第10話

 翌日、カズヤは詰所で騎士団の守護者ガーディアンが着用する黒色の制服を支給された。

 さすが異世界というだけあって、ボタンがやたらと多かったり裾が長かったり、妙にファンタジー感のあるデザインをしている。それはコスプレの衣装のようであり、着ることには若干の恥ずかしさを覚えた。

 なんだかんだいいつつも着替えを済ませてセレスタのもとに戻ると、着替えている間に合流したらしいマリナとアヤネが、それぞれ白と黒の制服に身を包んで待っていた。


「おっ、意外と似合ってるじゃん」

「騎士団員らしくなりましたね」

「首から下が整ったせいで、頭のもじゃもじゃが際立ってますわね」

「おめぇのは俺の髪に対する悪口じゃねーか!」


 どうもセレスタは、カズヤの天然パーマが気になってしかたないらしい。

 しかし異世界の技術でも直せない以上、この髪型はどうしようもないのだ。どうしようもないことを責められても改善のしようがない。

 約一名の小言に顔をしかめてから、カズヤはセレスタとマリナの服装に注目した。


「甲冑を着てるってことは、今日もまた試合でもすんのか?」


 ふたりは昨日の革命戦のときと同じく、軽装の制服ではなく防具の付いたロングスカートの甲冑をまとっていた。


「違うよ。団内で試合することは、そう頻繁にあるものじゃないよ」

「セレスタさんから聞いてないんですか?」

「なんも聞いてねぇ。昨日一日でわかったことだが、セレスタは直前になるまで、次になにをするか教えてくれねぇんだよな」

「別にいいではありませんの。言ったところで、やることが変わるわけでもありませんし」

「あはは。セレスタって、結構周りが見えてないときあるもんね」

「間違ったことをしているわけでもありませんし、わたくしの勝手でしょう?」

「おめぇ、ぜってぇ友達すくないだろ」

「あ、カズヤせーかーい。この街でセレスタの友達といったら、たぶんぼくとアヤネくらいなものだよ」

「語弊がありますわね。いないのではなくて、わたくしの友人たりうる器の人物がいないだけですわ」


 ――そんな言い訳をしてるから友達ができねぇんだろうに。


 指摘しても耳を貸さないだろうから、カズヤは心中でこぼすのみにとどめておいた。


「くだらないことを喋ってないで、そろそろ行きますわよ」


 一方的に切り上げて、セレスタは詰所の出入口に向かおうとする。


「待てって。だからどこに行くんだよ」

「この国の要衝――城塞都市バルドルを囲む外壁の正門ですわ」

「外壁? んなとこ、なんのために行くんだよ」

「むろん、この街の平和を守るためですわ!」


 誇らしげに胸を張って言うと、セレスタは心底気分が良さそうに歩きはじめた。

 生き生きとした後ろ姿を眺めて苦笑いしながら、マリナはカズヤに補足した。


「ぼくとセレスタは、今日は外壁付近の警備を命じられてるってことだよ」


          *


 朝に登ってきたばかりの詰所前の丘をくだった4人は、昨晩の静寂とは打って変わり、喧しいくらいに活気づいている街へとやってきていた。

 詰所から外壁の正門に行くには、街の中心を突っ切るルートが最短だそうだ。

 商店街と思しき区画にはいると、住民の密度がより高くなる。

 昨晩は魔法の灯篭が浮遊していた街道の両端に、いくつもの露店が立ち並んでていた。

 客で溢れる街道の真ん中を歩きながら、カズヤは物珍しそうに周囲を眺めた。


「しっかしまぁ、すげぇ人だな。食いもんが目立つが、怪しげな意匠をこらした陶器、見慣れない武器や防具を売ってる店まであんぞ」

「この街一番の商業区域だからねー。この時間はみんな買出しにきてて、それに合わせて商人たちも構えてるんだよ」

「フリッグ小国は農作物がよく育つことで有名なんです」

「はぁん。どうりで野菜や果物が多いわけだ」


 すっかりこっちの世界に馴染んでいるらしいアヤネの説明に、カズヤは納得する。


「てことは、陶器や武器防具は輸入品ってわけか」

「他国から仕入れてる品もあるけど、全部がそうってわけじゃないよ。フリッグ小国は農業が盛んだけど、この街は工業系もそれなりに発展してるからね。国内で生産した陶器、武器や防具を扱う店もいくつかあるよ」

「この世界でも国産は高くて、それでも人気だったりすんのか?」

「どうかな。量産された輸入品のほうが値が安いからね。ぼくにはそっちのほうが売れてるようには見えるけど、代わりに自国の製品は品質が保証されてるし、こっちはこっちで売れてるんじゃないかな」

「商業についての事情は、私たちの世界と似てるみたいです」

「みてぇだな」


 視界の端に映る商店街を流し見ながら、人ごみを奥に進んでいく。

 セレスタは三人から離れて先頭を歩いている。彼女はカズヤと違って元々この世界の住人なのだが、興味深そうにカズヤ以上に視線を至るところに巡らしていた。


「あいつやたらと忙しそうだな。小銭でも探してんのか?」

「本当にそうだとしたらおもしろいけど、どうして小銭?」

「あいつ見た目だけなら150パーセントお嬢様なくせに、どうも家は並だったからな。金には目がないんじゃねぇか?」

「はははっ、たしかにセレスタは裕福じゃないけど、往来のなかで落ちてる小銭を拾うほどの貧乏人でもないよ」

「だとすると意味がわからん。なにをあんなに見回してんだ?」

「探しものをしてるんだよ。大好きなものをね」

「目ぇつけてる商品があるっつーわけか」

「違う違う。セレスタの興味を引くのは売りものじゃないって」


 笑い声に少量の苦味を混ぜて、マリナは忙しそうに左右交互に首をまわすセレスタを見据える。


「セレスタを探してるのはトラブルだよ。困っている人とか、揉め事とかね」

「あー……」


 初日に自ら揉め事に突っ込んでいったセレスタの姿を思い出す。

 あれは偶然見つけたから介入したのだろうが、普段はこうして厄介事を自分から探しているらしい。

 カズヤは呆れて言葉を失った。まったく、そうそうお目にかかれないレベルの物好きである。過剰な善意は、迷惑に思われることもあるというのに。


「あ、なにかあったみたいですよ」


 アヤネの告げたとおり、セレスタが行動を起こした。

 甲冑を鳴らして、セレスタが道の隅に並んだ露店の物陰に駆け寄っていく。

 目で追うと、そこには幼い子供の男女が立っていて、どうやら口喧嘩をしているようだった。

 声が聞こえる位置まで近づいて、カズヤはセレスタと子供たちの様子をうかがう。


「――そこの坊やたち、いったいどうされましたの?」

「あ! セレスタだ!」

「こらっ! 年上を呼ぶときは“さん”か“お嬢様”を付けなさいっ!」


 名前を知られているらしいセレスタが、男の子から舐められた口を利かれて声を荒げた。


「この国では年上の奴を“お嬢様”付けで呼ぶ文化があるのか」

「なにいってんのカズヤ。そんなわけないじゃん」

「だよな」


 相手が知識の乏しい子供であるのをいいことに、いい加減な常識を吹き込もうとしていた。

 面識があるらしい男の子を無視して、セレスタはもう一人の不機嫌な感情を表にだしている女の子の前に立ち、身を屈めて目線の高さを合わせる。


「お兄さんが、なにかしましたの?」

「ミキにパンをわけてくれないの。ミキ、おにいちゃんのパンが食べたいって言ってるのに」


 ミキという少女の言葉を聞いて確認してみれば、少年が片手に食べかけのパンを持っているのに対して、少女は何ももっていない。

 どうやらその少女と少年は、兄妹の関係にあるらしい。

 妹の言い分だけ聞けば、兄が権力の強い立場を利用してパンを独り占めしていることになるのだが、妹の主張を耳にした兄は憤然とした目つきになった。


「ミキはもう食べたじゃん! これはおれのだろ!」

「だってそれもおいしそうなんだもん! いいじゃんすこしくらい!」

「ミキはおれにわけてくれなかったろ! だからおれもわけない!」

「そんなのずるい!」

「ずるいのはミキだろ!」


 ……眩暈がした。

 こんな他愛のない幼い兄妹の言い合いに介入して、いったいどうするのだ。

 カズヤが額に手をあてて重いため息をつく一方で、セレスタは真摯な顔のまま妹の両肩に手を置いた。


「ミキ、あなたは間違っておりますわ」

「なんで? ミキ、うそついてないよ?」

「ミキがわけなかったのに、ミキだけわけてもらうのは不公平でしょう?」

「でもミキはほしいんだよ? それはまちがいじゃないんだよ?」

「ほしいと言えば、なんだって手にはいるわけではありませんの」

「それはおにいちゃんがくれないからじゃん」

「ぐ……」


 ――おい! なに幼女相手に論破されかけてんだよ!


 眩暈が悪化して頭痛さえ感じる。

 幼女を満足に諭すこともできないくせに善行にはしりたがるとは。とんだ頼りないお節介お嬢様がいたものである。実際には、お嬢様ではないのだが。

 苦しげに次の台詞を思索するセレスタの脇から、少女の兄が姿をのぞかせる。


「セレスタの言うとおりだぞ。ほしいって言われただけであげるわけないだろ!」


 兄はにやりと笑って、パンを持っている手を頭上に掲げた。


「だから、勝負にかったらわけてやるよ! おれに追いつけたらなー!」

「あー! まってよおにいちゃーん!」

「こ、こらっ! 商店街を走りまわるんじゃありませんっ!」


 ころころと変わる幼い子供たちの言動に翻弄された末、セレスタは走り去っていく兄妹の背中に注意を喚起する。

 兄妹はまったく話を聞いてないようで、走ることをやめずに人混みに溶けていった。

 セレスタは子供たちの溢れる活力に体力を奪われたのか、脱力して肩を落とした。


「あいつ、ほんと難儀な性格してるよな」

「そういえば、昨日もぼくたちと戦う前に無関係の揉め事に介入したんだって?」

「ああ。どうにもならず、むしろ場を荒らしただけだったけどな。おまけに揉めてた団員とは入団早々に険悪になっちまった」

「ですが、とても真っ直ぐでいいじゃないですか」


 フォローするように、マリナは優しくいった。


「間違ったことをしている人を自分の手で正したい。――和也くん、どこか似てると思いませんか?」

「……そうだな」

「ん? 似てるってどーゆーこと?」


 マリナの疑問に、尋ねられたアヤネは嬉しそうに頬をゆるめた。


「私と和也くんが、元の世界で応援していた人物に、ですよ」


 伊藤小町とセレスタの思想が似ているというのは、カズヤとしても同感だった。

 活動を通じて多くの人に生きる活力を与えたい。他人に害をなしている人も、心を癒してあげれば誰かを悲しませる言動は自然と慎んでくれるようになるはず。

 それが、伊藤小町が公言しているアイドルになった理由だ。

 人々が見過ごしてしまいがちな問題に率先して介入して、誰かの悲しみを止めてあげたい。誰かが悲しむ未来を回避したい。

 きっと、セレスタはそんなふうに考えて行動しているのだろう。


「ちがうのは、まだまだ力不足ってとこだな。こまっちゃんに比べて」

「小町ちゃんも、まだまだこれからですけどね」

「まぁ、そうだけどな。……はぁ。やっぱ見てぇなぁ。こまっちゃんが大きくなってくとこをよぉ」

「諦めないでください。まだ、元の世界に戻る方法がないと決まったわけじゃないんですから」

「前例はないけどねー」

「…………はぁ」


 容赦なく現実を突きつけるマリナの無邪気な攻撃に、カズヤは一層深く絶望する。


「あら? どうしましたのカズヤ。ずいぶんと落ち込んでおりますわね」

「いちおう、おめぇの守護者だからな。主が落ち込んでると、俺も悲しいってわけだ」

「あらあら! ようやくわたくしの守護者としての自覚が芽生えたのですね。うれしい限りですわ! けれど、べつにわたくしは落ち込んでなどいませんわよ?」

「ガキたちをうまく指導できず自己嫌悪してたんじゃねぇの?」

「それは違うよカズヤ。セレスタはその程度でへこんだりしないよ。いつものことだし」

「う、うるさいですわねっ! そもそも、さきほどの子供たちの喧嘩は、結果はどうあれわたくしが手を差し伸べたから解決したのだと思いません? あの争いは、このわたくしが諫めたといっても過言ではありませんわっ! ええ! あれはわたくしの功績でしてよっ!」

「……ポジティブだな、お前」


 非常に気分がよさそうに、セレスタは満足そうに胸を張った。

 どこか抜けている性格には苦笑するしかないが、セレスタの掲げる“人々を正しく導く”理想を実現するには、これくらいの気持ちでいたほうが都合がいいのかもしれない。

 再び周囲に視線を巡らせはじめたセレスタの背中を追いながら、カズヤはそんなことを考えていた。

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