第3話 謎の集団“SKT”とブギーマン伝説
「おいK、どうだ?」
「ダメだ。どの家族に掛けても誰も出ねぇや」
「ねぇSぅ、ヤバいんじゃない?あのジジババの身代金が取れなかったら、私達ただ老人イベントのお手伝いさんやるハメになっちゃうよ?」
「Tの言う通りだぜ!折角、朝からバス襲ってスタッフの身包み剥がしてきたってのによぉ」
「はああぁぁぁぁ――」
溜め息を吐いたのはついさっき、バスで代表取締役として自己紹介をしていた男である。文句を垂れる二人は同じく先程のバスで運転手をしていた男とガイドの女性だ。三人は老人達をコテージに降ろして案内を済ませた後、少し離れた管理棟で相談をしていた。
「ねぇどうすんのさ!ここでデッカく稼がなきゃ、このバスで逃げても直ぐ捕まるよ」
「お前らウルセェぞ!!!今考えてっからちょっと落ち着け。まずは良い方に考えるんだよ。参加してる奴等の家族が全員、家に居ねえって事は、施設からの連絡も届かねぇって事だ。つまり俺達のすり替わりの発覚も同じだけ遅れる」
「あっ!なるほどぉ、さすがアニキだぜ!」
「よし、このままあの老いぼれ共を騙して、荷物から金目のモノを奪っちまおう」
「けどよ、荷物積み込むときに見たけど金目のモノは無かったぜ」
「私、案内するときに見たんだけど、貴重品は全員、身に付けてるっぽいよ」
「うーん、歳取ってもそこら辺はしっかりしてんだなぁ」
「あいつら脅して強奪するか?」
「抵抗されたら厳しいだろう」
「ね!私思いついたんだけど……」
Tが話した内容に、SとKは満足そうに頷いた。
「古ぼけてるけど、なかなか良いとこじゃねぇか。『死霊のはらわた』ってとこか?」
「いや、湖があるんだから『13日の金曜日』じゃない?人数的にも一人足りないし……」
コテージに入ったジョシュの第一声にマイクは思わず反応してしまう。『死霊のはらわた』は今から十数年前に話題になったホラー映画だ。山荘に集まった五人の若者が、コテージの地下に封印された邪悪な存在と戦うオカルトホラーである……その当時、前年に公開された『13日の金曜日』や『シャイニング』によって、山荘や湖畔のコテージといった限定された舞台で殺人鬼に追いかけ回されるホラー映画が流行を始めた。
ゴア映画と呼ばれる、残酷表現を主とするホラージャンルは68年に『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド』が一世を風靡し、70年代では『悪魔のいけにえ』や『サスペリア』『ハロウィン』といった素晴らしい作品が登場するがそれらはシリーズとしてタイトルを掲げて続く一点ものだった。
『13日の金曜日』は湖畔のコテージで若者達が惨殺されていく様を描くゴア映画で、青春を謳歌する若者を罪の象徴として捉え、それを粛清していく殺人鬼と対峙させた。若者達VS怪人の対立構造を作り出した事で以降のゴア映画に“御家芸”とも言える枠組みを確立した名作である。
マイクの発言は、このコテージをホラー映画の舞台で喩えるとすれば、『死霊のはらわた』よりも『13日の金曜日』の方が適切だろうという指摘である。
「確かに言えてるな、まぁプラス四〇歳ってとこだけどな!ハハハ」
「ちょっと、マイクもジョシュもホラー映画の話はやめてよ。気色悪い」
「そういうローズだって好きだろう?」
「観るのは好きでも実際に怖いのは苦手なのよ……守ってくれる人がいたら別だけど♡」
「止してくれよ、『シャイニング』のジャックならまだしも、ジェイソンなんてゴメンだね。銃が効かない怪人が来たら真っ先に逃げさせてもらうよ」
「あぁん、いけずぅ」
「危ないぜローズ。ゴア映画じゃ色気を出した女から殺されるって相場が決まってんだ、そして非力に見えるティアさんみたいな清純な女性が怪人を倒すヒロインなのさ」
「ジョシュさん。セクハラですよ」
「あ、失礼!そんな意味じゃ……」
「知識披露して頂けて光栄ですわ。けれど“ゴア映画”だなんて……最近じゃ“スプラッタ映画”と呼ぶのが主流ですわよ?情報が古いんでなくって?」
「古いだとぅ⁉︎『チャイルドプレイ4』も『パラサイト』も観たぜ!」
「あらあらやっぱり。それって去年の映画でしょう?『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』は?『シックス・センス』は?」
「ぐっ……『シックス・センス』は先週公開されたばかりだろ!」
「新作で語ってもらわなきゃ、老害扱いされても仕方なくってよ」
「まぁまぁ二人ともそのくらいにして……」
延々と終わらなそうな二人を宥めながら、マイクは流石だなと思う。ローズの挙げた二作品は共に新作のホラー映画で『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』も先月公開されたばかりだ。確かに彼女は、ホラー映画は公開初日に観に行くと豪語していた。
ここまでの会話でお察しの通り、我々の共通の趣味はホラー映画である。デイサービスのスケジュールで映画を観る時間があるのだが、ホラー作品をやる時だけは毎度、必ずこの六人が顔を突き合わせるので皆んな仲良くなったのだ。
80年代に負けず、90年もどんどん傑作が生まれるホラーというジャンルで話題に事欠くことはなかった。コテージひとつとってもこの盛り上がりである。このイベントに彼らと参加出来て良かったと、マイクは心からそう思った。
「あれ……サマンサさん、具合でも悪いんですか?」
振り返るとコテージの入り口で、サマンサは一人跪いていた。
「……悪い」
「え?」
「悪い霊が居る!此処には!皆んなは気にならないの⁉︎あぁ……!」
彼女はそう叫ぶと、パタリと倒れてしまった。全員が一斉に駆け寄る。息はしている。どうやら気絶しただけのようだ。
「客室は二階でしたわね。男達!運んで!」
ティアの呼び掛けで三人掛かりで支え、揺らさないよう気をつけながら彼女を運ぶ。ベッドに寝かせると「こっちは女子部屋だから」と追い出された。
結果、男三人は一階で待機する事となった。
「けっ!アイツらちゃっかり広い方の部屋とってやがんの」
「結果論だろう。あの土壇場だ、そんな計算するわけないさ」
「……」
マイクは一人、タバコを探していた。ライターとセットで胸ポケットに入れたつもりが、別々の場所に仕舞ったらしい。ズボンからようやく探り当て、火をつけようとすると……
「あれ?」
「どうした、マイク?」
「いや、さっきここにライターを置いたつもりだったんだけど……勘違いしたかな」
「マッチで良ければ火を貸そう」
「ありがとう、物忘れが激しくてやんなるなぁ」
そんな掛け合いをしていると二階から女性陣が戻ってきた。
「どうでしたか?」
「取り敢えず呼吸は落ち着いてます。長距離の移動で疲れたんでしょう、暫く休ませてあげましょう」
「夕飯まで時間あるから、皆んなでトランプでもしない?」
「お!いいねぇ!」
日は沈み、夜が近付いてくる。彼らの騒ぐ間、コテージの扉が何度も不自然に開閉したり、急にラジオが点いたりしたが、そんなことは耳の遠い老人達の知るところではなかった。
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