第17話

 セレスタとカズヤが自宅に戻ると、家の入口の前でマリナとアヤネが待っていた。

 陽はすでに沈んでおり、セレスタは客人に夕食をふるまう準備のために家の中に入っていく。

 マリナが料理を手伝うために家主の背中を追うと、狭い庭でカズヤは久しぶりにアヤネと2人きりになった。

 玄関に行こうとせず、庭の一角に歩いていくカズヤをみてアヤネは首を傾げた。


「和也くん、中に入らないんですか?」

「入らないんじゃなく入れねぇんだよ。なんでも、この家は親族以外の男子禁制なんだとさ」

「え。じゃあ、いままでどこで寝てたんですか? …………まさか」

「言うな。合ってるから。言いたいこともわかるから」


 庭の片隅に寂しげに置かれている犬小屋を一瞥して、アヤネは哀れむ眼差しをカズヤに投げる。

 同情してくれるだけで充分だった。それ以上は悲しくなるだけだから。

 続く言葉を牽制されたアヤネは、どうしようもなく苦笑するしかないようだった。

 

「え、えーと……そ、そういえば、セレスタちゃんと和也くんが疑ってた人も、犯人ではなかったんですね」


 あまり追求すると空気が悪くなりそうだと悟ったのか、アヤネはやや強引に話題を変える。

 ローラに話を聞いたことは、アヤネやマリナには教えていない。

 それは彼女が知りえない情報だったが、その提供元にカズヤは心当たりがあった。


「ジェイドにでも訊いたのか?」

「そうです。和也くんとセレスタちゃんが事件のことを調べてるように、私とマリナちゃんも探っているんですよ。今日ジェイドさんに話を聞きにいったときに、彼からセレスタちゃんがローラさんを疑っていたことと、ローラさんは犯人じゃないことを教えてもらいました」

「完全に潔白を証明できたわけじゃねぇけどな」

「それはそうですけど、私としても、ローラさんは犯人ではないと思いますよ」

「あいつのこと、知ってんのか?」

「知ってる、といえるほどではありませんが、何度か見かけたり話したことがあります。正確には、話したのはマリナちゃんなんですけどね。彼女はちょっとキツいことを言ったりしますけど、強い正義感を持ってると私は感じました。言葉にすると、孤高、という感じかな?」

「わからんでもねぇが……」


 片手で数えられる程度しか交流のないカズヤだが、ローラは無愛想ではあるが、好んで他人に危害を加えるような人間には思えない。

 事件の犯人として疑ったのは、単に被害者と揉めている場面を偶然に目撃したからに他ならない。

 その揉め事にしても、カズヤとセレスタが介入したのは途中からだ。なにが発端となったのかわからないし、どういう意図を持って『騎士団を辞めろ』とローラが言ったのかも把握していない。

 本人に犯行を否定されて、こうして自分よりも長く彼女を見てきたアヤネの同意を得られなければ、抱いていた疑心は間違いだったのだろうとも思う。

 しかし、それならば……


「そうなると、次に怪しいのはどいつだ? アヤネもマリナと犯人探しをしてたんだろ? あめぇら的には誰が犯人だと思ってんだ?」

「断言することはできないけど、現状で一番『犯人だ』って言われて納得するのはブラッドスさんかな。事件のことを訊いても何も話そうとしないし、犯行時間の目撃情報も一切ありません。彼のことは私たち以外の方々も目をつけているようですが、同様に相手にされないそうです」

「やっぱあいつか。結局は証拠がなくちゃあ動きようがねぇんだろうが……」

「そうですね。それに、現場から逃走する犯人を目撃した方が『犯人は女性』と証言していますので、いくら疑わしくとも証拠物品がない限りは“シロ”と判断されるでしょう」

「奴の私物から女性用の騎士制服が出てきたら話が進展するんだろうが……そう簡単に家宅捜索もできねぇだろうしな」

「それが、もうすでに家は調べたらしいんですよ」


 意外な事実にカズヤは瞳に訝しげな光を宿す。


「やけに早い対応だな。あいつを疑ってる連中が強引に調べたのか?」

「半分正解ですね。調べたのは、カズヤくんが言うとおりブラッドスさんを疑っている騎士団の人達です。ですけど、家宅捜索は強引ではなくて、本人の合意のもとで実施されたようです。頑なに事件について語らないブラッドスさんに強制捜索すると脅したところ、二つ返事で許可されて、そのまま調べたそうです。もうおわかりだと思いますけど、彼の住居から証拠となる物品はみつからなかったみたいです」

「そこまでしても何も出てこねぇとなると、事件について喋らねぇのは単に奴の厄介な性格の問題かもしれねぇな」


 本当にそうであれば、カズヤたちは手詰まりだ。

 ローラとブラッドス以外に疑わしい人物はいない。目撃情報も現状では曖昧なものしかなく、新たな事件が発生しない限り手がかりがこれから増えるとも思えない。


「八方ふさがりか。これ以上は調べようがねぇもんな」

「私もそう思います。だけど……マリナちゃんは別の人を疑ってるみたいなんです。ローラさんでも、ブラッドスさんでもい、他の誰かを」

「歯切れの悪い言い方だな」

「直接そういうこと言ったのではなくて、話していて私がそう感じただけなので。私たちの調査でも、犯人はローラさんかブラッドスさんだと決めつける意見ばかりを聞かされましたが、マリナちゃんは初めからふたりのことは疑っていなくて、それ以外の情報を引き出そうとしてました。結局、有力な情報は得られませんでしたが」

「あのふたり以外か……」


 呟いて、カズヤは改めて事件当時のことを整理する。

 カズヤが知っている人物で絶対的に犯行が不可能なのは、事件のあった瞬間にカルマと戦闘していたセレスタ、ジェイド、マリナを始めとする団員たちだ。

 事件発生の直前に駆けつけたアヤネにも犯行は無理だろう。

 疑わしきは、被害者と揉め事を起こしていたローラ、当日の昼に外壁付近にいながら、戦闘には参加していなかったブラッドス。

 だが、この両名が犯人である証拠はない。

 マリナは誰を疑っているのだろうか。

 頭を捻ってみるが、カズヤには皆目見当がつかなかった。

 ただ、そもそもこの世界の住人でカズヤが知っているのはごく一部だ。ローラでもブラッドスでもないとすれば、犯人が自分と面識のない人物であるのは間違いないと、カズヤはそう確信した。


「へぇー。これがカズヤのマイホームかぁー。かなしいねぇー」


 事件のことを色々と考えて唸っているカズヤの心境などいざ知らず、無邪気で楽しげな高い声色が横から割り込んできた。

 いつの間にか庭にやってきていたマリナが膝を曲げて、元はセレスタの愛犬の家、いまはカズヤの寝床である小屋の中をのぞいていた。


「俺の境遇に同情するのは嬉しいが、もう少し言葉を選んでくれ。あと人を犬小屋で寝泊りさせるなと友人の女に助言してくれ」

「別にいいじゃん。寝心地よさそうだし。ぼくはこういう狭い空間って好きだけどなー」

「ならおめぇの家と交換するか?」

「真に受けないでよカズヤ。いまの冗談だよ?」

「俺が犬小屋に住んでんのは嘘じゃねぇぞ」

「別にいいじゃん。寝心地よさそうだし。ぼくは嫌だけど」

「おめぇ俺の話聞き流してるだろ! テキトーに同じこと繰り返してんじゃねぇ!」


 悪戯っぽい表情でからかってくるマリナ。

 彼女の戯れに付き合ってやるのも楽しそうではあったが、脳裏にさっきのアヤネの発言がちらついて、どうしてもその真偽を確かめずにはいられなかった。


「まあだが、それはどうだっていい」

「どうでもいいんだ」

「よくねぇよ! いや……それより、おめぇ例の事件の犯人に心当たりあんのか? ブラッドスとローラ以外に」


 開口一番の台詞から察するに、マリナは真面目な会話ではなく、冗談を言い合うような軽い空気を求めているのかもしれない。

 けれども、それを裏切ってでも、カズヤはアヤネの見解を聞きたかった。

 カズヤの問いかけを耳にして、マリナはアヤネを一瞥する。

 しばしの逡巡する沈黙を挟んで、マリナは口をひらいた。


「ないことはないよ。でも、現状じゃあ犯人じゃない可能性のほうがずっと高い」

「俺が知らねぇ奴なんだろ?」

「カズヤが誰を知ってるかなんてぼくは知らないんだから、それには答えようがないって」

「んだよ。結局、いまはまだ教える気がねぇってことか」

「悪いけどそーゆーこと。根拠なんてないぼくの憶測なんだから」


 疑念の共有は断られたが、マリナはそれで会話を終わりにせず神妙な声音で言葉を続ける。


「だからあの日以来、ぼくはその怪しい奴の情報を集めてる。まあいまのところ、事件と結び付く話はまったく聞けてないんだけどね」


 何気なく紡がれた一言に、カズヤよりも彼女の相方であるアヤネが驚愕した。


「マリナちゃん、そんなこと訊いてたっけ?」

「直接的な質問は避けてたから、アヤネは気づかなかったかもね。あ、悪いけどこれはアヤネにも秘密だから。アヤネは頭が良いから、アヤネにはアヤネで事件について考えてほしいんだよ」

「私たち、今日は1日中詰所にいたけど……ということは……」

「そうだね。それはもう隠しようがないからぶっちゃけるけど、ぼくが個人的に怪しいと考えてるのは、フリッグ召喚騎士団のバルドル支部詰所に属する、ぼくたちと同じ騎士だよ」

「団員か……もしマジで団員が犯人だとすれば、やっぱ私怨かね?」

「さあね。動機がわかったら苦労しないよ」


 あたりまえだろう、とばかりにマリナは肩を落とした。


「ぼくとアヤネはしばらく詰所で事件の調査に徹するよ。そーゆーわけだから、詰所を離れられないぼくたちに代わって、カズヤには頼みたいことがあるんだ。さっきセレスタに話して彼女の了承はもらってるから、本来セレスタの守護者ガーディアンであるカズヤに意思確認する必要もないんだけど、一応、依頼者であるぼくから直接伝えさせてもらうよ」

「つくづく守護者ってのは人権がねぇな。んで、頼みごとっつーのは?」

「それはねー…………、あー……、でも、カズヤはきっと嫌そうな顔するだろうなあー。セレスタも説得に説得を重ねて、頷いたときも渋面を浮かべてたしなー。騎士と守護者は似てるもんなー。カズヤも苦い顔するだろうなあああ~~」

「いいから早く言え!」

「んー? しょーがないなあ。じゃあ言うけど――」


 渋々といった口調とは裏腹の微笑とともに、マリナはその依頼内容をカズヤに伝えた。

 それが彼の予想外であったことに違いはなかったが、別段嫌な話、というほどでもなかった。


 ただ、

 その話を聞いたときのセレスタが、露骨な嫌悪感に表情を染めている風景は想像に易かった。

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