆獣なんだよ。今みたいに僕以外の男と二人きりになってはいけないよ」


「あ、あの人、口付けした令嬢のこと、遊びだって!し、信じられない!お、女の、敵っ!」


「うんうん。とんでもない屑野郎だね」


「わ、私に、笑ってるだけのお人形さんでいろって。く、口付けしようとしたっ!」


「ん?そう。ちょっと待っててね。今ゴミを始末してくるから」


 ゆらりとエリーゼから離れ、足元にうずくまるアルバートを思いっきり踏みつけるガイル。

「ぐえっ」昏倒しているアルバートはカエルのようなうめき声をあげる。


「おや、どこかでカエルが鳴いているね……」


 無表情でアルバートを何度も踏みつけるガイル。そのたびに、アルバートからぐえっとかえぐっとか、無様なうめき声が漏れる。


 えぐえぐと幼子のように泣いていたエリーゼも、あまりの容赦のなさにさすがに心配になってきた。


「あ、あの、殿下、そろそろ許して差し上げたら……」


「ん?ああ、気にしないでエリーゼ。アルバートはどうやら飲み過ぎてしまったようだね。ふふ。こんなに粗相をして。本当に困った男だね。これはビリブ侯爵にも注意して貰わないと。そうそう、父上にもきちんと報告しておこうね……おい、このゴミを連れていけ」


 カイルの言葉に、どこからともなく現れた黒づくめの男たちが、アルバートを引きずって連れていく。

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