第30話

鞄は冒険者ギルドに置いて、動きやすい繋ぎに着替える。

それから、あのモンスターが出たという場所に向かった。

そこは、新人冒険者がまず最初に赴く森だ。

薬草の群生地があるのだ。


「これは、また」


そこには、死体が転がっていた。

無数の冒険者たちの死体が転がっていた。

それは、見慣れた光景だ。

ウカノにとっては、見慣れた光景なのだ。

実家にいた頃、私有地の山に無断で侵入してきてクマやドラゴンに食い散らかされた肉塊をみていたから。

だから、彼はとくに表情を変えずに森の中を進んでいく。

あちこちに、焦げ跡のようなものがあった。

溶けた後だ。

その背後から、


「ダメですよ~、熱あるんですから!

帰りましょうよ~」


合流したライドがくっついてくる。

彼も冒険者ギルドから呼び出されたらしい。


「平気平気」


「鏡見てから言えや!!

明らかに熱上がってきてますよね?!」


「え、そんなに体調悪そう?」


「無自覚かい!!」


「そういや、なんか寒いな」


「それ、悪寒!!」


「まぁ、雑談はここまでにして。

真面目な話しだ。

生き残って、命からがら逃げてきた連中の報告だ。

討伐対象のモンスターな、魔法攻撃、スキル攻撃が効かなかったらしい。

昨日、俺が倒したやつは少なくとも魔法は効いたんだけどな」


「え?」


ウカノは簡単に昨日、本当は何があったのかライドへ説明した。


「その怪我の原因って、それ?!」


「そういうこと」


「……無理無理無理っすよ!!

倒せないっすよ!!

ウカノさんが怪我するような相手なんて、俺は絶対倒せないっす!!」


「じゃあ、帰れ」


「絶賛発熱中の人、放って帰れるわけないじゃないですか!!

怪我もしてるし!!

自分の状態、ちゃんと自覚してくださいよ!!」


「どうしたいんだよ、お前」


「ウカノさんを引っ張って帰りたいです!!」


「おー、そうか、まぁ頑張れよ」


そこで、ウカノは歩を止めた。

そして、ライドを手で制す。

ウカノの視線の先。

そこには、昨日と同じ怪物がいた。

ただ、顔が違っていた。

昨日は女性のそれだったが、今回は男性の顔があった。


「な、ななな?!

なんなんすか、あれ?!」


「モンスターだろ」


「いや、そうですけど、そうじゃなくて!!」


ライドが嫌悪感と恐怖で震えている。

ウカノは、淡々と怪物を観察した。


(雄雌があるのか)


それはともかく、トオルの見立ててだとなにか起こるのは七日後だったはずだ。

つまり、これは別にウカノが対処しなくてもいい出来事なのかもしれない。

けれど、大愚に死体を回収するよう頼まれている。

ウカノとしても、情報を集めておきたかった。

試しに、ウカノは火魔法を放ってみた。

指を空中に滑らせ、円陣を描く。

そこから、火が放たれた。

魔法の火は、まっすぐ怪物へとむかい、その身を焼くはずだった。

けれど、事前情報にあったようにまるで効いていない。


「おやまぁ」


ウカノはつい、そんな言葉を呟いた。

怪物が、ウカノ達に気づく。


「わ、わわわ?!

まずいですって!!

逃げましょう!!」


なんて、ライドが叫んだ。

しかしウカノは、駆け出した。


「ウカノさん!?」


そして、顔に向かって飛び蹴り。

昨日とおなじように、顔を潰そうとしたのだ。

けれど、ウカノの足は怪物の顔にめり込むことはなかった。

衝撃こそ加えられたものの、普通の蹴りと大差なかった。


「硬いな」


一旦、飛び退いて距離をとる。

その時だ、ニタァと怪物にくっついている人間の顔が笑った。

ウカノを見て、笑ったのだ。

その蜘蛛のような背中から、今度は鞭のようなものが幾つも飛び出してきてウカノを襲う。

蔓だ。

それを、よく見て避ける。

一度、二度と避けた時だ。

ウカノは足を滑らせた。

同時に、痛みが走る。

解熱剤の効果が切れたのだ。

そこを、怪物は見逃さなかった。

鋭い一撃を、ウカノの怪我した方の足へ叩き入れた。


「痛ってぇな、どちくしょー!!」


ウカノは、毒づく。

蔓が、ウカノの足へ巻きついた。

激痛が走る。

その蔓に触れる。掴む。

じゅっ、という音とともに掴んだ手のひらが焼け爛れた。

構わずウカノは、強く鶴を掴む。

勢いに任せて持ち上げ、そのまま反対方向へと叩きつけた。

怪物がひっくり返る。


どうやら亀と同じで、ひっくり返るとすぐには元に戻れないようだった。

じたばたともがいている。


「物は試しだ」


以前、害獣駆除関連で似たようなことがあった。

魔法攻撃も物理攻撃も効かない、突然変異のドラゴンが現れた。

その時倒した方法を試そうと考えたのだ。


ウカノは怪物に近づく。

その顔の部分で、口をこじ開けそこから火魔法を叩き込んだのだ。

効果があった。

怪物は暴れ回り、木々をなぎ倒す。

ウカノは、走る痛みを我慢してそこから離れた。

やがて、怪物は動かなくなった。


「終わったか」


ウカノは怪物に近づいて、死体の一部を切り取って魔法袋へと入れた。

そこへライドが駆けつけてくる。


「ウカノさん!

手、それに足!!

見せてください!!」


そんなライドを見て、グニャリ、とウカノの視界が歪んだ。


「あ、やっべぇ」


「え、ちょ、ウカノさん!?」


足から力が抜け、ウカノは倒れた。


「悪い、立てねぇ。肩貸して」


「だから言ったのに!」


「いやぁ、お前がいてほんと良かったわ。

ありがとな」


ライドがウカノの傷を見て、険しい顔になる。

回復薬をぶっかけて、包帯を巻いた。


「とにかく、治癒士に見せます」


「頼んだー」


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