今日のわたくしさま

チリコンカンみたいな

　今週も花金がやってきましたね。土日こそが勝負のサービス業を全否定するホワイトカラーの傲慢スケスケな夜が。私なんぞの金曜日の夜の心情は、埃っぽいポンチョを纏って眩しそうに朝日を見つめつつ煙が残る焚き火跡から鍋を回収、木の匙で得体の知れないぐちゃっとした赤い奴をすくい渋面で口に運ぶ感じです。そう。

　チリコンカーンが食べたい。

　ご存知ですか？　アメリカの南部が舞台になってる映画やドラマでハードボイルドだったり青春だったりしてる主人公が寂れたダイナーなんかで食ってる、あの、ぐちゃっとべちゃっとした豆っぽく肉々しいアレ。あれチリコンカンっていうんです。たぶん百種類くらいある私の好きな料理ベストスリーのひとつです。いわゆるテックスメックスと呼ばれるアメリカ生まれのメキシコ料理のパチモノで、普通につくればパチモノになるわけですね。

　今日に限っては最初からチリコンカンをつくると決めていたので準備の方もぬかりありません。商店街の魔王城ことイオンさまのプライベートブランド、トップバリュの美味しくいただける商品、トルティアチップス（素揚げ）も買ってきました。もしお近くにイオンさまがそびえてなければ、コーンスターチが前面に出ているお菓子――たとえばハウス食品様のおとんがりコーンでもよろしくてよ。お玉蜀黍（とうもろこし）の味がメインですからほぼトルティアですわ。

　さぁ、はりきって参りますわ！

　なにはなくとも玉ねぎのみじん切りです。ニンニクも入れましょう。なんぼ入れてもええですからね。あ、ピーマンが大量に余っていますわ。刻みましょう。人参！　これも忘れてはダメですわね。それから、あ、キャベツもちょっと残っていますわ。刻みましょう。あら？　これは――しなびかけのキノコですわね。刻んでしまいましょう。舞茸としめじでグルタミン酸の残機も二アップですわ。えぇと他にぶち込めそうなものは――発芽ずみのジャガイモが出てきましたわ。細かく刻んでおきましょう。

　ステンレス鍋の出番ですわ！　わたくしの品性を世間にお示しすべく油はオリーブオイルにしましょう。どうせ煮込みの過程で香りなんて吹き飛びますから何の油でも構いませんし。野菜を投入。ッキャー！　油はねバッチバチですわ！？　アツイアツイアツイ！　あ！　わたくしったらお肉を用意していなくてよ！？　急いで急いで急いで――え！？

　なんてこと！　挽き肉は昨日ぜんぶ使ってしまいましたわ！

　えーっとえーっと、は！　そうですわ！　豚バラが凍っているはず！　カチカチですけど気高き腕力で分断、投入！　まだバッチバチですの！？　ええい、カゴメさまの無塩トマトジュースでお黙りあそばせ！！

　はぁっ、はぁっ、はぁっ……！　

　危うく大惨事じゃありませんか！　チリコンカーンさま！？　わたくしのお家（うち）は在りし日の道頓堀ではございませんのよ！？　サンダース人形の二の舞いになりたくなければお静かでいらして！　まぁ、よろしいでしょう。ネスレアミューズさまのマギーおブイヨンをポイっちょ。あとはコトコト煮込むだけですわ。カチョンと蓋を。だいたい十分くらいでしょうか。

　よく煮物は冷めるときに味が染み込むとかおっしゃりますけれど百パー嘘ですから単に煮込むか止め火・デ・放置でオッケーですわ。え？　わたくしの話おぼえていませんの？　細胞には半透膜がありましてよ。っていうか冷めるときに染み込むってんなら氷ぶち込めばええやろがい！　染むか！？　氷で味が染むんかい！　のう！？　

　……つい思い出し憤怒（ふんぬ）で西進してしまいましたわ。ごめんあそばせ。

　蓋を開けたら、いなばさまのおミックスビーンズを開缶、汁とか気にせずぶち込みましょう。ああ……！　いい香りですわ！　

　できましたわー！　ポークアンドビーンズ！！

　――え！？　

　あ！　チリ！　チリパウダーを忘れていましたわ！　さっそくあなたさまのお料理レパートリーを倍に増やす魔法の粉を振りましょう。パッパと振ったら味見です。まだネバダ。パッパ。まだニューメキシコ。パッパ。テキサス。パッパ――、

　ビバメヒコー！　ですわー！！

　いいんですの、いいんですの、狭量もとい厳格でいらっしゃるテキサスジジババと違って、経緯はどうあれスペイン語などという世界一いい加減――おおらかな言語をお話しになられる方々は細かいこたぁ気にしませんわ。きっと。

　トルティアチップスないしはおとんがりコーンを添えて、気分はサン・ミゲル・デ・アジェンデでしてよー！　

　……あんな綺麗なところでこんなもんお召し上がりになられていますの？　本当に？

※ワンポイント・イン・メキシコ

　チリパウダーをかければなんでもメキシコ味になりましてよ！　振りかけるだけでお料理の名前もチリなんちゃらに変わりますから、常備するだけでレパートリーも倍になりますの！　これはもう瓶詰めメキシコと呼んでも過言ではありませんわね！