第16話
カルマによる襲撃の最中、騎士団員が外壁から突き落とされた事件が発生して、2日が経過した。
あとから判明したが、被害に遭ったのはレインという名前の団員だそうだ。
レインは事件直後に宿舎で治療を受けた。翌日の昼間に意識が回復した彼女は、数人の団員に護衛されてバルドル支部の詰所へと移動した。
それはレイン本人の意向というわけではなく、騎士団側の警戒にもとづいた行動であった。
騎士団員ならば誰でも良かったのか、それともレイン個人を狙った犯行なのか。
犯人の意図が判然としていない状況では両方の可能性を危惧する必要があり、騎士団は姿の見えない敵の次なる襲撃に備えていた。
この日、カズヤとセレスタは2日ぶりに詰所にやってきていた。
昨日は丸1日外壁の警備に従事していたが、カルマは影すらも見せず、他に事件もなければ不審者を発見することもなく、事件のあった夜とは比較にならないほど平和に任務を遂げた。
「すげぇ人だな」
詰所の前に広がる演習場に、前回訪れたときの倍以上の団員があふれている。
「召集がかかっておりますもの。バルドル支部の団員の大半が集まっているのですから、窮屈にもなるでしょう」
「まあ、こねぇと疑われるんだろうから来るしかねぇよな」
周りの風景を見回してみると、団員たちは演習場にいるにも関わらず、模擬戦や鍛錬を行っている者は一人もいなかった。
団員たちは所々で少人数の輪を作って、しごく迷惑そうなざわめきをひたすら漏らしていた。
「騎士団側としても苦肉の策でしょう。犯人の狙い、あるいは正体が判明すれば、こんな厳戒態勢を敷く必要もなくなるのでしょうが」
「つっても、俺たちは招集の対象外なはずだけどな」
カズヤはそう愚痴をこぼす。
事件以来、詰所に召集されるようになったのは、事件当夜に犯行が可能であった者たちだ。
目撃者の証言から、犯人は騎士団の制服を着ていたとされている。正確には目撃されたのは女性用の制服なので、召集するのは女性だけでも良かったのかもしれないが、それでは根も葉もない悪い噂が流れかねないと懸念したらしく、男性団員も対象としているとのことだ。
召集命令の例外となる団員の条件は一つ。
あの夜、街を守るためにカルマと奮闘していた団員のみである。
「関係ありませんわ。大事なのは、団員全員がここに集まっているという状況ですもの」
「わかってるって。しかし、思ったより人が多くて探すのに難儀しそうだな」
「どこにいるかわからないよりは百倍マシでしょう。まずは外を回りますわよ」
詰所を訪れる義務のないカズヤたちが、強制集合の命令を受けた団員同様に詰所にやってきている理由。
それは、ある団員に会うためだった。その団員に、カズヤたちは用があった。
演習場から探すといわれたが、演習場も随分と広い。
きっと簡単には見つかってくれないだろう。
できるだけ早く遭遇したいと願いつつ、カズヤは足を一歩踏み出した。
直後、カズヤの背中に聞き覚えのある声がかけられる。
「――アンタたち、なんでここにいんのよ。アンタたちは疑われてないんでしょ?」
「あ、見つかった」
「『見つかった』? いったい何の話よ?」
「おめぇだよおめぇ。おいセレスタ、こっちだ。こっち向けって」
「もう、騒がしいですわね。なんですの――」
すでに数歩先に離れていたセレスタが振り返ると、カズヤの後ろに立っている人物を映した彼女の瞳が大きく見開かれた。
けれどもそれも一瞬、すぐに細めてセレスタの目は剣呑な輝きを帯びる。
警戒した雰囲気を振りまいて、セレスタはカズヤのほうへ戻ってきた。
「そちらから来ていただけるとは、探す手間が省けましたわ」
「あたしはアンタに会いにきたわけじゃないんだけど。ていうか、それってアンタたちの目的はあたしってわけ?」
「ご名答。あなたも、わたくしたちが訪ねてくる理由に心当たりがおありでしょう?」
カズヤの背後に現れた手の込んだ髪型をした気の強そうな女性――ローラは、セレスタがいつにも増して敵意全開であることに怪訝そうな表情をみせる。
傍らにいるローラの
セレスタの台詞に、ローラは見当がつかないといったふうに両手を広げる。
「知らないわよ。仕方なく詰所にきて退屈してるあたしの暇を潰すために、模擬戦の相手にでもなってくれるの? だったら歓迎するわよ」
「あいにくと、そんな暇はありませんの。事件の犯人を捜すことが何よりも先決ですもの」
「ああ、そういうこと。……なるほどね。アンタたちの言動に合点がいったわ。要するに、あたしが犯人じゃないかって怪しんでるわけね」
「話が早いですわね。嫌疑をかけられるに足る言動があったことを自覚しているのですね」
「そうね。“3回目”ともなれば、自覚も芽生えるわよ」
セレスタのマジメな口調に、ローラは辟易した様子で嘆息した。
「なんだその『2回目』っつーのは」
「そのままの意味よ。レインが殺されかけた件であたしを疑いにきたのは、アンタたちで3人目ってわけ。アンタが入団した日にあたしとレインが揉めてたのを目撃した奴らが、あたしにはレインを殺害する動機があるとか抜かして疑惑をむけてきたのよ。今日までに、2人もね」
「否定できる証拠はありますの?」
「ないわ。守護者の証言に価値があるなら別だけど、肉親に等しい守護者の言葉に効力はないからね」
「――だが、ローラくんが犯人という証拠もない」
複数人から疑いの目を向けられるローラを擁護するように、ふたりの会話に対して脇から第三者の声が割ってはいった。
その発言は、つい今しがた、天高く伸びる円柱状の建物から出てきたジェイドのものだった。
「そうだろう、セレスタくん」
「その通りですわ! わたくしもそう思っていたところですのっ!」
――すさまじい速度の心変わりだ……。
好きな男が否定した途端に、自分の意見を曲げて露骨に同調する姿勢には、もはや感動すら覚えてしまう。
たとえ好感度をあげるためであれど、自らの考えは容易には変えられないのが一般的だ。
言いようによっては立派に聞こえそうだが、要は尻軽というわけである。
およそ騎士らしくない言動をとっている主人は放っておいて、カズヤはジェイドに質問する。
「レインの容態はどうだ?」
「外傷は完治しているが、精神面は目覚めてからずっと不安定だ。誰も信用できないらしく、用意した個室にずっと篭っている。そうしてくれていたほうが我々としては護衛しやすく、好都合ではあるけどね」
「襲われたときの記憶はあんのか?」
「扉越しに話を聞けたが、残念ながら犯人の姿は見ていないらしい。急に背後から刺されて、外壁から落とされる前に意識を失ったそうだ」
「手がかりは増えなかったっつーわけか……」
「苦しいが、現状の情報だけでは犯人の特定は困難だ。だからといって次の犯行を許すわけにはいかない。こうして団員を一か所に集めておけば、どこにいるかもしれない犯人への牽制にもなるだろう」
「さっさと捕まってほしいわね。いつまでも疑われるのは癪だから」
不満げに誰に向けてでもなくローラが呟く。
確証があるわけではないが、それは演技のようには見えない。その嘆きは本心から吐露された言葉で、実際に彼女は犯人ではないのだろうとカズヤは思った。
ローラは事件の犯人ではない。
そう考えたのは、ローラの態度から推察しただけではなく、疑惑の声を聞き飽きて疲れている彼女のさらに後方に、より怪しい人物が姿を現したからだ。
他の団員とは明らかに異なる気配をまとうその人物に、カズヤの注意は釘付けになった。
セレスタもその人物の出現に気づいたようで、姿を見るなり反射的に視線を鋭くして、騎士団詰所と呼ばれる場所におよそ相応しくない異質な風貌の人物を凝視する。
「ジェイド様、あの男の潔白は証明されておりますの?」
「ん……」
セレスタの刺すような目つきが睨む先で、騎士のくせに痩せ細った体格の、だらしない身なりの男性が歩いていた。
白色の制服を着ていなければ、到底騎士とは思われないだろう。
騎士というより浮浪者に近しい身なりの男性を目に留めて、ジェイドは苦々しく微笑んだ。
「ブラッドスか。彼が疑われるのは彼の自業自得だが、目撃者の証言によれば犯人は女性らしいからね。彼は無実だろう」
「ですけれど、犯行時には女装していたかもしれませんわ」
「ははは……あまり想像したくない光景だね……。だが、その可能性は薄い。いまのところ、制服の盗難報告もなければ、詰所で保管している衣服も減っていない。仮に盗んで犯行後に元に戻したとしても、あの男が女装していたら、いくら夜中といえども誰かが気づくだろう。そして、一度見れば瞼に焼きつくほどの衝撃を受けて、数日は忘れられないと思うよ」
「………………たしかに、とんでもないインパクトですわね」
「想像しちまったか。俺はぜってぇに考えたくねぇな」
「今晩の夢に出そうですわ……」
顔を引きつらせて、セレスタはブラッドスを眺める。
自分が注目されていることを察知したのか、まったく別の方角に歩いていたブラッドスは足を止めると、急にセレスタのほうを見た。
セレスタと視線を交錯させた彼は、口唇に不気味な薄ら笑いを浮かべる。
ブラッドスの嘲るような反応に、セレスタは一層表情を歪めた。
セレスタに不快感を与えて満足したのか、ブラッドスは元の方角に視線を戻すと、何事もなかったように演習場の奥に去っていった。
「あいかわらず、褒められた性格ではないね。だが、彼もローラくんも犯人ではないと僕は考えている。カズヤとセレスタくんは自由に行動してくれて構わないが、くれぐれも気をつけてくれたまえ。どこに犯人がいるかわからないし、犯人の目的が不明である以上、君たちが狙われる可能性もあり得るからね」
「ご心配いただいて感激ですわっ! 犯人は必ず、わたくしがこの手で捕まえてみせますっ!」
「期待しているよ。僕のほうでも引き続き捜査を続ける。進展があったら君たちにも展開しよう」
そういうと、ジェイドは犯人探しを再開するためにカズヤたちのもとを離れていった。
いちいちジェイドの言葉に一喜一憂するセレスタは、彼の激励を耳にしたためか、頬に手を当てて恍惚とした表情のまま硬直している。
――まったく、暢気なご主人様だ。
けれども、尊敬している人物から直接応援されて我を失うほどの喜びに浸ってしまう気持ちは、カズヤにも共感できた。
それに、セレスタは少女といえども、一人前の騎士なのだ。
いまは年相応の幼さを帯びた顔をしているが、すぐに緊張を取り戻してくれるだろう。
騎士団員を狙った殺人未遂。
その犯人が未だに不明であるという現状は、詰所のみでなく都市全体を不穏な空気で覆っていた。
いったい誰が犯人なのか。
本当に、この街にそんな凶悪な存在が潜んでいるのか。
そして、騎士団員を傷つけた理由とは何なのか。
頭上を見守る空は快晴であったが、青空の下に集う団員たちの心には、景観とは正反対の分厚い暗雲が立ち込めていた。
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