第3話 受け入れがたい事実

 本日は9月15日、そう私は今日という日のために小さめのホールケーキと小さな花束を用意した。なんといっても今日はおめでたい日なのだ。だって今日は


「お誕生日おめでとう、相楽祥平くん!!」


 一人暮らしをしている部屋のテーブルにはホールケーキ、花束、チキン、シャンパンが置いてある。そう、今日は私の推し、相楽祥平くんのお誕生日なのだ! ありがとう、君が生まれてくれたことに最大の感謝を。

 お誕生日をケーキの前で祝ったあとはSNSに上げる用に写真を撮る。写真と一緒に相楽祥平くん、誕生日おめでとう!というコメントを添えて投稿した。


「さてさて、同担の人たちはどんな写真を上げているのかな?」


 先ほど写真に収めたチキンを頬張りつつSNSを見て回る。しかしまだ彼が駆け出しアイドルということもあってか、あまり多くの写真は上がっていない。ちょっと残念に思っていたら、とある人の投稿が目に入った。


「相楽くん、22歳の誕生日おめでとう……?」


 え、相楽くんってMarcuryの相楽祥平くんだよね? でも彼は21歳で22歳ではない。この投稿者が勘違いしているのかな? でもほかの投稿も見てみると結構ライブなどにも足を運んでいることがわかるため、私と同じくガチめのファンのようだ。

 じゃあ打ち間違い……、とそこまで考えて気が付いた。ちがう、この投稿者の勘違いや打ち間違いではない、相楽祥平くんが誕生日を迎えて歳をとったのだ。

 言葉にしたらごく普通のことだが、私からしたら衝撃的なことだ。だって『月の輝きを胸に』は誕生日を迎えても歳をとることのない、いわゆるループものでいくら誕生日を迎えようとキャラクターたちは歳をとることはなかった。


 でも今は違う。彼らはゲームのキャラクターではなく、現実にいる一人の人間だ。だから彼も私と同じように歳をとっていくことになる。当たり前だけれど、なんとも受け入れがたい事実に私はいつしか食べていたチキンを皿の上に置いて少しの間ぼんやりとしていた。

 歳をとるということは彼もいつかはおじいちゃんになっていくということだ。いまのようなダンスや歌がどうしてもできなくなっていき、顔にもしわがでてくるだろう。でもそれはいたって普通のこと。その普通のことを私は受け入れられるのだろうか。

 推しがおじいちゃんになっても、パフォーマンスができなくなっても好きでいられるだろうか。そんなことを自分の中で何度も考えては答えを出せずにいると、またしても突然部屋の一角に神様が現れた。


「なんじゃ、今日はパーティーか?」


「……まあね、推しの誕生日だから盛大に祝わなくちゃ!」


 神様に落ち込んでいる姿をみられるのは癪なので無理やり元気なふりをする。そんな私の姿を見て神様は口元に手を当てながら不気味に目を細める。そしてお決まりの言葉をいうのだ。


「さて、ここにきて3か月目じゃがこの世界はどうじゃ?」


「……推しがいるだけで幸せよ、当たり前でしょう」


 神様の目を見ずに私は今言える精一杯の言葉をつぶやいた。ふむ、となにか考えたかのような素振りを見せた神様だったが、それ以上は何も聞かずに次は12月に来るぞ、といって去っていった。

 私は以前のように答えられなくなった自分を、そして推しがキャラクターではなく人間になったという事実をうまく飲み込むことができないまま思わず皿の上にあったチキンにかぶりついた。

 最初食べた時よりもなんだか味気なくなったような気がしながらも、こうやって今ある現実の飲み込めたらいいのになんて考えていた。

 今日はお酒を飲んで寝よう。飲んで現実から逃げることも時には大切だ、なんて思いながらシャンパンを開けて味気ないチキンとケーキを食べるのであった。

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