第18話
商店街を抜けて、カズヤとセレスタは外壁に向かっていた。
騎士団から警備を命じられたわけではない。
昨晩にマリナから依頼された件の遂行のために、ふたりは昼過ぎに家を出て移動を開始した。
道中、納得いかない顔で愚痴めいた独り言をぶつぶつと漏らすセレスタを宥めつつ、カズヤたちは街道を歩いていく。
やがて正門に着くと、事前にマリナから聞かされていたとおりの人物がそこで待ち構えていた。
セレスタは不満を隠そうともせず、待ち合わせ相手のもとへ寄っていって足を止める。
最初に口をひらいたのは、セレスタと同様に不機嫌な表情をした待ち合わせ相手の女性だった。
「アンタたちが同行者ってわけ? なるほどね。名前を出さなかったマリナの判断は正しかったわ。アンタと一緒に、なんて言われたら絶対受けなかったもの。やられたわね」
「それはこちらの台詞ですわ。どうしてあなたなんかと……。まったく、マリナときたら、わけのわからないことを……」
「嫌なら私だけで行ってもいいわよ? アンタたちがいても足手まといになるとしか思えないし」
「あらそうですの。でしたら勝手にどうぞ――といってやりたいところですが、騙されたに近いといえでも承った依頼に違いはありませんわ。わたくしとしても、あなただけに任せることはできません。というより、あなたこそ帰ってもいいですのよ? せっかくマリナが詰所から出られるよう図らってくれたのですから、自宅で休養をとってはいかがでしょう?」
「あーはいはい。おめぇらほんと相性わりぃな」
マリナに指示されたとおり、外壁の正門前には白色の騎士甲冑をまとったローラと、彼女の
そのふたりと合流することが、マリナの最初の依頼であって、
それに加えて、
『最初はたぶん諍いになるから、そのときは仲介役よろしく~』
とも、カズヤ個人には依頼されていた。
従順に面倒を引き受けることもないのだが、名指しで頼まれた以上は断りづらかった。
それに、カルマとの戦闘になれば、自分はあまり役に立てない。
ならばせめて、いがみ合う騎士の仲を取り持つくらいはしてやろうとカズヤは思った。
「ローラ、おめぇはマリナから詳細な話を聞いてんのか?」
「ちょ、いきなり呼び捨て? なれなれしいんだけど」
「じゃあローラさん、マリナから詳しい話は聞いてますか?」
「別に嫌とは言ってないじゃない。呼び捨てで構わないわ。あたしもそうさせてもらうけどね、カズヤ」
――めんどくせぇなこいつも!
争いは同じレベルでしか起こらないと聞いた覚えがあるが、どうもあれは本当らしい。カズヤの脳裏に、反射的にセレスタとの初対面のときの記憶がよみがえった。
口角を僅かに吊り上げるカズヤを気にせず、ローラは編み込んだ髪をかきあげ、すまし顔で語りだす。
「聞いてるわよ。真犯人に心当たりがあるとかって話よね。今回の事件は、3ヵ月前の敵の襲撃と関係してるとか。あの日、ジェイドとブラッドスを含む騎士4人、守護者4人がカルマの猛攻を抑えるために前線に切り込んで、カルマが大量に発生していた森の奥で返り討ちに遭った。辛くもブラッドスとジェイドは命からがら助かったけど、あれほどの被害が出た戦いはここ数年でも珍しかったようね」
「命を落とした団員たちの亡骸は見つかったんですのよね?」
「そうよ。外壁を出てちょっとしたところにある、森の奥でね。逃げてきたジェイドの証言をもとに捜索したら、すぐに見つかったらしいわ。大木のそばに突っ伏して動かなくなった2人の騎士がね」
守護者は命を落とすと肉体は消滅するらしい。だから死体は2つで正しいのだ。
同じ守護者であるカズヤとしては、自分の身が消滅することを想像するとぞっとしなかった。
「その森に何者かが潜んでいるかもしれない。もしそうだとすれば、度重なるカルマの襲撃はその者の指揮のもとに行われて、その者こそが先の事件の実行犯である可能性も高いと、マリナはいっておりましたわ」
「あたしもマリナから聞いたわ。滅茶苦茶だけど、納得する点があるのも事実ね。カルマが自我を持っているとは思えない。にも関わらず適格に正門を狙って襲撃をしかけてくるのは、知性のある存在が指揮していると考えるのが自然だもの。それが人間だとすれば、道理も通るわ」
「ジェイドたちが甚大な被害を受けた件も、そいつの罠だったって考えりゃあ裏をかかれたのも頷けるしな」
「そうね。カズヤは知らないだろうけど、ジェイドの守護者だったナイトは彼と同じくらいの腕利きだったわ。守護者と騎士を比べるのもおかしな話だけど、それだけジェイドは強すぎるの。それだけじゃなく、ブラッドスや亡くなった2人の騎士、その守護者たちも前線を任されるくらいには優秀だったわ。少なくとも、カルマごときに遅れを取るとは思えないくらいにはね。あたしとしても不可解だったのよ、なぜあの日、彼らが返り討ちに遭ったのか。だけど、マリナの仮説を聞いて合点がいったわ」
「まだ決まったわけじゃねぇけどな」
「そのために、確かめにいくのよ。犯人がわかれば、未だにあたしを疑う馬鹿も真実に目を向けざるをえないだろうしね」
そういえば、ローラは現在疑われる立場にあるのだった。
忌々しげに本音を吐き出して、ローラは寡黙な相棒とともに正門の門衛に近寄っていく。門衛に門を開けるよう頼むつもりなのだろう。
残ったセレスタに、カズヤは少し心配に思っていることについて尋ねた。
「マジで黒幕が森に潜んでたとして、俺たちだけで勝てんのか? あいつの守護者はかなり強そうだが、あのジェイドたちがまとめてかかっても勝てなかった相手だぞ?」
「誰かがいるという手がかりを掴むだけで充分ですわ。わたくしも、ジェイド様が敗北した相手と戦うほど愚かではありません」
「そういやぁおめぇはそういう奴だったな。無謀な勝負には挑まねぇっていう」
「……まだ根に持ってますの?」
セレスタがじっとりとした視線を送ってくる。
初日の出来事を蒸し返すつもりではなかったのだが、カズヤはともかく彼女のほうは相当に気にしているらしかった。
会話の最中、不服そうに細められていたセレスタの瞳が急に丸くなった。
何事かとカズヤが不審に思ったときには、すでに彼女の瞳はカズヤから焦点がはずれた。
噂をすれば影がさす、ということだろうか。
セレスタの興味が移った先には、爽やかに微笑するジェイドが立っていた。
「見張りをつけるから召集から除外することを許可したけど、まさかセレスタくんたちだったとはね。以外だったよ。これから4人で、平原の偵察にでも行くのかい?」
「いえ、そうではなくて事件の――」
「セレスタ」
都市の外に出る理由を素直に喋ろうとしたセレスタを、険しい声音で制止する。
これもマリナからの依頼だった。
今回の話は依頼を遂行する4人以外には他言無用だと。確証のない仮説を吹聴すれば余計な混乱を招くだけであると、そう止められている。
特にジェイドは団員からの信頼が厚いので強い発言力がある。
ゆえに、彼には何があっても言うべきでないと、マリナから厳しく釘を刺されていた。
いくら想い人が相手といえども、親友と交わした約束を破るわけにはいかない。
危うく秘密を漏洩しかけたセレスタが、額に汗を浮かべて言いなおした。
「ああっいえ、そ、そのぉ……そうですわ! カルマが現れる兆候がないか、わたくしたちでこれから平原を調べようと思っておりますの! おほ、おほほほ!」
――なんつー下手な演技だっ!
三流と罵っても褒め言葉になってしまうくらいである。
百人が聞いたら百人が嘘だと気づくだろう。
しかし、対するジェイドには露骨に変な態度をみせるセレスタを不思議に感じたそぶりはなく、
「そういうことであれば、気がかりな事象を発見したらすぐに団員に知らせたまえ。カルマについては依然として解明されていない点が多いからね。無理はいけないよ」
「わかりましたわっ! ジェイド様のために、吉報をお届けできるよう尽力いたしますっ!」
「期待しているよ。さて、僕は詰所に戻るとしよう。今日も、例の事件の調査を進めなければならないからね」
熱いセレスタの気合を受け流して、ジェイドは街に続く道のほうへ遠ざかっていった。
背筋が地面と垂直に伸びた、後ろから眺めても端正な顔立ちを想像できる騎士を見送る。
「……あいつ、意外に勘が鈍いんだな。騎士として大丈夫なのか、あれで」
「それもジェイド様の魅力ですわっ! ああ……ですが、いくらマリナとの誓約といえども、ジェイド様に嘘をついてしまいました……。事件が解決したら、真っ先にお詫びいたしませんと」
「あの寛容な男は気にしねぇと思うぞ」
たとえ虚言だとしても、騎士団が抱える懸案事項を解消するための行為の一環だ。そう弁明すれば、咎められることもないだろう。
ふと、地響きのようなくぐもった重低音が背後から聞こえてきた。
首をまわすと、重く閉ざされていた巨大な門が、緩慢な動作で徐々に開いていっていた。
門の付近にいるローラから、「早くこっちに来い」という指示をはらんだ眼光を飛ばされる。
名残惜しそうにジェイドの見送りをやめて、セレスタが正門に向かって歩きはじめる。
カズヤも彼女にならって一歩を踏み出した瞬間、
唐突な正体不明の不安が、胸の奥を暗く覆った。
――なんだ……?
それは形容するにはあまりに具体性に欠けており、澱のように心の底に漂う。
自らの内にありながら、意識の届かない場所。そこに潜む不審な感情の正体を思索する。
これから自分たちは、都市の外に出る。
詰所や他の団員たちのもとを少数で離れるという行動に、弱い心が怖気づいているのか。
黒幕の所在を調査するためだけの斥候のような任務だが、その黒幕本人と遭遇してしまう危険は充分にあり得る。
腕利きのジェイドを退けて、何人もの団員を手にかけた凶悪な犯人と。
――殺されるかもしれねぇからか。
それこそが心を曇らせている原因であると、カズヤは自己分析した。
けれども、結局は都市の外も内も変わらない。
殺人を厭わぬような危険人物が現在どこにいるのかなど、本人以外には誰も知らないのだから。
――むしろ、少人数といえど集団で行動してるだけ、俺たちはマシだろう。
4人で固まって警戒しながら動けば、そう簡単には犯人も手を出せないはずだ。
カズヤはそう結論づけて、不意に現れた悩みを頭の隅に追いやった。
けれども、それでもまだ、カズヤの胸の奥底を覆う靄が晴れることはなかった。
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