第15話

 宵闇の支配する深き夜。平常時は寝静まっている宿舎の前で、戦闘を終えた騎士団員たちがざわめていた。

 ここに集った全員が、つい先ほどまで平原でカルマと呼ばれる化け物と戦っていて、

 その後、外壁から落下して地面に倒れている女性団員を目撃した。

 重症を負っていた少女はジェイドとセレスタの手で速やかに宿舎に運び込まれて、戦闘には参加せずにそこで待機していた人間――見た目は人間ではあるのだが、背丈が手のひらほどの羽根の生えた存在の放つ不思議な光による治療を受けた。

 それが第一開眼ファーストヴィジョンのひとつ、フェアリーと呼ばれる形体で、フェアリーの手から漏れていた煌く光の正体こそが魔法であると、カズヤはセレスタから教えれらた。

 無事を祈って宿舎の前に集まる団員たちのなかには、マリナとアヤネもいた。

 しかし軽々しく話をできる空気ではなく、離れた位置で治療の結果を待つ。

 しばらくして、宿舎からジェイドが出てきた。

 待ち焦がれていたとばかりに、セレスタが真っ先に駆け寄った。


「彼女、どうなりましたの?」

「心配ない。なんとか間に合った。いまは落ち着いて寝息を立てているよ」

「ふぅ……それはなによりですわ」


 遅れてカズヤたちもジェイドのもとに集まる。


「あれだけの重症で助かるたぁ、魔法ってのはすげぇんだな」

「そう言うが、カズヤがアヤネにやられたときの傷に比べれば大したことないよ」

「…………俺、生きてんだよな? 実はここは死後の世界で、全部幻覚だったりしねぇよな?」

「だいじょーぶだって。ぼくがちゃんと面倒見てあげたんだから」

「おめぇがいなけりゃ、そもそも傷を負うこともなかったんだが」

「ごめんなさい……私がやりすぎてしまったせいで……」

「あー……この件はもういい。前にもいったが、この話は辛気くさくなるだけだ」


 暗い響きで答えるアヤネから目を逸らして、カズヤは外壁の上に目をやった。


「それに、あのときと今回じゃあ、状況が全然ちがう」

「……そうですね。刺しただけではなく、あんな高いところから落とすなんて……」

「明白だよな。犯人があの少女を殺そうとしていたのは。助かったのは偶然、治療できる奴が残っていてくれたからだろ? 運のいい奴だぜ」

「偶然じゃないよ。宿舎には常に、いかなるときもフェアリーの守護者ガーディアンとその騎士が待機してるんだから。団員なら誰でも知ってる周知の事実のはずなんだけど、セレスタとカズヤは新入りだから、まだ聞かされてなかったんだね」

「初耳ですわ。つまり、犯人は騎士団員以外、ということですわね」

「だろうな。近くに治療できる奴がいると知りながら、そいつのそばで、わざわざ目立つやり方で誰かを殺そうとするわけねぇもんな」


 同僚に犯人が潜んでいる可能性が薄れて、セレスタがやや緊張を弛緩させる。


「――それが、どうにもそう断言することもできないらしい」


 最悪の展開が否定されて安堵しかけた空気に、厳しい意見が舞い込んだ。

 重みのある口調で介入してきたのは、細めた瞳に鋭い眼光をたたえているジェイドだ。


「治療を担当した守護者の騎士に聞いたが、少女が外壁から落下した直後に、慌てた足取りで外壁をおりてきた人物がいたそうだ」

「目撃者がいたのか。その逃げてきた奴が、騎士団員だったとでもいうのか?」

「断定はできない。周りは明かりも少なく、暗くて判然とはしなかったそうだからね。ただ、その人物は白色の服を着ていたそうだ。セレスタくんやマリナくんがいま着ている、女性用の騎士用制服をね」

「それでは……犯人は、わたくしたちと同じ騎士ということ……?」

「可能性としてあり得るだろう。しかし早合点はよくない。これだけ特徴的な服を見間違うことはないだろうが、犯人はそれを目眩ましに利用したのかもしれない。服くらい、調達することは容易だろう」

「性別は確定でいいと思うけどな」

「それも定かではないが、男性がわざわざ女性用の制服を着て犯行というのも考えにくい。なにより、そんな恰好をすれば嫌でも目立つ。大勢の目を惹くのは、犯人にとっても都合が悪いはずだ」


 もっともらしい理由を並べて、ジェイドは騎士団員の犯行を頑なに否定した。

 感情を殺した冷静な声色ではあったが、カズヤには、ジェイドが身内の仕業であることを信じたくなくて、無理に否定しているようにも聞こえた。


「なんにしても、手がかりが服装だけってんなら、まずは団内を洗うべきだろうな」

「気は進まないが、カズヤのいうとおりだ。身内の潔白が証明されないことには、僕も心が落ちつかない」

「潔白が証明されるかはわかんねぇぞ」

「心配無用だ。最悪の結果を受け入れる覚悟もできている。さて、僕はこの件を詰所に伝えにいくよ。伝令を飛ばしはしたが、上官たちの見解を自分の耳で聞いておきたい」

「でしたら、わたくしたちもご一緒いたしますわ」


 決然とセレスタがジェイドを見つめる。

 セレスタがいくとなれば、守護者と騎士の関係上、カズヤもついていくことが暗黙の了解だろう。『わたくしたち』とは、そういうことだ。

 力添えをしたいセレスタの想いは届いただろうが、ジェイドはそのうえで静かに顔を横に振った。


「セレスタくんたちは明日も外壁の警備任務があるだろう。次に犯人がいつ現れるかわからないんだ。ここで戦力を割くわけにはいかない。それに、いままでは外からやってくる敵にだけ注意しておけばよかったが、これからは内部に潜んでいるかもしれない犯人を警戒する必要もある。君たちには今日しっかり休んで、明日から気を引き締めて警備に当たってもらいたい」


 襲撃に動揺した騎士団が態勢を崩すことこそが、犯人の思惑かもしれない。

 敵の正体をつかめていない以上、国の要衝たるこの城塞都市の外壁を手薄にするわけにはいかないだろう。

 防衛を担う騎士団としては、万が一にもここを突破されるわけにはいかないのだ。

 外壁を抜けられれば、国全体に戦禍が拡大する。

 そうなれば、国民たちに多くの犠牲者が生まれてしまうことは避けられない。

 正義感にあふれる先輩騎士ジェイドの意見に、セレスタは納得して頷いた。


「わかりました。ジェイド様のおっしゃるとおり、いまここを手薄にするわけにはまいりませんものね。こんな自明の理に気づけないなんて……面目ないですわ」

「そう気落ちしなくてもいいよ。セレスタくん、君はまだ入団したばかりだ。混乱して思考が乱れてしまうのも無理はない」

「ジェイド様……わたくし、精進いたします。まずはこれ以上の被害を防ぐことで、その第一歩としてみせますわ」

「期待しているよ」


 追従しようとしていたセレスタを説得すると、ジェイドはセレスタの後ろにいたカズヤたちのもとに歩み寄った。


「カズヤ、マリナくんも、ここは任せたよ」

「俺にできることなんざねぇと思うがな。つーか、おめぇ妙に落ち着いてんな。こういった事件に慣れてんのか?」

「まさか。慣れているわけがない。今回の事件において確実なのは、カルマによるものではなく、僕らと同じ人間の仕業であることだ。こんなこと、滅多に起きるものじゃない」

「のわりには冷静だな」

「混乱すれば敵の思う壺だからね。それは癪だという意地が、熱を冷ましてくれてるだけだよ」


 簡単に言っているが、実際にそれを行動で示すのは容易ではないだろう。

 ジェイドがいかに肝が据わった優秀な騎士であるか、カズヤは再認識した。

 声をかけられたマリナはなにも答えなかったが、ジェイドに彼女の反応を気にした様子はなかった。


「そろそろ行かないと。もしも犯人が実力者であったなら、そのときはアヤネ、君の力を頼らせてもらうことになるはずだ。問題ないかい?」

「がんばります」

「頼もしい限りだ」


 事件発生以来の暗かった顔に一筋の光明を見出したかのような笑みをちらつかせて、ジェイドはカズヤたちに背を向けて、橙色の魔法の発光体が照らす道を駆けていった。

 見送ったあとで、いつもの人懐っこい雰囲気から一転して、強張った顔をしている人物に目をやった。


「なにか気になってるみてぇだな」

「ん……まぁね」

「犯人に心当たりでもあんのか?」

「いまの段階じゃあ、なんともいえないよ。……調べてみないことには、なんとも」

「そうか」


 短く相槌を打ってから、カズヤは続けた。


「俺にも怪しいと思ってる奴がいる」


 入団どころか、この世界にやってきて2日程度しか経過していないカズヤの自信に満ちた声に、マリナは伏せ気味だった顔をあげて目を丸くする。


「――ええ。そうですわね」


 ジェイドがいなくなってカズヤのもとに戻ってきたセレスタが、その声に同調した。

 被害者の少女は、騎士団の制服を身にまとった騎士だった。

 カズヤとセレスタは、その少女のことを知っていた。

 その少女が、騎士団を辞めようとしていたことを。


 そうするように仕向けた人物が、団内にいたことも。


 ふたりの脳裏では、凶器を手にして犯行現場から逃げていく、とある騎士団員の姿が再現されていた。

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