第14話
「おおー……」
俊敏に動く黒色の骸骨――カルマを相手に、セレスタとジェイド、マリナが交戦を開始していた。
セレスタもマリナも、さすがは騎士を名乗るだけのことはあり、華麗な動作で攻撃をしかけて、驚嘆するほどの反射神経で敵の反撃をかわしている。
ふたりが強いことは、初見のカズヤにもすぐにわかった。
それでも、
ふたりの少女が可憐に剣を振るう姿に惹かれたのは事実だが、もう一人の男が敵陣に切り込んでからは、完全にその男のほうに目を奪われていた。
ジェイド=エウリュテミス。
ジェイドは外見だけが秀逸というわけでもなく、抜け目なく中身も伴っていた。
セレスタやマリナを含めた交戦中の団員たちも、充分に目を瞠る剣術と身体能力を披露しているのだが、ジェイドのそれは一線を画している。
神速の剣とでもいうのか。傍から見ていても捉えきれない速すぎる剣捌きで、敵の反撃を許さず一方的に斬撃を繰り出して次々と沈めている。
正確には、敵も反撃を試みているようだが、機先を制して悉くカウンターで潰されている。
一体の敵を倒せば、次の敵へ。
運動量も相当なものであるはずだが、ジェイドは5体片づけたあとでも涼しい横顔を見せていた。
「カズヤっ、敵がきてますわよっ!」
「は――っ!?」
離れた位置で交戦中のセレスタが、カルマの刃に変形した腕を受け止めつつ、荒げた声で警告する。
我に返り視線を死角に向けてみれば――
禍々しい黒色の骸骨が、空洞の眼窩からこちらを見据えていた。
カズヤに寄ってきたカルマは前触れもなく跳躍して、頭上から振りかぶった腕を薙ぎつける。
咄嗟に足を引いて、なんとか事なきを得た。
重量をのせた一撃は空を切り、草原に深く食い込んだ。
「マジでこいつら早すぎんだろっ! アスリートの骸骨かっ!?」
深々と地面に腕が突き刺さって身動きが取れなくなったのか、カズヤを前にしてカルマが動作を停止した。
間抜けにも見えるその動きを視認して、カズヤの緊張が少しばかり緩む。
「お――動けなくなったのか?」
慎重に様子をうかがってみるが、襲いかかってきたカルマは、依然として着地した状態から硬直したままだ。
止まっているのなら、びびることもない。
「クソアスリートの亡霊がッ! この拳がてめぇの十字架だッ! 成仏しやがれボケェェ!」
左の手のひらに右の拳を突き合わせ、若干の腰の捻りを加えつつ篭手に覆われた拳を振り上げる。
左足でカルマのいる位置の寸前に踏み込み、下半身の踏ん張りを殴る力に上乗せする。
あとは、凝縮しきったバネを離すのと同じように、腕を振り下ろすのみ。
カズヤが脳内で敵の頭蓋骨が粉砕する想像を浮かべると、
「――あ」
唐突に、視界を二分するようにして下から上へ黒い影が駆けた。
鋭利な刃が頑丈な鎧の鉄板を抉って、カズヤの眼前に火花が散る。
「カズヤッ!!」
ちょうど交戦していた敵を片づけたセレスタは、その瞬間を目撃してしまった。
土と草を裂いて地面から振り上げられたカルマの刃が、カズヤの身体を斬り裂く瞬間を。
叫んだセレスタは、その場で佇立したまま言葉を続ける。
「――その程度では、問題なくってよ!」
「ん……?」
予想と噛み合わない発言を受けて、カズヤは斬られたことによる絶望を一旦鎮めて、冷静に状況を理解する。
たしかに、まだ生きている。
その現実を確認しようと、着ている鎧の腹部に目を落とす。
鉛色の表面に浅い縦の切創を負っていたが、それだけだ。
貫通してはおらず、肉体への痛みも感じられない。
――こりゃあいい。
「……なるほどな。マジで頑丈っつーわけだ」
対峙したカルマによる追撃の横薙ぎをかわす。
すかさず距離を詰めようと肉薄する眼前の敵を、カズヤの余裕をはらんだ瞳が捉えた。
「おもしれぇじゃねぇか! わりぃが、てめぇにはこの身体でなにができんのか実験台になってもらうぜッ!」
おそらくは聴覚など備わっていないカルマに無意味に挑発して、カズヤは敵のさらなる追撃に対して地面を蹴る。
重量のある防具をまといながらも、平常時と同等の――いや、同等以上の敏捷な身のこなしでカルマの懐に潜り込む。
「おせぇッ!」
正面から背面に回り、左腕と右腕を敵の首に伸ばして、交差させて締めあげる。
挟んだ黒色の細い骨が、圧迫されて軋む音をたてる。
「オラァ! どうだてめぇッ! こいつに耐えらっかァッ!」
ギリギリと絞めていく。力を加えるたび、カルマの首の骨が鈍い悲鳴をあげる。
抵抗しない敵の反応から、首が弱点なのかと推察するカズヤ。
だが、カルマは首を拘束されたまま右腕を振り上げた。
刃に変形している右腕を。
人間ならば関節の構造上、背面に腕を振り下ろすなど当然不可能である。
けれども、カルマにとっては造作もないことなのだとカズヤは察知した。
「ッべぇ!」
敵の反撃より早く、カズヤは全力で首を締めあげているカルマを側面に投げ飛ばそうと試みる。
瞬間、両腕の間にあった硬い感触が消失した。
カルマの身体は意図したとおりに飛ばせたが、飛んでいく途中で何かが落ちたように見えた。
目で追って、カズヤはカルマから分離したものの正体を確かめる。
「ん……?」
足元の草原に、直前まで締めていた首の上に繋がっていた“ソレ”が横たわっていた。
あるべき中身が一切伴っていない、空洞の黒い頭蓋骨が。
ひどい違和感に、敵を投げ飛ばした方角に視線を移す。
そこで倒れていたカルマが、淀みない動作で起き上がった。
首から上を無くした姿のままで。
「マジぃ……?」
カズヤの戸惑いに配慮してくれるわけもなく、頭部を失ったカルマが一直線に接近してくる。
凶器と化した右腕に勢いを溜めて、カズヤが射程に収まると同時に突き出される。
平常時ならば避け切れなかっただろうが、守護者としての身体能力強化は伊達じゃない。
敵の鋭い反撃を、カズヤは最小限の動作で衝突の寸前にかわす。
さらに、回避するだけでなく、突出した腕の根元にある敵の右肩を片手で掴む。
「これで――」
カルマの右肩を捕らえて、もう片方の手では、そこから伸びる二の腕を掴み、
「どうだァッ!!」
渾身の気合とともに、双方に逆方向の力を働かせた。
バキッという痛々しい音を立てて、カルマの右腕が根元から千切られる。
カズヤの手には、主の身体から切断された腕の骨――正しくは骨の腕があった。
胴体から切り離した腕だけで動き出したりはしないだろうが、漆黒の骨という見た目は非常に不気味である。
いつまでも持っている理由もなく、千切った腕はテキトーに投げ捨てた。
カズヤが改めてカルマと向き合う。
わかってはいたが、片腕を失ってもなお、カルマは細すぎる骨の脚で草原に立っていた。
それもそうだろう。頭部がないくせに動き回る奴が、腕を一本なくしたくらいでおとなしくなるわけがない。
しかし、刃に変形した腕を失ったカルマには、もうカズヤを襲うための武器はない。
「おいおーい。どうする骸骨野郎。敗走っつーのもアリなんじゃねぇの? あっちの世界なら標本としての第二、いや第三だか第四の人生も選べたんだろうが、こんだけいちゃあ、この世界では需要がなさそうだなァ!」
動かなくなって佇むカルマを前に、カズヤは非常に気分がよかった。
ドラゴンのアヤネも、オークであるローラの守護者も、相手が悪すぎたのだ。
雑魚と呼ばれているであろう大量発生するカルマが相手であれば、圧倒できるほどに自分は強い。
「逃げろ逃げろ。おっかけたりしねぇからよ。まあ俺の言葉が伝わってんのか知らねぇが。つーか頭がねぇんだから声を聞けるわけがねぇし、喋れるわけもねぇか! くっくっくっ!」
その強さが、その優越感が、その初めて味わう感覚が、カズヤは気持ちよかった。
愉悦に浸り、自己満足のためだけに耳を持たない相手への挑発を繰り返す。
「んじゃ、トドメといきますか~。粉々にすりゃあいいんだろ」
他の団員たちの戦闘を見る限り、全身を粉砕すれば動かなくなるようだ。
ならば、同じようにしてやればいい。
自分には、それができるだけの力が備わっている。
悠然と歩み寄っていくカズヤ。
半分ほど距離を詰めたところで、カルマは残っている左腕を振り上げて水平にした。
動きを見せなくなっていた敵の不可解な反応に、カズヤは気になって足を止める。
警戒して目を細めて凝視していると、綺麗に肩から指先まで直線に伸びていたカルマの左腕の形状が、溶解しながら変化した。
千切った右腕と同じ、凶器の形状に。
「なァ――!」
間髪いれず、逆にあちらから飛び掛ってくる。
漆黒の凶刃をかわそうと上体を逸らすが、完璧に避け切るには遅かった。
敵の刃が鎧の胸元を掠める。
肉体までは貫通していないが、カルマの行動は淀みなく連撃に繋がった。
返す刃による追撃を、今度こそうまくかわしきって敵との間合いを確保する。
一つ呼吸を整えて、頭のない異形の化物の反応にカズヤは意識を集中する。
吸い込んだ息を吐ききる前に、敵はカズヤを仕留めようと一息に接近してきた。
敵の動向を注視していたカズヤには、当然その動きがはっきりと見えている。
横薙ぎを姿勢を低くしてやりすごし、最初と同じようにカルマの背後に回る。
敵が背面への攻撃に移行する前に、密着して足の付け根あたりの骨をカズヤは両腕で抱え込んだ。
「おおおおおおおおぉぉぉッッ!!!」
全身の筋肉を覚醒させるがごとき雄叫びとともに、カルマの身体を地面から持ちあげる。
カルマの足が地面から離れた。
――頭部はねぇが、これだけ下を持ちゃあ問題ねぇだろ!
その体勢から繰り出すは、ジャーマンスープレックス。
見て覚えただけで、細かいやり方を知っているわけではないが、ナイトの能力を得たいまの身体能力ならば可能なはずだ。
どうせ相手は意思があるかもわからない敵だ。遠慮することもない。
存分に、自分の力を試してやろう。
「おおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッッッ!!!」
締めつける腕の拘束を緩めぬまま、下半身で地面に根を張ったまま上半身を背面に倒す。
当然、抱えていたカルマも後方に傾いていって――
「だぁぁりゃああああぁぁぁぁッッッッ!!!!」
カズヤの頭頂部よりも先に叩きつけられたカルマの肋骨が、残った左腕を繋ぐ肩ごと激しい破砕音を伴って粉砕した。
黒色の骨の残骸が散乱する山から、カズヤは立ちあがる。
腰から足元までの骨は原型を留めていたが、頭部どころか上半身の大半を失ったカルマからは、もはや動く気配は感じられなかった。
「おつかれさま、カズヤ」
不意に声をかけられた。
振り向くと、ジェイドが涼しげな顔で立っていた。
既に剣は納められている。
「初陣は緊張しただろう。なのに敵を恐れるどころか倒してしまうとは、さすがだね」
「……あんな剣術を見せられたあとに言われると、嫌味にしか聞こえねぇな」
「はははっ。そう邪推しないでくれたまえ。革命戦ではまともに戦えなかっただろう? となれば、今日の戦いはこの世界での君の初戦でもあるわけだ。観察に終わっても良かったのに、そこで見事に戦果をあげたんだ。もっと胸を張っていいんだよ」
――なんつー爽やかな男だ。
自分が女性であったら、間違いなく惚れている自信がある。
しかしカズヤはジェイドと同姓。
気持ちのよいものを感じながらも、作ったような笑顔や綺麗すぎる言葉に、どこか鼻につくと思ってしまってしまうのも事実だ。
活躍を称賛されても、その点が昨日の評価から揺らぐことはなかった。
「ジェイド様ぁっ!」
「ああ、セレスタくん。おつかれさま」
「すばらしいですわジェイド様っ! 伝聞で耳に挟んでおりましたが、圧巻の剣術でしたわっ! 是非ともわたくしに稽古をつけてくださいまし!」
「セレスタくんが望むなら助けになってあげたいところだけど、あいにくと人に教えるのは苦手でね」
「構いませんわっ! わたくしはジェイド様と一緒に鍛錬できるだけでも重畳ですものっ!」
「ははは。そうかい? 参ったなぁ」
戦闘の興奮からか、勢いに任せてか、普段はジェイドに対して控えめなセレスタが、完全な肉食女子に変貌していた。
好きな男にアタックするのは結構だが、人生を狂わせてまで連れてきた奴の活躍を無視するとはどういう了見か。
カズヤはセレスタに近づいて、横槍をいれようと口をひらく。
「それはそうとセレスタ、俺の戦いっぷりはどうだったよ? なかなかのもんだろ?」
「あれくらい、わたくしの守護者なんですから当然ですわ」
つまらなそうに、機械的に抑揚のない声で軽くあしらわれてしまう。
思わぬ塩対応っぷりに、カズヤは戦闘時とは違った種類の焦燥を額に浮かべる。
「プ、プロレス技はどうだったよ? こっちじゃめずらしいんじゃねぇか?」
「プロレス? ああ、あの投げ技のことですの? あんなことせずとも、何度か殴れば終わりだったでしょうに。初戦で遊びに興じる余裕だけは、わたくしの守護者らしいところではありましたけれど。それで、ジェイド様ぁ――」
人が必死になって戦っていたのを『遊び』と評価して、カズヤに向けるものとは天と地ほどの差がある猫撫で声で、セレスタはジェイドにまたも語りかけはじめる。
――このクソビッチが!
脳内でイケメンに露骨な媚びを売る主人を貶して、カズヤはその場を離れた。
ふと、視界にマリナの姿が映る。
他に話す人もいないので、カズヤはマリナのそばに寄っていった。
その途中で、マリナの表情がいつになく強張っていることに気がつく。
マリナは怪訝そうに眉をひそめ、目を細めて、どこかを睨むように見つめている。
剣呑な視線をたどってみると、どうやらそれは、困惑気味にセレスタと話すジェイドに向けられているようだった。
「ジェイドがどうかしたのか?」
「――ッ!」
カズヤが近づいてきていたことにまるで気づいていなかったらしく、話しかけるとマリナは驚愕に目を見開いた。
けれども話しかけてきた相手がカズヤだとわかると、安心したように止めていた息を吐き出した。
「び、びっくりしたなー、もう。気配を殺さないでよ」
「んなもん、やり方を知ってんなら教えてもらいてぇくれぇだ。それより、ジェイドのほうをジッと見てたみてぇだが、どうかしたのかよ?」
「……ううん、べつに、なんでもないよ」
「なんでもない奴の顔つきじゃあなかったが」
「なんでもないって。ただ――強いなって思っただけだよ」
「ああ。おめぇやセレスタも随分強いとは思うが、あいつはさらに別格って感じだったな」
「うん。ぼくも実際にジェイドの腕を見るのは初めてだったんだけど、想像した以上だった。ジェイドは強い。……あまりにも強すぎる」
「それがいけねぇことなのか? それとも妬んでんのか?」
「そんなんじゃないよ。だけど……あれだけ強ければ、同じ騎士どころか特別な力を授かった守護者にだって勝てそうだ」
「まあ、そうだな。現に俺は勝てる気がしねぇし」
カズヤの正直な感想に、マリナは苦笑いをこぼす。
「情けないこと言わないでよ。ぼくはアヤネに恐れず挑んだカズヤの勇気を認めてるんだからね」
「やれやれ、おめぇもそれか」
やはり、あのときは無謀に立ち向かったりせず、素直に逃げておくべきだったか。
あの一件のせいで、すっかり勇者か何かだと周りからは勘違いされてしまっているようだ。
マリナの称賛を訂正してやろうと思ったが、外壁の門扉の方角から歩いてきているアヤネに目が留まり、そちらに意識を向けた。
と、そのとき――
アヤネの背後に位置する外壁のうえから、影のような漆黒の物体が落ちるのがみえた。
黒い影は、20メートルの高さからむき出しの土に落下した。
最も近い位置にいたアヤネには鈍い衝撃音が聞こえたのか、影が落下した直後に来た道を振り返る。
カズヤたちのいる場所からは顔色をうかがえない方角を向いたまま、アヤネは動かなくなった。
明らかな異状を察して、マリナとカズヤがアヤネの立ち竦む地点まで駆け寄る。
遅れて、セレスタとジェイドもやってきた。
「どうしたの、アヤネ」
「……あれを」
恐れと緊張の滲む険しい顔をしたアヤネが、指は差さずに視線で一点を見るように促す。
集まった全員で、一斉に彼女の注視している地点を凝視する。
そこにあった影の正体を視界に収めた瞬間、誰もが絶句した。
カズヤもまた、目撃したことのない凄惨な光景に言葉を失う。
カズヤたちの視線の焦点には、一人の少女が倒れていた。
驚いたのは、外壁から人が落ちたことだけが原因ではない。
その少女が、落下による衝撃以外を原因とした痛々しい外傷を負っていたからだ。
茶色の土に仰向けに横たわる少女の胸には、刃物で貫かれたと思しき穴が穿たれていた。
そして、その少女の顔に、セレスタとカズヤは見覚えがあった。
そこに倒れていたのは、昨日ローラに騎士団を辞めるよう責められていた団員の少女だった。
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