第7話
生来の爽やかな顔立ち。女性ですら嫉妬しそうな艶のある毛髪は、サムライのように後ろで一本に結ってある。
いきなり部屋にはいってきた男の風貌は、目と鼻と口を隠せば、それはもう男性よりは女性のほうが近かった。
――これはまた、露骨なのが出てきたな……。
この、「ぼくクールで優しい男ですよ」と言わんばかりの態度。
それでいて、見ず知らずの人間の前に急に出ておきながら拒絶されようなどとは1ミリたりとも考えてなさそうな図々しさ。
おまけに顔面のパーツだけでなく毛髪まで整ってるときている。
こういった男が手傷を負った人間にかける言葉など知れている。
カズヤは出現したイケメンが口をひらくタイミングを見計らって、
「たい――」
「体調はどうだ?」
イケメンの声に自分の声をかぶせた。
カズヤに発言を先読みされて、なぜそんなことをされたのか合点がいかず、イケメンは混乱した様子で首をかしげる。
けれどもカズヤがそれ以上は何も言わないことがわかると、イケメンは顔から困惑を消して微笑した。
「ははっ、なに言ってるんだいカズヤ。それは僕のセリフだろう」
「馴れ馴れしい奴だな。俺の名前はセレスタか誰かに聞いたんだろうが、人にタメ口きく前にてめぇの名前を名乗るのが武士道とか騎士道精神じゃねぇのか」
「これは失敬。君の言うとおりだ」
気の抜けた顔を引き締めて、ただでさえ端正な顔に磨きをかけて、イケメン騎士はカズヤに真摯な眼差しを向けた。
「フリッグ召喚騎士団バルドル支部所属、ジェイド=エウリュテミス。今年で入団は3年目になる。しかし3ヶ月前に守護者を失ってしまってね。いまは召喚騎士というより、ただの騎士といったところかな」
「なにが『ただの騎士』だ。すかしやがって」
「そう言われても、他に肩書きがないのでしかたない」
「嘘つくな。どうせ女騎士からイケメンとでも呼ばれてんだろうが」
「そう言ってくれる団員はいるが、僕にはいまいち実感がないよ」
「それはまぁ謙虚なことで」
懐が深く、易い挑発に心を乱すこともない。
まだ異世界に訪れてさほど時間は経っていないが、いまのところ、ジェイドはカズヤが異世界を訪れる以前に抱いていた騎士のイメージに最も合致している人物だった。
好意的なジェイドに対して、自分より容姿がいいからという理由だけで敵意を剥きだしにするのも惨めだと思い、カズヤは湧きあがってくる嫉妬心を鎮めることにした。
「
「ああ。少し前に激しい襲撃があってね。なんとか勝利は収めたんだが、数人の騎士と守護者が犠牲になってしまった。僕の従者も、そこでね」
「よくわからんが、それは災難だったな。というか、守護者を失っても騎士団にいられるもんなのか?」
「問題ない。召喚騎士団なんて言ってるが、守護者を失ったからといって強制的に除名されることはないよ。ただ、戦力は周りに劣るようになるから、自然と後方支援や補給を担うことになって、結果的に前線には立てなくなるけどね」
「つーことは、大層な制服を着ちゃいるが、ジェイドも補給部隊として、団員に食わせる飯を作ったり掃除でもして毎日過ごしてるってわけか」
外見から推察するに、てっきり凄腕の剣術の使い手で戦場では無双状態かと思った。だが、話を聞いている感じだと、守護者を失えば団員は騎士とは名ばかりの小間使いに降格するようだ。
セレスタとローラの口論の末に辞めていった女性も、考えようによっては奴隷にも似た扱いを受けることに、騎士としての矜持かなにかが耐えられなかったのだろう。
それに比べると、ジェイドは意外とたくましい奴だ。どんな状況に陥っても、自分の役割を探して、きっちりとこなしているというわけだから。
見た目は気に食わないが、ジェイドという男に対する評価を改めるべきかと思った。
「ははっ。僕としては、それでもよかったんだけどね」
含みを持たせた言い方をして、カズヤの言葉にジェイドは困ったように返答した。
親しくもないイケメンの微笑みに、カズヤは少々イラッとした。
異性がみれば喜ぶのかもしれないが、同姓であるカズヤには、「そんなわけないだろ」とジェイドが小馬鹿にしているように感じられた。
余裕を崩さないジェイドの態度に、なんとなく嫌な予感がカズヤの脳裏をよぎる。
「ジェイドさんは、ちょっと違うんですよ」
隣でふたりのやりとりを眺めていたアヤネが、平坦な声でそういった。
カズヤは会話に加わってきたアヤネを観察してみるが、幸い、ジェイドの爽やかな微笑に魅了された様子は見受けられなかった。
――やっぱりこいつは違うな。
元いた世界では、同姓のアイドルを周りからTOと呼ばれるほどに追いかけていた女性だ。
もしかすると、アヤネは異性には一切の興味がないのかもしれない。
だとすると、彼女に告白したオタクたちは万が一にも勝ち目のない戦いに身を投じていたというわけだ。まったくもって世の中とは無情である。
推測を否定されたカズヤは、次に浮かんだ可能性を声にする。
「じゃあアレか? やられたのは実は騎士のほうで、こいつは元々守護者で、だから特別な能力があっていまも前線で活躍してる、とでもいうのか?」
「へぇ……」
カズヤが咄嗟に思いついたデタラメな憶測に、ジェイドは感心したらしい。
「カズヤは斬新な捉え方をするね。守護者と騎士が、実は逆だった、か。おもしろいけど、残念ながら、現実にはそれはありえないことだ」
「テキトーにいってみただけだ。守護者が騎士を召喚ってのも、言い回しとして違和感があるしな」
「それもそうだけど、守護者は自分を召喚した騎士が絶命すれば存在を保つことができなくなる。だから、僕が仮に守護者だとしたら、ここで君と会話することはなかったというわけだ。騎士が亡くなった時点で、僕もまた消えてるはずだからね」
「ああそうかよ。別に当てようなんざ思っちゃいねぇよ。だいたい、そんなルール知らねぇんだから当てれるわけねぇだろ」
「ですが、そう見当違いというわけでもありませんよ」
アヤネの冷静な声がまたも割り込む。
「前線に立っているというのは本当です。ジェイドさんは元々剣術に長けていて、守護者なしでも充分な戦力であると認められているんです」
「……テンプレだな」
「テンプレ?」
「いや、こっちの話だ。剣術で無双とは、さすがは騎士様だな」
あまりに想像どおりの能力をもっているジェイドに、思わず称賛の言葉を送ってしまった。
皮肉っぽい言い方になったが、ジェイドは特に気にしていないようだ。照れくさそうに片方の口角をあげる。
「ありがたい話だよ。安全なところで見守るのもいいけど、僕は戦うために幼少の頃から剣の腕を磨いてきたからね。守護者を失ってなおも剣を振るう機会を与えてくれる騎士団には、本当に感謝している」
「そいつはまたご立派なことで」
「ありがとう。アヤネの
「そうかよ。なら、存分に悦に浸ってくれ」
理想の騎士像が具現したような存在ではあるが、どこか鼻につくのもまた素直な感想だ。
今度ははっきりと皮肉ったつもりだったが、ジェイドは苛立つどころかさらに表情を明るくして感謝を述べた。
馬鹿馬鹿しい。
早いとこ部屋を出て行ってくれと心中で願っていると、今度はノックもなしに扉が開かれて、二人の女性が隙間からはいってきた。
現れたのは、甲冑から軽装の制服に着替えたセレスタとマリナだ。
着替えたことで、身体の線が甲冑よりもはっきりと浮き出ている。
甲冑のときには気づかなかったが、改めて見てみると、セレスタも華奢な身体をしていた。細すぎるほどではないのは、普段から鍛えていることに起因しているのかもしれない
ボーイッシュな顔立ちが印象的だったマリナにしても、女性を強調する服に着替えたことで、いくら顔が少年のようでもやはり少女であることが明瞭となっている。
ふたりは入室するなり、入口付近に立っていたジェイドと目を合わせた。
マリナは特に驚いたようでもなかったが、セレスタは左手で口元を覆い、露骨に驚いた反応をみせた。
「ジェ、ジェイド様っ! どうしてこちらに?」
「カズヤの勇気に感銘を受けたからね。彼と話をしたくなったんだよ」
「とんでもないっ! うちの守護者なんて全然ですわっ!」
「そんなことはないよ。彼はきっと、君の身を護る務めを果たしてくれるはずだ。――さて、あまり大人数で騒がしくしてはカズヤも不快だろう。僕はこれで失礼するよ」
「ああっ、ジェイド様っ! もしよろしければ今度お茶でも――」
セレスタが誘い文句を口にする頃には、すでにジェイドは扉を閉めていた。
「『全然』で悪かったな。“俺の”セレスタさん」
「……はぁ?」
「お、大胆なこと言うじゃん、カズヤ」
意趣返しのつもりでかけた台詞に、セレスタはうなだれていた背筋を瞬時に伸ばした。
マリナは茶化すような目でカズヤを見ており、アヤネは苦笑いを浮かべている。
「『うちの』って言われたから、俺も同じように言っただけだ。深い意味なんかねぇよ」
「馬鹿なことをおっしゃらないでくださいます? わたくしはあなたの騎士ですが、あなたにそう呼ばれる筋合いはありませんわ」
「だが、あのジェイドとかって男にフられて落ち込んでるみてぇだったからな。現実に戻るにはちょうどよかっただろ?」
「ふ、振られてなんておりませんっ! そもそも! わたくしは別に、ジェイド様に異性としての好意を寄せているわけではなく、同じ騎士として尊敬しているだけですわっ! 変な勘違いをしないでくださいます?」
「こいつは見事だな」
「見事……?」
カズヤの感想を耳にして、その意味に合点がいかず、セレスタは頬を紅潮させたまま眉を寄せる。
セレスタ以外の二人は、『見事』が示す意味を理解しているようだった。
頭から疑問符が離れないセレスタを放置して、マリナがベッドに近寄ってきた。
「カズヤ、身体の調子はどう?」
「全身を焼かれたはずだが、ありえんくらい好調だな。やけどだってどこにもねぇ。どうなってんだこれ?」
「だから言ったじゃん。死にそうになったら助けるって。魔法が使えるフェアリーに頼んで、すぐに治癒魔法をかけてもらったんだ。そのフェアリー、ドラゴンを前に恐れず立ち向かったカズヤのファンになったみたいで、快く引き受けてくれたよ」
「そう思ってもらえたなら、俺の特攻も無駄じゃなかったってわけだな」
「そうだね。本来、革命戦で敗北したら半年間の時間外雑務を命じられるんだけど、カズヤの勇気に上官たちも感銘を受けたみたいで、全部免除するって言ってたよ! ね、セレスタ」
「え、ええ。そうですわね。よくやりましたわ、カズヤ」
「負けといて褒められんのも、あんま気持ちよくねぇな」
「あははっ! そうヘソを曲げずに喜んでおきなよ。カズヤは褒められるだけのことをしたんだからさ! アヤネもそう思うでしょ?」
「そうですね。対峙してた私ですら、まさか向かってくるとは思っていませんでした」
推しアイドルを盲目的なくらいに褒めちぎることはあれども、カズヤにとって、誰かに褒められるのは随分と久しぶりだった。高校に入ってからは、ほとんど褒められた覚えはない。むろん、会社にはいってからもだ。
純粋に照れてしまって、耳が赤くなっていくのを感じた。
「さーて、カズヤも困らせたことだし、ぼくたちは帰ろっか」
「クソッ! わざとかよッ! 俺はおめぇが楽しむための玩具じゃねぇぞ!」
「あははっ! カズヤがおもしろいのがいけないんだよ! いくよ、アヤネ」
「ええ。では、今日は失礼します。和也くん、しっかり身体を休めてくださいね」
無垢な少年みたく朗らかに笑いかけて、マリナが先に出ていった。
アヤネは淑やかに歩き、温かみのある微笑みを投げたのちに、マリナのあとに続いていった。
――なるほど。
アヤネの笑顔には並々ならぬ包容力があった。数多のオタクたちが彼女に浮気してしまうのも頷ける。
しんみりとした気持ちで、カズヤは他界したオタクたちの顔を思い出した。
「なにを呆けた顔をしておりますの。回復したなら、わたくしたちも行きますわよ。もう日が落ちて随分と経ちますわ」
「もうそんな時間なのか。どんだけ眠ってたんだ俺」
「むしろ浅いくらいですわ。すぐには起きられないくらいの重症を負ったんです。守護者の肉体でなければ、あと二日は起きれなかったでしょう」
「なんだそりゃ! 守護者ってのは治癒能力まで向上してんのか。なんつーか、便利な身体になっちまったな」
「自覚したのなら、その力を存分にわたくしのために役立てることですわねっ!」
「偉そうにしやがって。俺を置いて逃げたくせによく言うぜ」
「ぐ……」
第二開眼とやらを前にした途端、観客に混ざって逃げたことを指摘すると、セレスタはぐうの音も出ないといった感じに表情を引きつらせる。
その渋い顔を無理矢理な微笑で飾ると、セレスタはベッドに近づいてきて、ベッドを椅子代わりにして腰かけているカズヤに手を差し伸べた。
「ど、どうぞ、カズヤさん。これからあなたが住む家に、ご案内いたしますわ」
よほど掘り返されたくないようだ。
これまでのセレスタの言動からは結び付かない丁寧な姿勢で応対される。
だが、カズヤが勝ち目のない戦いから逃げなかったのは、その直前にセレスタの勇姿を見させてもらったからである。
つまりお互い様であるはずなのだが、そのことにセレスタは気づいていないようだ。
だからといって、それをカズヤ自身が語るのも気恥ずかしさがある。
せっかくなので、セレスタが飽きるまでの間、カズヤは逆転した立場を楽しむことにした。
「うむ。頼んだぞ、セレスタ」
できうる限りの尊大な態度をもって、カズヤはセレスタの細い手をとった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます