国内ネット文化におけるアングラ的土壌——2ちゃんねるにおける「コピペ」
1992年に経済学者ティムズ・バーナーズ・リーの発案から世界中に展開されたWWW(World Wide Web)はアメリカ西海岸思想の一拠点であり、従来の政治的空間に対するオルタナティブ空間として登場した。インターネットを従来の政治空間に対するオルタナティブとして見る考えは国内でも1990年代を中心にメディアアートとして輸入されたが(16)、一方で政治思想が抜け落ち、アングラ・サブカルチャーが形成されるためのインフラ技術としてインターネットが活用されてきたことが多くの先行する議論で指摘されている(17)。そのような最初期のネット文化の流れを継承したメディアとして、ネット掲示板2ちゃんねるは注目された。本節では『アーキテクチャの生態系』における2ちゃんねる論に注目することで、国内ネット文化の特徴の一端を示す。
『アーキテクチャの生態系』で2ちゃんねるは「フロー」と「コピペ」という二つの概念で論じられる。前者は更新頻度が高い掲示板であるほど2ちゃんねる上で多くのユーザーが確認しやすい位置にリンクが表示されるという、アーキテクチャ的特徴について述べたものである。2ちゃんねるは例えば「哲学」や「ノートPC」など話題ごとに掲示板が作成され、各掲示板のスレッド上でそれぞれユーザー間のコミュニケーションが展開されている。各スレッドはユーザーが書き込むことで掲示板トップページ上にリンクが表示され、他のスレッドが更新されるほど表示位置が下がるものの、新しい書き込みによって再度トップに表示される。これにより、一方では人気のスレッドは常にトップに表示され、他方では人気の無いスレッドが淘汰されることで、ユーザーが流動的に動くシステムが形成されている。その背景には、いわゆる「常連」ユーザーを排除するという2ちゃんねるの設計思想がある。濱野は2ちゃんねるの管理人ひろゆきに対するインタビューを参照しながら、2ちゃんねるが一度固定化されたコミュニティが形成されることを避けるように設計されていることを指摘し、2ちゃんねるを「成員が自由に結成し参加する集合体」という意味で「都市」と表現した(18)。このような構造に2ちゃんねる以前のネット文化特有の匿名性が加わることによって、2ちゃんねるは全員が平等なユーザーとして扱われるアーキテクチャとなる。
一方、2ちゃんねるはその構造ゆえ、匿名ユーザーたちが独自の文化を形成してきたことも指摘されている。それを語るにおいて特筆すべきものが、濱野が「コピペ」と称した言語的コミュニケーションだ。2ちゃんねるには「モナー」という独自のAA(アスキー・アート)で作成されたキャラクターや、「kwsk(「詳しく」の略語表現)」や「イッテヨシ(「死ね」の間接的表現)」といった独自な記号表現があり、それらは2ちゃんねる内部で限定的に使用された。コピペはユーザーたちが内輪で用いることで、匿名ユーザーが「2ちゃんねらー」という巨大なキャラクターとして協働するための信頼財(社会関係資本)となっていると指摘されている(19)。この「コピペ」を通したユーザーの連帯は非常に強く、また個人により私有化されることを徹底的に拒否する。2005年に生じた2ちゃんねるの代表的キャラクター「モナー」に対する株式会社エイベックスの商標化問題(「のまネコ騒動」と称されている)は、まさしくこの事態を象徴する事件であった(20)。2ちゃんねらーが協働するための社会関係資本である「コピペ」は2ちゃんねるの想像力の源である一方で、それは全くの外部によって参照されることを拒絶する性質を有するがゆえ、いたって閉鎖的に共有される。
このように、2ちゃんねるは「フロー」というユーザーが常に流動的に動くアーキテクチャ下に関わらず、「コピペ」と通してユーザーが非常に限定的かつ閉鎖的な共同体文化を形成した。その影響は2000年代前半を中心に絶大なものであり、記述した梅田望夫によるグローバリズム的理想主義に対置される「悪場所」として多くの議論で指摘されている(21)。
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(16)NTTインター・コミュニケーションセンター(ICC)のプレイベントとして1995年に開催された『InterCommunivcation ’95 on the Web——ネットワークの中のミュージアム』など.
(17)ばるぼら・さやわか,『僕たちのインターネット史』,亜紀書房,2017年.および木澤佐登志,『ダークウェブ・アンダーグラウンド——社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』,イースト・プレス,2019年.
(18)濱野,前掲書,96頁.
(19)同上,106頁.鈴木謙介
(20)2005年に発売されたモルドバ共和国出身のアーティストO-Zoneがリリースした楽曲『恋のマイヤヒ』(原題:『Dragostea Din Tei』)と、それを用いたAAがフラッシュ動画として注目を集めたことが原因となり、株式会社エイベックスのグループ会社がAAを「のまネコ」という名前で商標登録を試みたところ、2ちゃんねる上で殺害予告を含む巨大な事件になってしまったというもの。最終的に、商標登録がなされることは無かった。
(21)円城都司昭,『ゼロ年代の論点——ウェブ・郊外・カルチャー』ソフトバンク新書,2011年,68-69頁.
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