里芋どもをぶっ転がす

 昨日は久々に田舎から人が訪ねてきたんですよ。両手に背中に大荷物を持ってこられたんです。良いもの持ってきてやったぞー、といい笑顔。人が笑顔だとこっちも笑顔になっちゃいます。良いものって何かなーって。がさごそ揺れる紙袋。けっこうな重量。私の笑顔も深まります。あら、これは、大量の里芋――、


 調理が面倒なのでいりませんわ(ありがとう存じます)。


 ええ。ええ。買えば高いのは承知しております。ただ茹でるだけでお腹の膨れるおやつになるのも存じています。でも紙袋に満載されても困んねん! いくらか持って帰って――いない!? 置き逃げ!? さてはオドレ、方々でいらん言われてワシのところに……ほかして……、


 今日は鶏と里芋を煮っ転がしてやりますわ!


 さてまず下処理。おそらくどこのご家庭に所属されますモグリシェフでも里芋を忌避する最大の理由は下処理だと思いますわ。土臭いし皮を剥くのはダルイしヌメヌメするし手は痒くなるし煮汁はねっとりミスると焦げるし、散々ですものね。でも慣れてしまえば簡単ですのよ。


 里芋のヌルヌルおよび痒みの原因はシュウ酸ですの。シュウ酸は水に溶けやすいので、先に下茹でしてやればヌルヌルしなくなるし皮も楽ちんに剥けるという寸法ですわ。まぁでも下茹でなんて水もガスも使ってSDGsに反していますし、わたくし、


 気合で剥きますわ!


 ピーラーを手にして、勾玉状の細い部分を握り、先に丸っこい方を剥いていきますの。シュウ酸は水に溶けるので剥き終わるまで洗ってはいけませんわ。途端にヌルヌルしてきましてよ。ですからここは、身に泥がつこうが包丁で剥かないなんてダッセーとか笑われようが、裂帛の気合をもってピーラー剥きですの。


 ここでワンポインツ! 気合ですわ!


 ええ。何事も気合ですの。手が痒くなろうが気合で無視ですわ。無視すれば痒くても痒くありませんもの。里芋の毛がピーラーに絡んでも気合ですわ。臍下丹田せいかたんでんに気を溜め精神を統一、不動心を備え、無念無想の神気に至りてわたくしのファビュラスな握力と腕力をもってすれば、里芋ごときどうとでもなりましてよ。


 ほら、このように。


 では剥き終わったら煮っ転がせるよう、丸っぽく見えるサイズに切ります。せっかくですからお人参さまも丸っこく切っておきましょう。あ、あと鶏肉も。今回はモモ肉ですわ。え? なんですの? わたくし、煮物を作る気は毛頭ありませんわよ。煮っ転がすと決めてしまったのですから。


 お水の量はかぶらないくらい。ええ。少なくて構いません。のちのち気合で煮飛ばす所存ですもの。おおいと邪魔ですし森羅万象に悪影響ですわ。味付けは定番のお醤油とお味醂とお酒。それにお砂糖を少し。準備は完了。あとは煮汁が泡を吹こうがどうしようが不動心ですわ。隣でお味噌汁を作りましょう。


 さぁ煮っ転がしますわよ!


 煮っ転がしの煮っはぶっ転がすのぶっと同じですの。ぶっはぶちのめす、すなわち打つですから、煮っ転がしは鍋を振って転がすという意味でしてよ。そうですわ。気合で鍋を振りますのよ。ちょっと入れすぎて鍋が重い! 手ぇ疲れる! ならば竹べらを突っ込んで腕力で混ぜてやりましてよ! えい! やぁ! やべぇ跳ね散らかしましたわ!? 逃げるな里芋! とぉぉぉぉりゃぁぁぁ! 


 りましたわ! 鶏と人参と里芋のぶっ転がしでしてよ!


 ……ええ、もう最後のほう糖分とデンプンと粘液の強力タッグで底に張りつき完全に気合と腕力で剥がして混ぜましたの。若干、角っちょが焦げてますけれど、まぁこれはこれで味ですものね。というわけで、一口。


 ほんと、なんていえばいいか……。

 超絶に素朴な味で……やたら腹に溜まって……。

 あ、そうですわ。


 一緒に入っていたこちらの、柚子……の匂いではありませんわね。完熟したかぼすかしら? おみかん? まぁなんでもよくってよ。これを薄く輪切りにしまして、上にチョコンと乗せまして。

 

 どうですの!? ちょっとオシャレにした煮っ転がしでしてよ!


 あ、これ、皮がすっごい苦い……。



※ワンポイント不動心

 不動心とは不動明王さまの心でしてよ! 右手の剣で無知迷信を断ち、左手の縄で獣性を縛っていますの! お料理でも無知迷信はもちろん獣性などは不要の感情、不動明王さまはお料理の神さまと言えなくもないですわね! そう思うとあのお姿すがた、凍み大根づくりをしてるところに見えてきませんこと!?

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